アーカディア上空
第十二章
深夜観測
アーカディア上空は、静かだった。
昼間の崩壊が嘘のように。
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修復術式光だけが、
夜空をゆっくり流れている。
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空中庭園を離れたグラウスは、
最後まで一度も振り返らなかった。
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ただ。
去り際に一度だけ、
低く呟いた。
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「……あれは、
人が勝てるものじゃない」
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炎帝グラウス。
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国家を焼いた怪物。
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その男が、
敗北を前提に口を開いた。
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レンカは、
その重みを理解していた。
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グラウスが本気で恐れていた。
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ゼロを。
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そして。
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ヤクモを少しだけ。
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夜が更ける。
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ヤクモは、
まだ庭園に残っていた。
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酒瓶は空。
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だが彼は、
新しい瓶を開ける気配もない。
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珍しく静かだった。
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レンカは少し迷った後、
隣へ座った。
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「筆頭」
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「んー?」
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「ゼロって、
本当に人なんですか」
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夜風が吹く。
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ヤクモは少しだけ空を見る。
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「どう思う?」
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「……分かりません」
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レンカは正直に答えた。
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「でも、
怖かったです」
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「そりゃそうだ」
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「だって、
あの人が立ってるだけで、
みんな動けなくなって」
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レンカの手が震える。
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「グラウス様も、
ミカエル様も、
アステリア様も」
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「あんな怪物達が、
全員……」
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ヤクモは、
小さく笑った。
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「怪物ねぇ」
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その言い方が、
妙に優しかった。
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「でも、
あの人達も頑張ってるんだよ」
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レンカは驚いた。
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ヤクモが、
他人を褒めるのを初めて聞いた。
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「グラウスなんて、
昔はもっと酷かったし」
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「え?」
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「気に入らない国あると、
地図から消してたからねぇ」
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レンカの顔が引きつる。
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冗談か本当か分からない。
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ヤクモは続ける。
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「ミカエルも、
昔はもっと神様っぽかった」
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「神様っぽい?」
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「人間嫌いだったし」
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「……は?」
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レンカは、
本気で意味が分からなかった。
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だが。
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ヤクモは、
本当に“昔を知ってる”口ぶりだった。
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その時。
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空が揺れた。
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ほんの僅か。
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だが。
ヤクモだけ、
動きが止まる。
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レンカは気づかなかった。
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だがヤクモは、
夜空を見ていた。
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星。
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その並びが。
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一瞬だけ、
ズレた。
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本当に、
ほんの一瞬。
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普通の人間なら、
絶対気づかない。
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だがヤクモは、
ゆっくり目を細める。
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「……へぇ」
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その声だけ。
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珍しく、
笑っていなかった。
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レンカが首を傾げる。
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「どうしました?」
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ヤクモは、
少しだけ考える。
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そして。
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「いや」
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笑った。
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「星が瞬きすぎかなって」
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レンカも空を見る。
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何も変わらない。
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綺麗な夜空。
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無数の星。
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いつも通り。
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だが。
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ヤクモだけは知っていた。
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今のズレは、
自然現象ではない。
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世界演算誤差。
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あり得ない。
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普通なら。
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だが。
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もし。
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ゼロが、
本気で動き始めているなら。
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話は別だった。
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その時。
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遠く。
遥か空の向こう。
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誰もいないはずの夜空に。
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黒い影が、
一瞬だけ立っていた。
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ゼロ。
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終焉の覇者。
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彼は、
星空を見上げていた。
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まるで。
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何かを、
探しているように。




