海馬に、賭ける。 〜Remember me〜
気がつけば、実家の書庫に居た。髪は昔の黒に戻っている。この匂い、あのころのままだ。
二色家は伝統的な日本家屋で、敷地も広い。お陰で街から外れた立地にある。道は整備されているので、街へのアクセスには困らない。寧ろ、私は都会の空気が嫌いで、草や土の匂いがする方が好きなので助かった。敷地が広いせいで、屋敷から屋敷への移動に時間がかかるので、昔からお手伝いさん一人一人にも自転車を支給している。
幼かった私にとってこの家はテーマパークも同然で、毎日自転車を漕いで敷地内を彷徨いていた。毎日何かしら新しい発見があるので、本当に飽きなかった。道端の草木や風の香りから四季を学び、日の動きで時間を覚えた。
あの頃の空は、やけに近かったように思う。小さい子供の世界というものは、手の届く範囲で構成されており、他人よりも、実際に触れる草や虫、お気に入りのおもちゃに感情移入するのはその為だろうか。
父は敷地内でなら、どれだけ遊んでも許してくれた。着物を土で汚しても、道端の草を噛んでも、石で転んで怪我をしても、だ。心配はしてくれるが、怒りはしない。
「ヒトは土から孵って、土に還る。土を知らないよりは、土で怪我をする方がマシ」
と言っていた。当時は言っている意味が分からなかったが、この言葉で母をなだめ、私を助けてくれたのでよく覚えている。
基本的に優しい父であったが、絶対に許さない事が二つあった。
一つ目が、
『街に行く時は先に言いなさい。そして、日が暮れる前に帰ってくるように。』
二つ目が、
『屋敷内で遊ぶのは自由。だが、一つだけある鍵のかかった屋敷に入るのはいけない。』
私は父が怒った場面を見たことがない。故に想像できない。それが何より怖くて、この言いつけを守っていた。お手伝いさんの中でも最年長のお爺さんが、私に言い聞かせる為に話していたオバケより、"見た事の無い父の姿"の方が怖かった。
中学は二色学院に通った。この学校は高校と併設されていて、ちょうど街と二色家の間にある立地だった。登校する度に、アスファルトの道に違和感を抱いていた。その向こう側にある街ときたら、生きている心地がしなかった。全てが自分を拒絶しているように錯覚する。
父が言っていた『街に行く時には先に言いなさい。そして、日が暮れる前に帰ってくるように。』の意味がよくわかった。ここは人が居る場所ではなく、ヒトを消費する場所だと肌感で理解した。
街に行きたがらないのと、二色という苗字、更には美端という極端な名前も合わさり私は周りと上手く関わることができなかった。イジメ等は受けてないが、自分から距離を取った。そうして図書室によく籠るようになった。
その時に、父が鍵を一つ渡してくれた。この鍵は私が唯一入ることの許されなかった、鍵のかかった屋敷の鍵だった。
「美端は覚えが良い。いい事も、嫌なことも、忘れることができない程な。私もそうだから解る。器が出来上がる前に水を注ぐのは危険だ。だから、美端にはそこに行かせなかった。...絶対のめり込むだろうしな」
と、父が言っていたのを覚えている。
この鍵を使ってその屋敷に入ってみた。そこは巨大な書庫であった。筆まめ且つ、読書家の父が、世界中時代問わず書籍を集めた為にこの膨大な量になったらしい。
「私はここにある本は全て覚えてしまった。だからこれは全部、美端へのプレゼント。お前の物だ」
と言ってくれたのが、嬉しかった。
それからと言うもの、学校以外の時間は殆どここで過ごすようになった。両親がこのことを警戒して、鍵を渡したがらないのも頷けるほどに、私はこの書庫に籠った。
母は父に苦情を訴えた。父は私の気持ちがわかるようで、粘り強くなだめていたが、中学三年生の時に折れた。そうして、私は書庫を出禁にされ、学校に通った。
私が家に帰ってくる度に
「学校は辛くないか?」
と尋ねてきた。恐らく、父も私同様に"異様に"覚えが良く、周りと上手くいかなかったのだろう。よく心配されていた。
周囲とも母とも反りが合わず、ついに私は自分の部屋に引きこもった。要は不登校である。少し前までは、人間関係によるストレスなんて、本を読むことで発散できた。寧ろ、お釣りが来るほど本は楽しかった。それを禁止されたとなれば、別のストレスを発散する方法を見つけるしかない。
ストレスは蕁麻疹という形で、身体にも現れ始める。ある日、あまりの痒さに腕を掻き過ぎたせいで、血がうっすら流れていた。滲み出る血を眺めていると、気がついた。"血が滲み出る様を見ている間は、痒みを忘れることができる"ということに。なんなら、血が漏れるのと、同時にストレスが自分から抜け出るように思えた。
出血量が達成感に繋がるまでに時間はかからなかった。より効率よく出血量を上げる為にデザインナイフを使い始めた。勿論、私の腕や脚は傷だらけになる。母に見られれば大事になるので、余計に部屋に籠った。母をなだめようとする父の顔が何故か印象に残っている。あれは、母をなだめると言うより、私と言葉を交わしたい表情だったのではないか?と思い続けている。
今ではもう、知る由もないのだが。
そう、最後の審判が起きた。
お手伝いさん達も、学校の連中も、最後には会わなくなった母も、そして父も、天使によって殺された、筈だ。部屋に籠っていたせいで、現場を見ていないから真相は分からない。だが、十中八九そうだろう。
何故だか、天使は私を殺さなかった。この理由は、未だに分からない。
この時から、あの気色悪い悪魔が次第に見えるようになった。少しづつ喋れるようになり、皆んなが死んだ事を伝えてきた。
それを知った私は、書庫に向かった。鍵は父の机の引き出しにあり、あっさり取れた。
それからずっとこの書庫に居た。読んでいる間、これから過ごす筈であった父との時間を取り戻しているような気がして、熱中した。その結果、この膨大な数の書物を一週間せずに読破できた。
『トキラメクルとして覚醒した時点で、空腹や渇き、睡魔から解放されるんです』
と悪魔が言っていた通り、何者にも、自分にも邪魔されず読書したからだろう。出血量以外での達成感は久々だ。
しかし、問題が現れた。私は一度読んだ内容は忘れない。
「私たちは、忘れるという基本的な技能を持たない困ったニンゲンだ」
という言葉が何度も繰り返された。やはり、父は私と同様の苦悩を抱いていたのだろう。
再びストレスで、蕁麻疹が出てきた。しかし悪魔は
『以前も触れましたが、トキラメクルに覚醒した時点で、ラメによる状態維持効果が付与されます。ですので、蕁麻疹も発症することはありません』
「じゃあコレは何?」
『美ha、二色さんが、ストレスを覚えると痒くなる。と思い込んでる結果ですね。掻かなければ痒くない筈です』
「あんたの、言う通りかもね...」
またストレスで腕を掻く。どれだけ掻いても、血が出ない。達成感がない。これがラメによる状態維持なのだろうか。
既に愛用のデザインナイフも使ってみたが、デザインナイフの方が負けてしまった。
「そういえば、変身がどうだって話してたわね」
『はい、変身することで、トキラメクルに完全に覚醒できます』
「そうすればラメを使いこなせるとか?」
『そうですね。使いこなせるかは、別ですが扱うきっかけになります』
不敵に笑う二色 美端。
「それなら、私の腕に傷をつけることもできる?」
こうして最後の審判から一週間経ったタイミングで、二色 美端はトキラメクル音盤として"完全に"覚醒した。
***
「...ッぃ"ぎ...あ"ぁっ!!!」
「に、二色さん!?大丈夫ですか!?」
「...トキメキめぐるッ...キラメキきたるッ...レッツトキラメクルッ!音盤ッ!!」
二色 美端が突然変身する。
「そ、走馬灯を見てたけど、何とか、なりそう、かも...」
「え?」
二色 美端は、万年筆状のスティカラーを使って右腕の記録媒体を外し、左太ももに巻く。かなり手際が良い。
「む、昔、読んだ本に、あった...銃傷の手当の仕方...本当に走馬灯って役に立つわね...」
「よ、読んだだけで、できるんですか?」
「昔から、記憶力だけは、良かったから...一度読んだものは、忘れない、のよ...過去に読んだ応急手当の本が、実用的ないい書籍で、助かったわ...イッタ...」
二色 美端は傷の手当をしながらそう語る。
(覚えてるのと実践できるは、別なのでは?)
と、赫鳳 徹子は思っていた。
「あの、二者択一って子が、銃の使い方が下手で助かったわ...狙って撃たれてたらダメだったわね。てか、誤射かアレは」
「そ、そうなんですか?」
「えぇ、この傷の付き方は、恐らくフルメタル・ジャケット...メタル使ってる?アレ?もう、貫通弾でいいわ。厳密に言えば違うけど分かりやすいし」
痛みのせいか、投げやりになってきた二色 美端。
「貫通弾は、人間を壊すための弾丸じゃないわ...てか、赫オo...長いわね、徹子は、大丈夫なの?イッタ...」
「え?え、えぇ。何とか。今はヒリつく程度です」
「貴女、本当に頑丈ね...私はようやく痛みが引いてきたわよ...鉄は熱いうちに撃て、本当に羨ましい能力ね...」
(喋り方がいつもと違う...相当痛いんだろうな…)
と思う赫鳳 徹子であった。
「喋ってた方が、痛みが引くから...一方的に話すわよ...貫通弾ってのは、硬い目標を貫通するのが目的の弾丸。だから、本当は生身の対象向けじゃないの...防弾チョッキとかだったら有効だけどね...もしくは、ピンポイントに急所を狙うか。じゃないとこんな感じで貫いて、終わっちゃうのよ。まぁ、貫かれても大変なんだけど」
「な、なんで、貫通弾って?」
「徹子が受けた弾丸が、ソコに落ちてるからよ...」
二色 美端が指す方を見ると、ソコに弾丸のようなものが転がっていた。歯のような形状で気持ちが悪い。
確かに、金属製とは思えない見た目をしている。
「あと、私の銃傷、ね...貫通してるから...これは貫通弾の特徴。記憶媒体で防御力上げてたのと、狙いが外れたのが助かったわ...防御力上げてなければ、狙撃銃で撃たれた時みたいに、周りの肉や骨ごと抉れて致命傷になる...出血多量でね。だから、狙撃手は太ももや骨盤を狙うことも多いそうよ?でも今は止血も何とかいけたし、抉られた肉も少なくて済んだわ。ラメの効果もあるのかしら...?これが、ちゃんと急所を狙った一撃だったら、こうもいかなかったわね...太ももの外側なのも助かったわ。骨の真ん中行かれてたら、アウトだったわね。まぁ、実際のフルメタル・ジャケットでも着弾して暴れる設計のヤツもあるから、それでもアウトだったわ」
痛みを堪えながら、どうにか応急手当を終えたようだ。そうして、二色 美端は左ももを上にするように回復体位を取る。
「ごめんだけど、徹子...膝枕してくれない?」
「あ、はい!」
言われた通りに膝枕をする。
「本当に、痛いわね...これで、今は死ぬことないと思うけど。このあと歩けるか、どうかね...」
「...」
「いつも、無茶させて、ごめんなさい...」
「い、いいええ!いえいえ!!」
(弱った二色さん、気まずい!)
と思う赫鳳 徹子。
「そ、そういえば!二者択一?さん?はなんでずっとうずくまってるんでしょうか?」
そう、このやり取りの間、ずっと二者択一は悶え苦しんでうずくまっていた。
「さっき、弾丸見せたでしょ?で、能力使った時の様子も踏まえて考えれば...恐らく、彼女の能力は、自分の顎を拳銃にして...歯を弾丸として発射するもの...だと思う」
「えぇ、グロぉ...」
「相当ね...音向さんが、『感情が能力のトリガーになることがあるかも』的な話してたの、覚えてる?」
「あぁ、感情が行動を誘発させて、それが結果に繋がる的なやつでしたっけ?その過程を省略してるのがラメの能力とか」
「そう、それ。多分、発砲の時のエネルギーを、抜歯の痛覚で発動させているんだと、思う」
「それで痛がって、あのままなんですね」
「多分、2発目は、痛みで狙いが定まらなかったのと、痛みからの躊躇いで、発砲の威力が落ちたと、私は見てる...」
「痛い方が、威力出るんじゃないですか?」
「音向さんの、話の通りなら、多分、その結果に、たどり着けるかどうか?が、大切なんだと思う...だから、痛みで躊躇った時点で、狙いも定まらないし、発砲の威力も落ちた、と、思う...痛みはあくまでも、発動のキッカケでしか、ない的な...」
「ナ、ナルホド?」
「詳しいことは、音向さんに、聞きましょう...そもそもトキラメクルを連れてくるのが任務だし...」
「そういえば、そうでした!」
PON!と手を叩く赫鳳 徹子。
「まぁ、この傷じゃあ、今後私は行動不能だけどね...それにしても、あの丘六のヤツ、どこ行ったの...?」
「うぅ、全然、戻ってきませんね...」
二色 美端が痛みからネガティヴな事を言い始める頃には、
赫鳳 徹子の方は完全に回復しつつあった。
その時、
「辛そうだから、助けに来てやったぜ☆」
丘六 緋羽夢が現れた。
...ミンチになったはずの俗物とナース服の女性を連れて。




