黒狐のヤクモ
第十章
星を見る者達
会議終了後も、
アーカディアは眠らなかった。
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三千万都市。
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国家級災害発生。
都市落下。
浮遊炉停止。
大規模崩壊。
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にもかかわらず。
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死者数は、
驚くほど少なかった。
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推定死者、一万二千。
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本来なら、
数百万規模死傷者が出ていた。
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それを。
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ゼロが止めた。
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だが。
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誰も感謝していなかった。
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感謝できない。
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なぜなら。
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“あれは人類側ではない”
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と、
全員理解してしまったから。
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アーカディア中央塔。
最上階。
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五大国代表専用区画。
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窓の向こうでは、
修復術式光が都市全域を覆っている。
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崩壊した街区。
折れた塔。
破損航路。
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大量の術師達が、
徹夜で復旧作業を続けていた。
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その光景を、
アステリアは静かに見下ろしていた。
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銀髪が夜風へ揺れる。
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空には星。
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青白く瞬く、
無数の光。
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普段なら、
彼女は星を見るだけで未来を読める。
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だが今夜。
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星が妙に遠かった。
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「眠れませんか」
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後ろから声。
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ミカエルだった。
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アステリアは振り返らない。
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「聖皇こそ」
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ミカエルは隣へ立つ。
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「神官達が騒いでいます」
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「神託ですか」
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「ええ」
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ミカエルは、
夜空を見る。
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「ゼロ出現後、
神託演算の一部が停止しました」
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アステリアの目が僅かに動く。
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神託演算。
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ルクス・アークが保有する、
超大型未来予測術式。
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国家単位運営に使われる、
世界最高峰観測システム。
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その一部が停止。
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つまり。
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ゼロは、
未来観測系そのものへ干渉している。
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ミカエルが静かに言う。
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「我々は、
本当にあれを人として扱うべきでしょうか」
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アステリアは少し黙った。
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そして。
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「……分かりません」
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未来視保持者が、
そう答えた。
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それは異常だった。
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彼女は、
答えを知る側の人間だ。
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戦争。
政治。
未来。
死。
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全部、
見えてしまう。
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だからこそ。
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ゼロだけが、
恐ろしい。
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「私は今日、
初めて未来を恐れました」
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ミカエルは黙って聞いていた。
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アステリアは、
自分の手を見る。
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まだ震えている。
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「ほんの一瞬だけ、
見えたんです」
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「何を」
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アステリアは答えるまで、
数秒かかった。
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「終わった世界です」
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夜風が吹く。
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「空に星がなくて」
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「人もいなくて」
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「ただ、
ゼロだけが歩いていた」
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ミカエルは何も言わない。
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だが。
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彼も理解していた。
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それは未来視ではない。
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“記憶”に近い。
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その頃。
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アーカディア下層区画。
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修復途中の空中庭園。
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ヤクモは、
一人で酒を飲んでいた。
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レンカが後ろから近づく。
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「筆頭」
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「んー?」
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「……本当に、
何も知らないんですか」
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ヤクモは笑った。
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「急だねぇ」
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「だっておかしいです」
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レンカは珍しく強い口調だった。
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「ゼロが出ても、
あなただけ全然驚かない」
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「皆が震えてるのに、
普通に喋ってる」
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「それに……」
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レンカは迷った。
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だが言う。
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「“またか”って顔してました」
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ヤクモの酒瓶が、
ほんの少しだけ止まる。
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数秒。
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沈黙。
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だが次の瞬間。
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いつもの軽い笑み。
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「観察力いいねぇ」
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「誤魔化さないでください」
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レンカは、
初めて真正面からヤクモを見た。
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「あなた、
ゼロを知ってるんですか」
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夜風が吹く。
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星が瞬く。
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ヤクモは、
空を見上げた。
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長い沈黙。
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そして。
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「まぁ」
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小さく笑う。
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「昔、
少しだけね」
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その声だけ。
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妙に、
古かった。




