第48話 遅かったんだよ。
着いた。フローラ村。
「――――っ!!」
言葉にならない違和感が、背筋を貫いた。
「スミレ! 今すぐダイチを降ろせ!」
「え? なんで――」
「いいから! 早く!!」
喉が張り裂けそうになる。
なんで……なんでだ……!
薬の効果は一日じゃなかったのか。
いや、違う。
《思い出してしまったんだよな》
周囲の地面から、草が伸びていく。
朽ちた建物の壁を割り、蔦が絡みつき、花が咲く。
あの日から、この村に植物が生えたことなんてなかった。
なのに――。
「スミ……レ……」
スミレの腕の中で、ダイチの体が微かに震える。
大地。
君は……なんで、スミレを植物に変えてしまったんだ。
あの時の君は、どれほど辛かったんだ……。
⸻
――ダイチの記憶――
僕は、ずっと待っていた。
いつの間にか、いなくなったお姉ちゃんを。
足音が聞こえた。
お姉ちゃんだと思った。
違った。
家を飛び出した瞬間、目に飛び込んできたのは、燃えている村と――
それを、楽しそうに眺める男の姿だった。
村の人たちは言っていた。
「勇者パーティーの一員が来てくれた」って。
助けてもらえると、思った。
『助けて』
声になったかも分からない。
倒れた。
もう、無理だった。
(僕、死ぬんだ)
お姉ちゃんにも、会えないまま。
「助けて。お兄ちゃん、助けて」
「うるさい餓鬼ですね。死になさい」
「助けて……おねぇ……」
――その時。
いた。
お姉ちゃんが。
でも。
なんで、そこに立ってるの?
なんで、そんな上から見てるの?
なんで……助けてくれないの?
《なんで?》
《なんでなんでなんでなんでなんで――》
お姉ちゃんなんて、知らない。
僕は、もう――
⸻
「……全部、思い出したよ。姉さん」
低く、冷え切った声。
ダイチの体が、ゆっくりと成長していく。
少年の姿から、アレンと同じくらいの大きさへ。
「俺を……見殺しにしたんだよね」
スミレの呼吸が、止まる。
「アレンさん」
ダイチは、アレンの方を向いた。
「ありがとう。俺を助けようとしてくれて」
その言葉に、アレンの胸が締め付けられる。
だが、次の瞬間――
村全体が、ざわりと蠢いた。
地面から、壁から、崩れた家屋の隙間から、植物が一斉に噴き出す。
「スミレ! 下がれ!!」
だが、スミレは動かなかった。
震える足で、一歩前に出る。
「……ダイチ」
声が、震える。
「ごめん」
一言。それだけだった。
「私は……逃げた。怖くて、何も出来なかった」
「……」
「あなたを失うくらいなら、自分を責めない方を選んだ。最低だよね」
スミレの目から、涙が溢れ落ちる。
「それでも……それでも、もう逃げたくない」
「……」
「私が、あなたのお姉ちゃんだよ。今度こそ、守る」
沈黙。
植物の侵食が、一瞬だけ止まった。
だが――
「……遅いんだよ」
ダイチの声が、冷たく響く。
「もう……戻れない」
再び、植物が爆発的に増殖する。スミレは植物へと変わった。
その中心に立つ少年の瞳は、深い闇に沈んでいた。




