第47話 例え傷つくとしても
フローラ村。
アレンは、すぐに分かった。
――とは、言えなかった。
そこは、自分にとっても、そしてスミレとダイチにとっても、
ただ過去の痛みを抉り返すだけの場所だったからだ。
だが、守ると決めたから。
「……フローラ村か」
入口に立っていた研究員が、静かに呟いた。
「知っているんですか?」
「ああ。数ヶ月前、ダイチくんが見つかった場所だ」
「見つかった……?」
「彼はすぐに、この研究所へ運ばれた。
それから、私が彼の担当になった」
数ヶ月前、か。
アレンは、胸の奥に沈む感覚を覚えながら、黙って耳を傾けた。
「上からは、彼が何者なのかを調べろと命じられた。
……だが、出来なかった」
「……なぜですか」
研究員は、ほんの一瞬だけ目を伏せた。
「彼の、あの無邪気な笑顔や仕草を見てしまっては……無理だった」
「私は今まで、言われるままに、様々なことをしてきた。
人を殺したこともある」
淡々とした声が、逆に重い。
「だが、彼と過ごすうちに思い出してしまったんだ。
――誰かを助けるために、研究員になった頃の自分を」
「心が……苦しくなった」
沈黙。
「今さら助けても、何も変わらない。そう思っていた。
だが……彼だけは、救いたかった」
「だから、嘘をついた。研究を拒み続けた。
それでも……限界だった。彼の“処分”が決まった」
「……」
「他の研究員たちは、全員逃げた。
魔王軍が来ると知ったからだ」
自嘲するように、彼は笑う。
「人の命を奪ってきたくせに、自分の命が危うくなると逃げる。
……人間とは、そういうものだ」
「……それでも、あなたは逃げなかった」
「彼を、一人にしたくなかった」
研究員は、静かに言った。
「死ぬとしても……最後くらい、そばにいてやりたかった」
アレンとスミレは、何も言えなかった。
「……彼を救えるのは、君たちだけだ。
ダイチくんを、頼む」
「……はい。任せてください」
「それから、これを」
差し出されたのは、小さな薬瓶だった。
「ダイチくんの力を抑える薬だ。効果は一日だけだが……」
「ありがとうございます」
「……ダイチくん。また、いつか」
「うん!分かった!」
そのやり取りを最後に、彼は背を向けた。
「……じゃあ、頼んだよ」
研究所を出た瞬間、外の空気が、やけに冷たく感じられた。
向かう先は――フローラ村。
救うと決めたなら、
行くしかない。
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「魔王様! なぜ私がトラシオンの尻拭いを!」
苛立ちを隠そうともせず、クラインは声を荒げた。
「クライン。決めたことだ」
玉座に座る魔王は、指先を軽く組み、淡々と告げる。
「それに……その少年を連れ去ったのは、アレンだ」
「――アレン……」
その名を聞いた瞬間、クラインの表情が、ぴたりと止まった。
次の瞬間。
口角が、ゆっくりと吊り上がる。
歪みきった笑み。
喜悦と狂気が入り混じった、獣のような顔。
「……そうですか」
低く、甘く、舌なめずりするように呟く。
「お任せください。必ず――連れてきます」
その背に、黒い翼が展開される。
一瞬後、クラインの姿は、闇の中へと溶けるように消えた。
「よろしかったのですか、魔王様。
アイツ……アレンを殺す気ですよ」
傍らの影が、静かに問いかける。
魔王は、喉の奥で低く笑った。
「構わんよ」
そして、囁くように告げる。
「――死ぬのは、奴なのだから」




