第42話 止まっちゃいられない。
アレンとスミレは、研究所へと続く薄暗い道を走っていた。
ローダルスの力を借りることも考えたが、街の近くを魔物が飛ぶのは危険すぎる。
何より、スミレに説明する時間もなかった。
「走るのは面倒ですねぇ……」
不満げな声を残し、ローダルスは先に行くと言って姿を消した。
夜に近い空気は冷たく、森の奥からは湿った風が吹き抜けてくる。
道の両脇には背の高い木々が立ち並び、足音だけが不自然に響いていた。
スミレは、ずっと前を見つめたまま走っている。
その瞳は揺れているのに、決して立ち止まろうとしない。
アレンは、横顔を盗み見ながら、胸の奥に引っかかっていた疑問を口にした。
「……スミレ。ひとつ、聞いてもいいか」
「なに?」
「君の村が焼かれた時、生き残ったのは一人の少女だけだったって話……聞いたことがある。その村の名前、なんていうんだ?」
スミレの足が、ほんの一瞬だけ止まった。
「……なんで、そんなこと聞くの?」
「……なんとなく、気になって」
短い沈黙。
やがて、彼女は小さく息を吐いた。
「……フローラ村」
――やっぱり。
胸の奥が、強く締めつけられる。
(僕が……守れなかった村だ)
炎に包まれた村。
逃げ惑う人々。
泣き叫ぶ声。
そして――震えながら、必死に誰かを呼んでいた、あの少年。
(……あの時の……あの子が……ダイチくん……)
「……スミレ」
声が、わずかに震えた。
「少し……いいか?」
「どうしたの?」
「……もう、ダイチは死んでいるんじゃないか」
その瞬間、スミレの体が強張った。
「今、研究所にいるダイチは……本当に君の弟なのか?
仮にそうだったとして……君のことを、覚えていないんじゃないか?」
「……うるさい」
低く、震える声。
「うるさい、うるさい、うるさい!!」
振り返ったスミレの目から、涙が溢れ出した。
「何も知らないくせに!!
私たちのことなんて……あんたに何が分かるの!?」
叫ぶように言い放つ。
アレンは、目を逸らさず、静かに答えた。
「……僕は、その場にいた」
「……え?」
「その村を守れなかった……勇者パーティーの一員。
それが、僕だ」
スミレの呼吸が、止まる。
「……あなたが……?」
次の瞬間、怒りと悲しみが一気に溢れ出した。
「じゃあ……なんで守らなかったの!?
そんな力があるのに!!」
アレンは、ゆっくりと首を振る。
「……あの時の僕には、何も出来なかった」
淡々と、語る。
「外に出た途中で、村が焼かれているのを見て……走った。
でも、間に合わなかった」
胸の奥が、焼けるように痛む。
(僕が苦しんでどうする……今、苦しいのはスミレだ)
それでも、言わなければならなかった。
「……ダイチくんは、死んだ」
スミレの肩が、びくりと跳ねる。
「僕は……何も出来ずに、見殺しにした。
本当に……すまない」
沈黙。
風の音だけが、二人の間を流れていく。
やがて、アレンは静かに続けた。
「でも……もし今、研究所にいるのが“本当のダイチくん”なら……」
スミレが、わずかに顔を上げる。
「彼は、生まれ変わったんだ」
「……え?」
「君に会うために。
それほど……ダイチくんは、君に会いたかったんだ」
スミレの瞳が、揺れた。
長い沈黙。
やがて、彼女は小さく息を吐く。
「……分かった」
声は震えていたが、どこか吹っ切れた響きがあった。
「……ありがとう。少し……落ち着いた」
そして、まっすぐにアレンを見つめる。
「その代わり、約束して」
「……ああ」
「今度こそ……絶対に、ダイチを救って」
「任せてくれ。
今度こそ……スミレも、ダイチくんも……必ず守る」
スミレは、そっと手を差し出した。
その表情には――
かすかだが、確かに“笑顔”が浮かんでいた。
アレンは、その手を強く握り返す。
「……こちらこそ、ありがとう」
二人は、互いの手を離さぬまま、再び走り出した。
その先に待つ、運命の場所へ――。




