第60話 透明の男
アレンは走って戻ってきた。
「おい、アレン。どこ行ってたんだよ」
「ちょっと水を……」
「それより、あれ見てみろよ」
「あれは――」
視線の先。
そこでは、ひとりの少女が騎士団員と向かい合っていた。
「お前、この前一緒にいたエリス先輩だろ?
騎士団の人と戦ってるんだよ」
「え……なんで……」
「団長に強さを見込まれて、勝負してほしいって頼まれたらしい」
目の前で繰り広げられる戦い。
エリス先輩は、軽やかな動きで攻撃をかわし、時に踏み込み、的確に打ち込んでいく。
――強い。
その一言に尽きた。
戦いは、およそ三分。
決着はつかなかった。
「学生にここまでやられるとは……」
対戦していた騎士団員は、騎士団長にそう言われ、悔しそうにため息をついた。
汗を拭いながら、息を整えるエリス先輩。
そして――こちらに気づいた瞬間。
「アレンくん!!久しぶり!!」
勢いよく、こちらへ駆け寄ってくる。
「学校で探してたのに、全然いないから悲しかったよー!」
周囲の視線が、一斉に僕へ向けられた。
……殺意、混じってない?
「エリス先輩、すごいですね。あんなに強いなんて」
「いや〜、そんなでもないよ〜」
鼻の下を伸ばし、照れたように笑う。
……本当に表情が忙しい人だ。
「あ、そういえば」
ふと思い出し、口にする。
「さっき、エリス先輩と同じ二年生の人に会ったんですけど――」
「なに……女の子?」
一瞬で、空気が変わった。
さっきまでの柔らかい表情は消え、鋭い刃のような目になる。
「い、いえ。
身長二メートルくらいで、筋肉がすごい男の人です」
「……え?」
エリス先輩の顔が、驚きに染まる。
「会ったの?」
「はい。給水所で」
「……よく会えたね、アレンくん」
「え?」
「その人、メルって言うんだけど……
私たち、同じクラスなのに、入学式以降一度も会えてないの」
「え……?」
「学園には来てるの。でも、誰も姿を見たことがない」
「どういう……」
「彼、姿を消すの。
確かにそこにいるはずなのに、誰も認識できない」
姿を消す……?
さっき会った、あの異様な存在感の男。
……確かに、普通じゃなかった。
「でもラッキーだよ!
メルの姿を見れたなんて!さすがアレンくん!」
「はは……」
「この後はバスでホテルに移動して夕食だから、また後でね!」
そう言って、手を振りながら去っていく。
――その瞬間。
周囲から向けられる殺意の視線が、さらに強くなった気がした。
……けど。
その中に、明らかに異質な視線を感じる。
背後を振り返る。
……誰もいない。
気のせい、か?
「おい!アレン!早く行くぞ!!」
コウキの声が響く。
前を見ると、みんなが待っていた。
僕は、小さく息を吐き、歩き出す。
その時――
背後から、低い声が聞こえた。
「……アレン、か。お前なら……」
振り返っても、そこには誰もいなかった。




