じゃけぇ、神輿から降ろすんじゃ1
『さあさあ寄ってらっしゃい見てらっしゃーい! 本日はァ――! 記念すべきィ――! 第一回ィ――! 頭道ドローン祭りだァァァ――ッ!!』
朝から、頭道の空がうるさかった。
電線にずらりと並んだウミネコたちが、いっせいに同じ言葉を叫んでいる。
一羽ではない。何十羽、何百羽が、街じゅうの電線という電線に並んで、祭りのアナウンスをがなり立てていた。
『信仰発電にィ――ご協力くださァァい! みなさまの信仰がァ! 頭道の夜空をォ! 初めて照らすゥゥゥ――ッ!!』
「朝から元気じゃのぅ、あやつらは」
縁側で、オサフネは茶をすすった。
ウミネコというのは、頭道の街じゅうを飛び回って、町内放送を担っている連中だ。
普段から声が大きいが、祭りの日は輪をかけてうるさい。なぜか実況中継のような口調になるのも、毎年のことだった。
「オサフネさま、お祭りですよ、お祭り!」
結衣が縁側に飛び出してきた。すでに浴衣に着替えている。足元では、子犬のペロが浴衣の裾にじゃれついていた。
「今年はドローン祭りなんですよ! 楽しみ!」
「ど、どろん?」
オサフネは首をかしげた。
「なんじゃ、その聞き慣れん祭りは。頭道の祭りといえば、頭道大花火大会じゃろう」
「あれ、知りませんでした? 今年は花火じゃなくてドローンになったんですよ!」
「なぜじゃ。あの花火大会は、頭道の夏の風物詩じゃろうに」
「それがですね、花火の神さまが、今年は夏バテで動けないらしくて。それで急きょ、ドローンの神さまたちが代わりをやることになったんですって」
「……夏バテ?」
オサフネの手が、湯呑みの途中で止まった。
「花火の神が、夏バテ、じゃと?」
「はい。暑さでぐったりしちゃってるって」
「……おかしいのぅ」
「え?」
「いや……」
オサフネは少し考えてから、首を振った。
「あやつは、夏に最も力がみなぎる神じゃ。夏の暑さで弱るなど、火鉢が寒がるような話じゃ。あやつに限って、夏バテなどありえん」
「神さまでも夏バテくらいするんじゃないですか?」
「……そうかもしれん。そうかもしれんが」
オサフネは、湯呑みの茶をゆっくりと飲み干した。
何かが、喉の奥に小骨のように引っかかった。だが、そのときはまだ、それがなんなのか分からなかった。
「まあよい。とにかく、お主は屋台が本命なんじゃろう」
「バレてました?」
「ペロも連れていきたいけど……」
結衣はペロを抱き上げた。
「人混みは怖いかな。今日はお留守番しててね」
「気にせんでええ。オイラは留守番しとくけぇ祭りを楽しんできんさい」
「……え?」
結衣はぴたりと止まった。ペロを抱いたまま、まじまじとその顔を見る。
「ペロ……今、しゃべった?」
「くぅん」
ペロは、つぶらな瞳で結衣を見上げて、こてんと首をかしげた。
「……気のせいだったか!」
結衣はそう言って、ペロを縁側に下ろした。
オサフネは茶をすすりながら、横目でちらりとペロを見た。
今、はっきりとしゃべったな、と思ったが、あえて何も言わなかった。送り犬だったものが、犬のふりをしたいのなら、それも好きにすればいい。
「さ、行きましょう、オサフネさま!」
「ワシも行くのか」
「当然です!」
◇
祭りの会場は、港に向かう大通りだった。
通りの両側には屋台がびっしりと並び、いいにおいが漂っている。
瓦そば、牡蠣の浜焼き、ふぐの唐揚げ。提灯を背負ったカブトガニが、ふわふわと空を行き交い、その提灯の灯りが昼間でも華やかだった。
人と神様が入り混じって、通りはもうお祭り騒ぎだ。
頭道では、神様も普通に祭りを楽しむ。
サトウキビの神が綿菓子を頬張っていたり、食虫植物の神が今日は客として並んでいたりする。
「結衣ーっ!」
人混みの中から、巫女装束の灯が駆け寄ってきた。今日はいつものセーラー服ではなく、きちんとした白と緋の装束だ。
「あかりん、今日は巫女モードだね」
「そうなの。一千光寺は祭りの神事を担当してるから、あたしも朝からお手伝い。もうてんてこ舞いだよ」
「大変だね」
「でも祭りは大好きだから平気! あ、かみさまもこんにちは!」
「うむ」
「ほんとはゆっくり屋台回りたいんだけどなぁ。あたし、これから本殿に戻らないと。神事の準備があるの」
「忙しいんだね」
「うん。だから二人で楽しんできて! あたしの分まで瓦そば食べといて!」
灯はそう言うと、巫女装束の裾をひるがえして、人混みの中へ戻っていった。
「相変わらず、忙しいのに楽しそうじゃな」
「あかりんはお祭り大好きだもんね」
◇
通りを進んでいくと、祭りの世話役らしき人間たちが、何やら困った様子で集まっていた。その中心に、大きな神輿がある。いや――大きな神輿が、傾いていた。
「どうしたんですか?」
と、結衣が声をかけた。
「おお、結衣ちゃん。聞いてくれや」
世話役のおじさんが頭を抱えた。
「神輿を運んどる最中にな、担ぎ手のじいさんが、ぎっくり腰をやってしもうて」
「ええっ!?」
「そのまま前のめりにこけてのぅ。神輿を巻き込んで、どてんと倒してしもうたんじゃ。屋根の部分がべっこり潰れて、もう担げる状態じゃない」
「おじいさんは大丈夫なんですか?」
「腰は痛がっとるが、命に別状はない。問題は神輿のほうでな」
「直せないんですか?」
「祭りはもう始まっとる。今から直すのは無理じゃ。かといって、この神輿が出んと、信仰発電が足りんようになる」
周りの神様たちも、腕を組んで困っている。
「困ったのぅ」
「代わりの神輿もないしのぅ」
「ドローンは数が多いけぇ、発電が足りんと飛ばんぞ」
みんなが、うーんと唸って黙り込んだ。
そのとき。
「あ」
と、結衣が手を打った。
「いいこと思いつきました!」
いやな予感がして、オサフネは一歩あとずさった。
「結衣。お主、今、何を考えた」
「神輿が壊れたなら――」
結衣はにっこり笑った。
「うちのオサフネさまを乗せればいいんじゃないですか? 神様そのものなんだから、神輿よりご利益ありそうだし」
しん、と一瞬、その場が静まった。
世話役のおじさんが、ぽん、と手を打った。
「……それは、名案じゃ」
「待て」
と、オサフネ。
「待て待て待て。今、とんでもないことを言わなんだか」
「だってオサフネさま、軽いし小さいから運びやすいですよ!」
「そういう問題ではない! そもそもワシは神じゃぞ。神輿に乗る側ではない。乗せられる――いや、乗せるものでもない! ええい、ややこしいわ!」
「神様を神輿に乗せたら、ご利益すごそうじゃのぅ」
「信仰発電も、ようけ集まるかもしれん」
「名案じゃ名案じゃ」
周りの神様たちまで、勝手に盛り上がりはじめた。
「待て。待たんか。誰がいつ決めた。ワシは聞いておらん」
「じゃあ多数決にしましょう!」
と、結衣。
「オサフネさまを神輿に乗せるのに賛成の人ー!」
通りじゅうの人間と神様が、いっせいに手を挙げた。
「はい、決まりです!」
「多数決の使い方が乱暴すぎる!」
オサフネの抗議もむなしく、屈強な男たちが神輿を運んできた。
担ぎ棒の折れた神輿の代わりに用意されたのは、急ごしらえの小さな台座。
そこに、白いセーラー服のオサフネが、ちょこんと乗せられた。
「おお、似合っとる似合っとる」
「ジト目幼女ネキ、ご利益ありそうじゃ!」
「ワシは神輿じゃないんじゃが!!!」
頭道の空に、オサフネの叫びが響いた。
電線のウミネコたちが、それを聞きつけて、いっせいにこちらを向いた。
『おおっとォ――!? ここで超大型新人の登場だァァ――ッ!! 神様みずから神輿に乗るゥゥ――ッ!! これは信仰発電、大いに期待できるぞォォ――ッ!!』
「ウミネコども実況するな!!」




