白銀の巨人
第十五章
観測者
白銀の巨人は、動かなかった。
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空の裂け目。
その向こう側。
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世界の外から、
こちらを覗き込むように。
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巨大存在が、
アーカディアを見下ろしている。
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都市全域が沈黙していた。
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三千万の人間。
誰一人、
声を出せない。
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理解できないからだ。
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あれは何だ。
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魔獣ではない。
神でもない。
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存在感そのものが、
世界と噛み合っていない。
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レンカは、
呼吸を忘れていた。
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視界が揺れる。
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頭の奥へ、
まだ“声”が残っている。
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意味不明。
理解不能。
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なのに。
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“理解したくない何か”
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だけが脳へ刻まれていく。
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その時。
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アーカディア中央塔側から、
複数の光が飛来した。
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グラウス。
ミカエル。
アステリア。
レヴィアの水分体。
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五大国最強格。
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全員が、
裂けた空を見上げる。
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そして。
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止まる。
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炎帝グラウスですら、
一瞬言葉を失っていた。
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「……なんだ、
あれは」
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誰も答えない。
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いや。
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答えられる人間が、
この世界に存在しない。
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アステリアが、
顔を青ざめさせる。
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未来視。
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また壊れた。
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視えない。
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違う。
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“観測を拒絶されている”
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彼女の未来視が、
裂け目へ近づいた瞬間。
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強制遮断。
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脳へ逆流。
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鼻血が落ちる。
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ミカエルが支えた。
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「見るな」
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聖皇の声にも、
初めて焦りがあった。
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ミカエル自身。
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神聖術式が、
全く反応しない。
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まるで。
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あの裂け目周辺だけ、
世界法則が別物になっている。
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レヴィアが、
低く呟く。
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「海が消えている」
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レンカは意味が分からなかった。
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だが。
深海王は本気だった。
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裂け目周辺空域。
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そこだけ。
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世界循環が消えている。
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海流。
風。
魔力。
重力。
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全部。
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“流れていない”
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停止ではない。
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存在していない。
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その時。
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白銀の巨人が、
ゆっくり顔を動かした。
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空間が軋む。
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都市全域へ、
凄まじい重圧。
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人々が倒れる。
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レンカも膝をついた。
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だが。
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ゼロだけ。
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空へ立ったまま。
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動かない。
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白銀巨人と、
真正面から向き合っている。
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その瞬間。
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レンカは、
あり得ないものを見た。
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ゼロの周囲だけ。
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“空が正常”
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裂け目の影響が、
届いていない。
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世界崩壊現象が、
ゼロを避けている。
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グラウスが歯を食いしばる。
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「貴様……
何を呼んだ」
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ゼロは答えない。
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その時。
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白銀巨人の“声”が、
再び響いた。
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頭の中へ直接。
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理解不能言語。
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だが。
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今回は違った。
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ほんの一部だけ。
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意味へ変換された。
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『――観測――』
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『――誤差――』
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『――再演算――』
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レンカの背筋が凍る。
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演算。
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まるで。
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“世界を計算している”
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ような言葉。
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アステリアが、
震える声で呟く。
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「観測者……?」
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その単語だけ。
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ヤクモが、
初めて反応した。
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ほんの僅か。
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目が細くなる。
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グラウスが叫ぶ。
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「知っているのか!!」
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ヤクモは、
数秒黙った。
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空。
裂け目。
白銀巨人。
ゼロ。
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全部見た後。
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珍しく。
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冗談抜きで。
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疲れた顔をした。
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「……最悪だねぇ」
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レンカは、
初めて思った。
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ヤクモですら、
“想定外”なんだと。
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その時。
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ゼロが、
初めて口を開いた。
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白銀巨人へ向かって。
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「まだ続けるのか」
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静かな声。
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だが。
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その瞬間。
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裂けた空が、
止まった。
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白銀巨人も。
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都市へ降りていた圧力も。
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全部。
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停止。
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まるで。
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“世界そのものが、
ゼロの言葉を優先した”】
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ように。




