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じゃけぇ、神輿から降ろすんじゃ3

 異変は、静かに始まった。


 夜空に広がった数千の光――その、いちばん端の一つが、ふっ、と消えた。


 最初は、誰も気づかなかった。数千のうちの一つだ。

 電池が切れたのだろう、くらいに、見ていた者の何人かが思った程度だった。


 だが、二つ目が消えた。


「あれ、おかしくない?」と誰かが言った。


 次の瞬間、三つ目が消えた。


 四つ目、五つ目――。


 消えるたびに、その機体は、ゆるやかに高度を落としていく。

 光を失ったドローンは、ただの銀色の塊になって、夜の海へと吸い込まれていった。


 ぽちゃん。


 ぽちゃん。


 水音が、静かな港に響きはじめる。


「……あれ?」


 結衣が呟いた。


「なんか、落ちてません?」


 オサフネは、神輿の上から夜空を見上げていた。


 その表情が、いつもと違った。


 半分閉じたいつものジト目ではない。見開かれた目が、まっすぐに夜空を見据えている。


 光が、次々と消えていく。一つ、また一つ。

 さっきまで星のように瞬いていた数千の灯が、端から順に、闇に飲まれていく。


 ぽちゃん。ぽちゃん。ぽちゃん。


 水音が、だんだん速くなる。


 やがてそれは、雨のような音になった。


 数千のドローンの神々が、次々と光を失い、海へと落ちていく。

 銀色の機体が、夜の海面にぶつかっては沈み、ぶつかっては沈み――。


「うそ……」


 結衣の声が震えた。


「ぜんぶ、落ちてる……」


 町中の人々が、空を見上げたまま、声を失っていた。


 さっきまでの歓声も、ウミネコの実況も、何もかもが消えていた。


 ただ、ドローンが海に落ちる水音だけが、ぽちゃん、ぽちゃん、と響いている。


 最後の一つが、ふっと光を消した。


 夜空が、真っ暗になった。


 数千の星が生まれたはずの空には、もう何もなかった。

 いくつもの月だけが、何事もなかったように、白く浮かんでいる。


 港は、完全な静寂に包まれた。


 誰も、何も言えなかった。


「……オサフネさま?」


 結衣が、神輿の上のオサフネを見上げた。


 オサフネは、まだ空を見ていた。

 落ちたドローンの一つが、ちょうど神輿のそばの海面に浮かんでいる。

 銀色の機体は、もうぴくりとも動かない。灯は、消えている。


 オサフネは、神輿から降りて、その機体のそばにしゃがみこんだ。そっと手を触れる。


「……力が、抜けておる」


「充電が切れたのではない。これは……根こそぎ、抜き取られておる。神としての力を、まるごと」


「抜き取られた、って……」


 結衣が近づいた。


「どういうことですか? 誰かが、やったってことですか?」


 オサフネは答えなかった。


 ただ、海面に浮かぶ無数のドローンを、じっと見つめていた。


 数千の神々が、力を失って、波に揺られている。その光景は、祭りのものとは、とても思えなかった。


「祭りは……」


 オサフネは声を落として立ち上がった。


「終いじゃ」


 遠く、人混みの向こうで、巫女装束の灯が、ひとり空を見上げていた。神事の最中だったのだろう。手にした神楽鈴を握りしめたまま、青ざめた顔で、暗くなった夜空を見つめている。


 その目は、何かを感じ取っているようだった。


    ◇


 祭りの夜は、後片付けで終わった。


 海に落ちた数千のドローンを、町の人々と神様たちが、総出で回収した。


 小舟を出す者、岸から網ですくう者、海に入って拾い上げる者。さっきまでの華やかさが嘘のように、港には黙々とした作業の気配だけが残った。


 電線のウミネコたちも、まだ実況を続けていた。だが、その声は、もうさっきまでのものではなかった。


『……回収作業に、ご協力ください。落ちたドローンを見つけた方は、港の係員までお願いします』


 淡々とした、ただの放送だった。


 結衣は、ペロのためにと買った浜焼きの袋を提げたまま、回収を手伝うオサフネの背中を見ていた。


 オサフネは、海から引き上げられたドローンを一つひとつ確かめては、静かに首を振っていた。どれも、力は戻らなかった。


 ちくわが、いつの間にか足元に来ていた。

 それと、近所の野良猫も。二匹で、岸に流れ着いたドローンを、ぐいぐいと鼻先で押し上げている。


「手伝ってくれてるの?」


「当然ニャ」


 と、ちくわ。


「こういうときは猫の手も借りたいと思ってニャ」


「猫の手だけにニャ」


「うまいこと言うニャ」


 猫たちなりに、神妙にしているらしかった。


    ◇


 家に帰り着いたのは、夜更けだった。


 縁側に座ったオサフネの隣に、結衣も腰を下ろした。


 庭の向こうに、暗い海が見える。さっきまであの海に、数千の光が浮かんでいたとは、もう思えなかった。


 ペロが、とことこと寄ってきて、二人の間に丸くなった。


「来年は」


 と、結衣が口を開いた。


「来年は、絶対に飛びますよ。きっと」


「……そうじゃといいのぅ」


 オサフネの声は、静かだった。


 しばらく、二人は黙って海を見ていた。波の音だけが、ゆっくりと聞こえてくる。


「あ」


 結衣が、ふと顔を上げた。


「そういえばオサフネさま、今日は神輿に乗ってくれたじゃないですか」


「乗ったのではない。乗せられたんじゃ」


「来年も乗ってくれます? 今年好評だったし」


「…………」


「神輿、オサフネさまサイズで新調しようかなって、世話役のおじさんが言ってました」


「……そうか」


 オサフネは、それだけ言った。


 いつもなら、神輿から降ろせだの、神を何だと思っとるだのと、ひとしきり騒ぐところだ。だが今日は、そんな気力もないようだった。


 ただ黙って、暗い海を見ている。


 結衣は、それ以上は言わなかった。


 ペロが、二人の間で、すぴー、と小さく寝息を立てている。


    ◇


 結衣とペロが寝静まったあと。


 オサフネは、一人、縁側に残っていた。


 暗い海を見つめながら、考えていた。


 月之島で、古老ウサギが言っていた。頭道の神々の力が、静かに失われている、と。


 霧の山では、送り犬が変わり果てていた。神の力が弱まり、封印が緩んだのだと、あのときは思った。


 そして、今日。


 花火の神の、ありえない夏バテ。


 大勢の前で、根こそぎ力を抜かれた、数千のドローンの神々。


 点が、線になっていく。


「……偶然では、ないな」


 オサフネは、夜空を見上げた。いくつもの月が浮かんでいる。


(神の力が、奪われておる。一柱や二柱ではない。頭道じゅうの神が、少しずつ、確実に。誰かが――いや、何かが、それをやっておる)


 胸の奥で、何かがざわついた。


 ずっと忘れていたような、それでいて、ずっと知っていたような。古い、古い感覚。まるで、自分自身のどこかが、それに応えようとしているような――。


(……まさか、な)


 オサフネは、その考えを振り払うように、目を閉じた。


 波の音だけが、夜の縁側に響いていた。

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