第37話 喪失感と掘り起こされた壺。
暗闇の中、意識がゆっくりと浮かび上がってくる。
瞼を開けた瞬間、違和感が走った。
そこには、先ほどまであったはずの街が――なかった。
瓦礫も、建物も、人の気配も。
まるで最初から存在しなかったかのように、すべてが消え失せている。
「……」
息を呑む。
視線を横に向けると、あの女の人が倒れていた。
僕は慌てて駆け寄り、肩を揺らす。
「大丈夫……?」
彼女は突然、荒い息とともに目を覚まし、暴れ出した。
「やめて……! 来るな! 来ないで……!」
必死に抵抗する彼女を、僕は強く抱きとめる。
「落ち着いて……! 大丈夫だ、ここには誰もいない……!」
しばらくして、彼女の呼吸は少しずつ整っていった。
涙で濡れた瞳が、虚空を彷徨う。
――多分、僕と同じだ。
過去を、見ていたんだ。
その時、胸の奥に鋭い痛みが走った。
彼女は言っていた。
村が焼かれ、生き残った少女が一人だけいた、と。
今見た僕の過去と同じだ。
……目の前で、僕が見殺しにした、あの少年。
もしかしたら――
彼女の、弟だったのではないか。
喉が詰まり、言葉が出なかった。
聞かなければならない。
けれど、聞く勇気が、どうしても出なかった。
それから僕たちは、必要最低限の言葉だけを交わした。
互いの居場所と弟の名前。
それだけを確認し、別々の道を選ぶ。
背中越しに感じた彼女の存在が、ひどく遠く感じた。
⸻
学園へ戻ってから、誰ともまともに話せなかった。
ベルダ先生は、驚くほど真剣に心配してくれた。
コウキも、アイネも、サーレも、レミアも。
それが、怖かった。
一緒にいるほど、
いつかまた、失う気がして。
だから僕は、平気なふりをした。
何でもない顔で、笑ってみせた。
――普通を、演じた。
寮に戻っても、眠れなかった。
暗闇の中、目を閉じるたび、
燃え盛る村と、助けを求める声が蘇る。
……眠れるはずがなかった。
⸻
「おい! 早く掘れ! 見つかったらどうすんだ!」
「分かってるって……ん? なんだこれ」
夜の山中。
二人の男が、必死に地面を掘り返していた。
「……壺?」
土に埋もれていたのは、古びた壺だった。
妙に冷たい。
周囲の空気だけが、張り詰めている。
「重いな……中、何か入ってんじゃね?」
「待て……変な札、貼ってあるぞ」
札には、見たこともない文字と文様。
見ているだけで、胸の奥がざわつく。
「気味悪ぃな……剥がすか?」
「金だったら儲けもんだろ」
男は乱暴に札を剥がし、壺の蓋に手をかけた。
その瞬間――
ひゅっ、と風が止まった。
虫の声も、木々のざわめきも、
すべてが消え、異様な静寂が降りる。
「……な、なんだ?」
壺の中から、黒い霧のようなものが溢れ出した。
「おい……?」
霧は男の体を包み込む。
「う、うわああ――」
もう一人の男は、声を上げる暇もなく、その場に崩れ落ちた。
――次の瞬間。
「……はぁ……」
男の口から、まったく違う声が漏れた。
「やっと、かぁ……」
ゆっくりと首を鳴らす。
「何年ぶりだよ……」
その目は、さっきまでとは別人のものだった。
冷たく、歪んだ光を宿し、
人間のそれとは、明らかに違う。
「こいつ...居心地...わるいなぁ……」
男は肩をすくめ、悲しそうな表情を浮かべる。
「探さなくちゃな……」
そう呟き、夜の街へと歩き出した。




