アーカディア上空
第十三章
星を見ない男
翌朝。
アーカディアは、
異様な静けさに包まれていた。
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人は生きている。
都市も浮いている。
機能も戻った。
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なのに。
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誰も、
昨日までと同じ顔をしていなかった。
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市場。
航路。
広場。
修復区画。
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どこでも、
同じ話題。
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ゼロ。
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終焉の覇者。
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都市を落とし、
止めた男。
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「見たか?」
「空に立ってた」
「いや、
魔力が消えたんだ」
「未来視が壊れたらしい」
「神聖術式も効かなかった」
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噂は、
数時間で都市全域へ広がっていた。
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当然だった。
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昨日。
世界最強達が、
全員止まった。
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それを、
三千万の都市が見た。
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アーカディア中央区。
五大国専用宿舎。
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レンカは、
ほとんど眠れなかった。
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ゼロ。
ヤクモ。
星のズレ。
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頭の中が、
ずっと気持ち悪い。
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そして何より。
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ヤクモ。
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あの男。
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軽い。
ふざけてる。
適当。
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なのに。
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ゼロを前にしても、
恐怖がない。
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いや。
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違う。
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“慣れている”
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レンカは、
その感覚が怖かった。
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宿舎廊下を歩く。
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ヤクモを探していた。
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だが。
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どこにもいない。
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庭園。
酒場。
展望区画。
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全部空。
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「また勝手に……」
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その時。
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レンカは、
上を見る。
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宿舎最上階。
展望塔。
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そこだけ、
妙に静かだった。
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レンカは階段を上る。
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風。
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高高度特有の冷たい空気。
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展望塔屋上。
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そこに。
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ヤクモがいた。
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手すりへ腰掛け、
空を見ている。
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酒は持っていない。
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それだけで、
レンカは少し驚いた。
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「筆頭」
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ヤクモは振り返らない。
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「朝早いねぇ」
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「あなたがいないからです」
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レンカは隣へ立つ。
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空。
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青い。
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昨日と変わらない。
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何も。
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本当に何も、
変わっていないように見える。
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レンカが小さく言う。
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「星、
普通でしたね」
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ヤクモは少し黙った。
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「そうだねぇ」
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「見間違いだったんですか?」
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風が吹く。
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長い沈黙。
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やがて。
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ヤクモが、
ぽつりと呟く。
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「……見間違いだと、
いいんだけどね」
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レンカは、
またその“温度”を感じた。
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悲しみ。
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諦め。
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疲労。
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ゼロに少し似ている。
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レンカは思わず聞いていた。
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「筆頭って、
何歳なんですか」
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ヤクモが吹き出した。
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「急だなぁ」
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「気になります」
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「失礼な質問だよ?」
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「誤魔化してますよね」
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ヤクモは笑う。
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「若く見えるでしょ?」
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「答えてください」
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「んー……」
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ヤクモは空を見る。
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青空。
雲。
遠い月。
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その目だけ。
ほんの一瞬。
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とても遠かった。
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「覚えてないかな」
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レンカが固まる。
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「……は?」
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「長く生きると、
そういうこともある」
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冗談みたいな口調。
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だが。
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レンカは、
笑えなかった。
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その時だった。
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アーカディア全域へ、
警報が鳴り響く。
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『緊急観測警報』
『緊急観測警報』
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宿舎塔が揺れる。
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レンカが顔を上げる。
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空。
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そこに。
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巨大な“裂け目”が、
走っていた。
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青空そのものが、
割れている。
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まるで。
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世界へ傷が入ったみたいに。




