第54話 クラインの過去
あの日から、私はノアとノアの父と暮らした。
やがて私は、彼を本当の父のように思い――
自然と「父さん」と呼ぶようになっていた。
十八になり、騎士団へ入団した。
だが――
あの日のことを、私は一度も許していない。
いつか必ず、仇を討つ。
そう決めていた。
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「おかえり!! クライン!!」
「ただいま、ノア」
抱きしめ合う。
「今日もお疲れ様!」
「ありがとう」
「おお〜帰ってたのか! クライン!」
「父さん。ただいま」
「よく頑張ったな!」
その温もりが、痛いほど幸せだった。
だからこそ――言わなければならなかった。
「父さん、ノア。話がある」
空気が変わる。
「どうしたの?」
「もしかしたら……もう会えないかもしれない」
「なんで……!?」
父さんが静かに言う。
「仇討ち……か」
「……はい」
ノアが首を振る。
「やめて。今が幸せならそれでいいでしょ?
会えなくなるなんて嫌だよ……お願い」
それでも、私は言う。
「今、王になっている男は――
あの日、父を殺した奴です」
「……ッ!?」
「騎士団に入り、王と接触した。
見たんです。あの顔を。忘れるはずがない」
ノアが背中から抱きつく。
「離れないで。死なないで」
私は抱き返す。
「必ず帰る」
そして――
「帰ってきたら、俺と結婚してくれないか」
ノアが顔を上げる。
「……ほんとに?」
「ダメか?」
「いいよ。ずっと好きだったから」
父さんは笑った。
「当たり前だ。最初から家族みたいなもんだ」
「約束だよ」
「ああ。約束だ」
私は二人を背に、歩き出した。
⸻
王城。
「よく来たな、クラリス」
それは偽名。
正体が露見しないよう、騎士団での名だ。
「二人きりでお話がしたい」
「無礼だ!」
兵が騒ぐ。
だが王は笑った。
「よい。奥へ来い」
扉が閉まる。
「それで、何の用だ?」
私は剣を抜いた。
「私はカルマ王の息子――カルマ・クラインだ」
王は、笑った。
「ああ。知っている。偽名も、住処も、全部な」
その瞬間――
上から檻が落ちた。
「なに……!?」
「しばらくそこにいろ」
「出せ!!」
「貧民街で三人暮らしだろう?」
「……ッ!!」
「絶望した顔は素晴らしい」
血が凍る。
「何をする気だ」
「殺すだけだ。あの日のように」
王は去った。
ノアが。父さんが。
また奪われる。
嫌だ。
絶対に――!!
私は檻を殴る。斬る。
拳が裂ける。
剣が折れる。
それでも、止まらない。
何時間経ったか分からない。
ようやく檻に亀裂が走る。
力任せに引き裂いた。
皮膚が剥がれ、骨が軋む。
それでも走る。
兵が立ちはだかる。
「捕らえろ!」
「邪魔だ!!」
全員を殴り飛ばす。
痛みなど感じない。
村へ辿り着く。
――燃えていた。
「あ……あ……」
家が。
あの家が。
炎に包まれている。
「うあああああ!!」
斬られても、殴られても構わない。
王を殺した。
それでも――
家に入る。
血の匂い。
倒れている二人。
焼け焦げ、判別できない。
だが分かる。
「ノア……父さん……」
返事はない。
炎は、また全てを奪った。
私が弱かったから。
守れなかった。
生きる意味は、もうない。
「全部終わらせたら、そっちに行く」
その後の記憶は曖昧だ。
私は壊し続けた。
そして――殺された。
だが、魂は届かなかった。
闇の中で、声がした。
《力が欲しいか?》
欲しい。
《何を望む》
燃やしたい。
全てを。
私の苦しみを、味あわせたい。
その瞬間、何かが壊れた。
私は心を差し出した。
――魔王に。
⸻
ノア。
私はもう、そちらへ行けない。
私は、あいつらと同じになった。
誰かを傷つける側に。
なぁ、アレン。
もしお前に出会っていたら……
変われただろうか。
もう一度、やり直したい。
ごめん、ノア。
ごめん、私が殺してしまった人々。
ごめん……本当の、私。




