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33 魔術の真理

 学院の教授にして呪使い、グレンデールは一人自分の研究室にいた。すでに一月ほど研究室と自宅を行き来する生活を送ってしまっている。

 近頃、祝福使いが幅を利かせている影響で生粋の呪使いである彼女にとって学院での居場所は少ない。とはいえ、半世紀もの間学院の教鞭に立ち、これまで幾人もの学生や若手魔術師を震え上がらせてきた”減点”のグレンデールたる彼女にとって大したことではない。


 彼女が研究室に籠るのは他にやることがないからだ。

 祝福平和論が世に広まり、一月ほど前から呪いは授業内容から消えた。また、呪使い達の憩いの場であった森も現在は立ち入り禁止となっている。

 それ以来、グレンデールはほとんど学生に物を教えることがなくなり、藁人形についての知識すら次世代を担う若者たちに教えることができていない。


 そんな彼女だが、決して暇なわけではない。現在、彼女は毎日食い入るようにあるレポートを読み返している。

 少し前まで学院にいた学生、シャーリー・フットが残していった研究レポートだ。”女傑”イザベラ・フットの娘で、彼女自身も呪いの才に恵まれていたが、まさかここまでとは思ってもいなかった。


「紛れもなく天才だわ・・・まさか、今の世でここまで辿り着けるとは」


 シャーリーの残していったレポートは魔術の根本について独自に考えを纏めたものだ。

 魔術には大きく分けて”祝福”と”呪い”がある。

 魔術師が人を想う気持ちは”祝福”の源となり、人を恨む気持ちは”呪い”の源となるのが一般的な考えだ。

 だが、この常識にシャーリーは三つの疑問を投げかけた。


 一つ、なぜシャーリー・フットは”呪い”しか使えないのか?

 一つ、なぜアリス・グレイスは”祝福”しか使えないのか?

 一つ、なぜ魔術の才なき人間は魔術を使えないのか?


 もし、魔術の源が想いや恨みなどの感情であれば、シャーリー・フットと言う人間は他人を恨むことしかできず、アリス・グレイスは他人を想うことしかできないことになる。しかし、それは果たして可能なのだろうか?

 そして、本当に感情が源であれば、なぜ全ての人間は魔術を使うことができないのか?それとも人間とは魔術師以外、感情を持たない木偶なのか?


 その答えは誰が考えても「否」だ。

 人であれば、あらゆる感情を持ち、それを自分や他人に向け、ときに共有することができる。人によって差はあれど、完全に無いはずがない。そして、感情があるなら、魔術は行使できる。


「・・・と、ここまでなら過去にも似た論文があったわ」

 問題はここからだ。


 魔術師と一般人を比べたとき、最も顕著に観られる違いを挙げるとするならば、それは思考にあると考えられる。魔術師は物事を考え、解釈する際に一般人よりも感情豊かに万事を捉える。悪く言うならば、思考が感情的に成り過ぎる点がある。

 従来はこの違いが確認されていても、それは社会的な地位や受けて来た教育の差によって生じる物と考えられていた。事実、魔術の才がある人間は多くは貴族やある程度身分のある人間に多い。また、魔術を修める課程で様々な分野の知識を身に着けることもある。

 しかし、同じく高度な教育を受けて、常人よりも深く思考できるが魔術を扱えない者も数多くいる。そして、彼等の頭脳は魔術師に劣ることは決してない。そんな彼等は魔術師のようには物事を考えず、感情よりも理を優先する。


 このことから、魔術師と一般人を分けているのは感情の有無ではなく、思考、更には脳そのものにあるのではないかと考えられる。

 しかし、魔術師と一般人の脳を直接見比べてみたわけではないため、まだ結論を出すことはできない。


「たしか、あの子は人体の構造や機能についてもかなり強い興味を示していたわね。そして、彼女の注目点は理に適っている」

 人体の解剖、倫理的には禁忌とされているこの研究を推し進めれば、魔術の真理にたどり着くことも不可能ではないかもしれない。


「それにしても、口惜しいことだわ。これほどまでに才ある学生をこの学院は追いやってしまうとは・・・」

 でも、果たしてシャーリーを野放しにして良かったのかしら?

 才ある者というのは、怖い物知らずの若い内に必ず禁忌に手を出す。そして既に深淵の眠る場所に当りを付けた者になんの監視や抑止力もない今の状態は危険とも考えられる。




 その日は、王宮で祝福平和騎士団とマティルダ・グレイスが拘束された日だった。

 そして、その夜、シャーリー・フットは何本ものナイフや鋸、猿轡を用意して、彼等の捕らえられた牢を訪れた。

「さ~て~、ハンプティー・ダンプティーになりたいのは誰かしら?順番に頭の殻を叩き割ってあげるわ」

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