30 夢の確認
マテリアルギルドにて、カタログを吟味する。
ジーグ達との探索で学んだことがある。
オレ達は大きく間違っていたという事だ。
オレ達探索者の仕事は、遺物の回収であって稼働機の破壊や解体ではない。
今まで探索した遺跡において、最も価値がある遺物が稼働機だったというだけで、稼働機の解体を主とした探索ではない。
価値のある遺物が残る遺跡へ行けば、稼働機よりも価値のあるものを手に入れられる。
【鉄屑漁り】の感覚がまだ残っているせいで、価値のあるものを根こそぎ取ってくるという感覚が抜けていなかった。
そりゃ、リースが「危なっかしい」というはずだ。無用な戦いばかりしているのだから。
さて、そんな反省をしたオレだが、現在まともな格好で組合の椅子に座っている。
金も入ったことなので、服を新調し、体をきれいにしただけだ。
そこまですることにも意味がある。
「このアプリの範囲はどれくらいだ?」
「こちらの音響探知アプリは、ランクによって分かれています。範囲が短いほど正確に感知でき、広範囲になるほど曖昧になります。坑道発掘には広範囲の物を、トレジャーハンターの方は、探索対象の規模に合わせて購入されているようです」
マテリアルギルドで受付の中年ドワーフにカタログを見せてもらいながら確認する。
身なりをキチンとしたせいで、こちらを客として対応してくれる。今までのように、眉間にしわを寄せつつ、さっさと話を切り上げて追い出すようなそぶりは見せない。それどころか、一人でカタログを吟味していると「何か不明な点はありませんか?」と聞いてくるくらいだ。
衣装に装飾品で銀貨80枚。悪くない買物だった。
「このアプリのここの記述は?」
「こちらは、中型以上のマテリアル対応アプリになります。この記号の付くタイプのアプリと連動して、効果をカスタマイズするタイプのアプリです」
「なるほど…」
魔砲アプリと追加装置の説明でもそうだったが、カタログ記述だけでは、詳しい内容がわからない。そのためには、専門家に話を聞く必要がある。
その為のマテリアルギルドと、ギルド職員というアプリ販売のプロだ。
オレを金を落とす客だと認識させれば、その知恵を借りることができる。
ギルド職員の話を聞きながら、必要と思うものを小型の黒板にメモしていく。
二時間ほどマテリアルギルドで時間をつぶし。昼過ぎとなった。
屋台でパンキノコに香辛料で焼いた具を挟んだホットサンド的な食べ物を食べつつ、中央広場へ。
見せてもらおうか。銀貨80枚の社会性とやらを!
彫刻の施された台座に腰を下ろし、広場を行きかう人たちを眺める。老若男女。様々な人たちが往来を行きかい、屋台や店舗で買い物をしている。
今日の食材、あるいは日用品の補充。毎日の生活のための場所だ。
それ故に、手持ち無沙汰にぶらぶらしているドワーフの若者に注意を向けるものはない。奴隷階級のような異物が混じっているなら話は別だが、自分たちと同じ市民であるなら、その姿は日常という中に同化する。
「(来た!)」
それを見つけるのは簡単だ。周りのドワーフより頭一つ半は高い。
人造人間ヒューリーが、しずしずと歩いてくる。
程よい身長。そのままぶつかれば豊かな双丘が顔面に来るベリーグッドな高さ。
ヒューリーを作った研究員はそれをわかって作ったに決まっている。グッジョブ!
その異質さからか、周囲の人が少し距離をとっている。だが、当人はそんなことを気にすることもなく、迷うことない足取りで買い物を続けている。
ドワーフ用の屋台や店舗である。ヒューリーには低すぎる。そんな屋台や天幕を、スカートをつまんで汚れないようにして入る仕草。
完璧だ。完璧だよ。研究員。
奴隷階級では、この魅惑の花園に入る事はできなかった。市民の憩いの広場だ。奴隷階級の孤児がいれば、即座に追い出されてしまう。トレジャーハンターとなり、市民階級を得て初めて、誰はばかられることなく、この場所で存分に愛でる資格を得るのだ。
ありがとうトレジャーハンター。
ありがとう市民階級。
力強く拳を握り、今までの努力を心の中でかみしめる。
ひとしきり感慨にふけった後、より良いアングルを求めて、オレは座っていた台座から腰を上げた。
ドワーフ用の屋台で買い物をするべく腰を曲げて商品を品定めしている。
喜怒哀楽の表情も薄く、ただ物の良し悪しを選別するさまは、まさしく完璧なメイドの所作だ。
ほくろひとつない卵のような肌。耳をすませば入ってくる鈴のような声。
是非、あの口から「ご命令を、ご主人様」と言わせたい。
さらにカチューシャにメイド服。王道のヴィクトリア王朝風もいいが、和風にするのもありだ。服飾店にオーダーしておくか。
心の中の画像フォルダーを妄想フォトショで衣装をアイコラしていく。
その時のデザインは…ああ、夢が膨らむ。
トントン
肩を叩かれた。
すまんが、妄想装置をフル稼働していて忙しいのだ。後にしてくれ。ファインダー中央の被写体から外さずに邪魔者を追い払うように手を振る。
トントン
再度、肩を叩かれる。
ええい。瞬きすらもどかしいと思うこの至福の瞬間を邪魔しやがって。あっちへ行ってくれ。
「すまない。見ての通り忙しいんだ。後にしてくれ」
「ああ、そうだな、見ての通り怪しいな」
奇妙な物言いに振り返ると、武装した男がこちらを見ている。カザル=ボーダーの街中で武装しているドワーフというのは少ない。出撃前の騎士団や、探索前のトレジャーハンター位なものだ。
氏族の紋章の入った盾に鎧。彼らは衛兵だ。
少し違うのは、カザル=ボーダーの町には衛兵はいないという事だ。彼らは、カザル=ボーダーを支配する氏族の衛兵であり、衛兵が守るのは自分の氏族の管理下だけだ。そういう意味では彼らは氏族の私兵に近い。
当然、彼らの着けている紋章はこの広場を守る氏族の紋章だ。
「…」
「…」
「まて、オレは怪しい者じゃない」
「いや、怪しいだろ」
即座に否定される。
…確かに、見れば元いた位置から大分離れている。それだけの距離ヒューリーを付け回したとなれば、確かに怪しいといえば怪しい。
「わかった。所作が怪しいが、それでも社会的な意味では怪しいものではない」
「所作が怪しい段階で十分に怪しいよ」
「いや。そうじゃない。うん。なんて言えばいいのか…」
「わかった。こっちで、ゆっくり考えをまとめてくれ」
そういうと、衛兵はオレの背中を押して先導する。
こうしてオレは捕まった。
「あれ?」
あえて言おう。私は市民であると。
「何やってるんだ?」
迎えに来たガラハドに、そう言われた。
ちなみに、今日一日は各自で自由に過ごしていい一日である。
前回の報酬を3人で均等に分配しており、かなりの大金が手に入った。
そんなわけで、二人は財布の中を気にせず豪遊できるリア充ライフな一日を送るはずだったにもかかわらず、オレによって最後の最後に水を差されたわけだ。
ガラハドが少し不機嫌なのもわからなくもない。
リア充通報され…いや、通報はされたな。オレが。
まあ、罪といっても特に何かあるというわけではない。広場での不審な行動だけだ。問題となるヒューリが氏族の持ち物なので、とりあえず警戒してという話。
後は、オレが奴隷上がりの市民だから一応の用心という事だ。
一応、取調という事で熱くヒューリーについて語ったが、衛兵の誰一人としてそれを理解してくれる者はいなかった。
とりあえず、ガラハドの質問に答えよう。
「兄弟。夢を追うって難しいことだな」
「何を言っているんだお前は?」
「だが、どんな障害があろうとも、オレはオレの夢を諦めない」
「おい、こいつ反省してないぞ」
誰に何を言われようと、諦めるわけにはいかない。
その為にトレジャーハンターになったのだ。
「いいから、とっとと連れて行ってくれ。こっちも頭が痛くなりそうだ」
勘弁してくれと言いたげに受け付けの衛兵が手をひらひらと振ってオレ達を追い出した。




