第35話 噂話
「おかえり。……終わったの?」
霧の向こうから、スミレが歩み寄る。
「うん。殺してもないし、殺されてもいない」
「……なんか、少し明るい顔してる」
「そうかもね」
少しだけ、肩の力が抜けていた。
「自己紹介、まだだったね。私はスミレ。あなたは?」
「アレン」
短く答える。
「これからどうするの?」
「任務だ。この街で異常現象が起きている」
「異常現象?」
「何百枚もの紙が宙を舞うらしい」
「――正解」
後ろから、低い声。
アレンはゆっくり振り向く。
奥に黒衣の男が立っていた。
「カイルは死んだ。お前の友達だったか?」
「……は?」
思考が止まる。
「そんなわけ――」
「あるさ。俺が殺した」
一瞬、世界の音が消えた。
――僕が、あの時。
一緒に連れていれば。
「まあ、あいつは陰陽師一族の落ちこぼれだ。死んで当然の存在だった」
「……死んで、当然?」
声が震える。
「そんな理由で、人が死んでいいわけないだろ……」
「お前には分からない。組織が大きくなれば、自分勝手な人間は邪魔になる」
「カイルには理由があった!」
胸の奥で、何かが弾けた。
「僕には分かる! お前らが勝手に裁いただけだ!」
怒りが溢れる。
――なぁ、カイル。
あの怒りは、こいつらに向いてたんだろ。
……なら、僕が背負う。
アレンの中で、力が解放された。
空気が震え、空間が軋む。
スミレが息を呑む。
だがアレンの目には、男しか映っていなかった。
床を蹴る。
一瞬で距離を詰める。
男は懐から奇妙な紙を取り出した。
人型の紙。
それが分裂し、無数に増殖する。
――これか。
なら、壊す。
襲い来る紙の群れを、アレンは掴む。
触れた瞬間、紙は音もなく消滅した。
「……なんや、その力……化け物か……」
男が後ずさる。
アレンは容赦なく拳を叩き込んだ。
男は吹き飛び、地面を転がる。
血が滲む。
あと一撃。
――殺せる。
頭の中は、憎悪で埋め尽くされていた。
お前のせいだ。
その瞬間。
視界が歪む。
足元が崩れる。
「……なんで……」
身体が、言うことをきかない。
力が暴走し、内側から削られていく感覚。
アレンはそのまま地面に倒れ込んだ。
⸻
「校長。聞きましたよ」
ベルダは荒い息のまま、校長室の扉を開けた。
「何がかね?」
校長は穏やかに微笑む。
「とぼけないでください。アレンをゴーストタウンに向かわせた件です」
「それがどうしたのかね」
ベルダは拳を握る。
「ゴーストタウンは存在しない街だ。強い後悔を抱えた者にしか見えない――」
沈黙。
「そこに居続ければ、意識を失い、自分の過去を掘り起こされる。心を蝕まれ、やがて――」
声が震える。
「毎年何千人もの自殺者が出ているでしょう!」
「噂だ」
「噂ではありません!」
校長は、静かに立ち上がる。
「ベルダくん」
その目は、笑っていなかった。
「彼らは帰ってくる。……以上だ。下がりなさい」
重たい沈黙。
ベルダは歯を食いしばる。
「……失礼しました」
扉が閉まる。
校長は一人、窓の外を見る。
霧が、街を包んでいた。




