第38話 古の守り神
ゴーストタウンから帰ってきてから、数日が経った。
アレンは、いつも通りに笑い、授業を受け、友達と話していた。
けれど、それはどこか「演じている」ような普通だった。
コウキは気づいていた。
アイネも、サーレも、レミアも。
――気づかないふりをしているだけだ。
だから、誰かが言い出した。
「なぁ、久しぶりに街行かね?」
コウキのその一言に、みんなが顔を上げる。
「買い物でも、遊びでも、なんでもいいじゃん。気分転換ってやつ?」
レミアがにこっと笑う。
「いいね。アレン、行こ?」
断る理由などなかった。
アレンは一瞬だけ迷ってから、小さく頷いた。
「……うん。」
それだけで、みんなの表情が少し明るくなった。
⸻
街は、相変わらず賑やかだった。
人の声、笑い声、商人の呼び込み。
穏やかな日常の音が、耳を満たしていく。
アレンはその中を歩きながら、どこか遠くを見つめていた。
――普通でいよう。
――心配させたくない。
そう思えば思うほど、胸の奥が締めつけられる。
そんな時だった。
人混みの向こうから、ひときわ異質な気配が流れ込んできた。
「あーあー……どれもちがうなぁ。」
間延びした声。
だが、その一言だけで、周囲の空気が一変する。
ゆらりと歩いてくる一人の男。
細身の体。
どこか生気のない瞳。
それなのに、底知れぬ圧が全身を包んでいた。
「まぁでも、久しぶりに訛った体も動かしたいしなぁ……ここにいる人間、殺せばいいかぁ」
その言葉に、周囲の人々が一瞬で凍りつく。
「……お前、何言ってるんだ。」
アレンは、一歩前へ出た。
サーレが思わず腕を掴む。
「アレン……!」
「大丈夫。」
小さくそう言って、アレンは男をまっすぐ見据えた。
「……へぇ。」
男は、口元を歪めて笑う。
「良さげなのがいるなぁ。お前がいいかぁ。」
その瞬間、男の姿がぶれた。
次の瞬間には、アレンの目の前まで迫っている。
「みんな、下がって!」
アレンは叫び、前に出る。
――ここで力を使えば、多くの視線を浴びる。
――こんな力を見せれば、きっと恐れられる。
また、みんなから――
その考えが、頭をよぎる。
けれど。
――誰かが傷つく方が、もっと嫌だ。
アレンは歯を食いしばり、力を解放した。
体から黒いオーラが溢れ出し、右腕が闇に染まる。
周囲の人々が、悲鳴と共に後ずさる。
「……こりゃぁ大物だ。最高だなぁ。」
アレンは踏み込み、男の腹部へ拳を叩き込んだ。
凄まじい衝撃音。
男の体は宙を舞い、地面に叩きつけられる。
あまりにも、呆気ない。
だが――
「……?」
倒れた男の体から、黒い靄のようなものが滲み出した。
それは生き物のように蠢き、アレンへ向かってくる。
「まずい……!」
止める間もなく、それはアレンの中へと流れ込んだ。
「――これでようやく……ッ!!」
アレンの意識の奥で、何かが囁いた。
『久しいな。ローダルス。』
『なんでいんだよ。気色悪い。随分忘れちまってたよ。』
『相変わらず口が悪いな。』
『早々にクソ野郎に会ってしまったからな。』
不快そうな声と共に、異物はアレンの中から弾き出される。
「……面白いですね。ほんと、退屈しなさそうだ。」
黒い靄は再び形を成し、近くに倒れていた別の男の中へと滑り込んだ。
次の瞬間。
「……いやぁ、申し訳ございませんでした。」
さっきまでとは別人のような穏やかな声。
「寝起きで疲れてて...無意識のうちに、少し暴れてしまったようです。」
まるで何事もなかったかのように、男は立ち上がる。
その異様さに、誰も言葉を発せなかった。
「私には行く宛てが無くてですね...良ければご同行させてもらえませんか?」
そう言って、男はアレンを見つめる。
「……誰かも分からない人を、連れて行くことはできない。」
アレンはきっぱりと言った。
「悲しいですね。」
男は肩をすくめ、ゆっくりと近づく。
そして、アレンの耳元で小さく囁いた。
「――カルマ・クライン。奴に、復讐しようとは思わないのですか?」
アレンの心臓が跳ねた。
「……ッ!?」
「それに私は魔王を知っている。」
男はにやりと笑う。
「……お前、何が目的だ。」
「君の行く末を見たいだけですよ。」
一瞬の沈黙。
「……分かった。」
アレンは低く言った。
「だが、誰かを殺そうとしたら――その時は、俺がお前を殺す。」
「はは……殺さないですよ。」
男は愉快そうに笑った。
それ以上に、面白いことが起こるんだからなぁ。
こうして、正体不明の存在――ローダルスは、アレンたちの隣に並んだ。
誰も知らない。
この出会いが、僕の世界を大きく揺るがすことを。




