黒い神3
砂浜に、白い神が、倒れていた。
「オサフネさま!!」
結衣が、駆け出した。灯も、後を追う。
砂を蹴って、転びそうになりながら、二人は走った。岸辺から、倒れたオサフネのもとまで――けれど、その距離は、あまりにも遠かった。
オサフネが、砂の上で、身じろぎした。
折れた銃身のマシンガンを杖代わりに、震える腕で、上体を起こす。白いセーラー服は、砂と血で汚れていた。銀の髪が、乱れて頬に張りついている。
その頭上に、影が差した。
ウミガメから降りた刀身が、ゆっくりと、砂浜に立った。
月のように白い砂の上で、黒い神は、倒れた白い神を見下ろした。
「これが、答えだ」
刀身の声は、静かだった。
「八百年。お前は人間に寄り添い、私は人間を捨てた。その結果が、これだ。人間に力を分け与え続けたお前は、こんなにも弱くなった。人間を捨てた私は、こんなにも強くなった」
「……それが」
オサフネは、顔を上げた。
「それが、どうした」
「……何?」
「ワシは、弱うなったんじゃない」
血のにじむ唇で、オサフネは、笑った。
「分けて、きたんじゃ。猫の喧嘩を止めるのに少し。迷子のウサギを家に帰すのに少し。送り犬の縁を結び直すのに、少し。……八百年分の力は、全部、この町のどこかで、誰かの縁になっとる。ワシは、それを誇りこそすれ、悔やんだことは一度もないわ」
「……強がりを」
「強がりではないわ。じゃが――」
オサフネは、立ち上がろうとした。
膝が、砕けるように崩れた。
もう、力が残っていなかった。結界を張る力も、弾丸を撃つ力も、立ち上がる力さえも。
刀身が、太刀を、振り上げた。
黒い刃が、夜空の月々を背に、ぬらりと光る。
「終わりだ、私の半身」
刀身の声に、勝ち誇りはなかった。ただ、事実を述べるような、平坦な声だった。
「もう、終わらせる」
刀身は、太刀を握り直した。
「八百年だ。半分のまま、八百年。もう、飽いた」
「……お主……」
オサフネは、振り上げられた刃を、見上げた。
そして、気づいた。
刀身の目。
冷たく凍てついた、その目の奥に――ほんのかすかに、揺れるものがあった。
八百年前、夜の鍛冶場で見た、あの目。「それでも、ワシは」と言った白い半身を、最後に一瞥した、あの目と、同じ揺らぎ。
ああ、そうか。
お主も、ずっと――。
「オサフネさまああああっ!!」
結衣の絶叫が、砂浜に響いた。
駆けてくる。少女が、全力で、駆けてくる。
刀身は、一瞥もしなかった。
「人間に、用はない」
黒い太刀が――振り下ろされた。




