第23話 月と照らすもの
サーレは、もう一度地面を蹴った。
それは効率的な動きじゃなかった。
最短距離でも、最善手でもない。
ただ、誰かの前に立つための一歩だった。
狼の魔物が唸り声を上げ、牙を剥く。
その攻撃を、サーレは正面から受け止めることはせず、身体を滑らせるようにしてかわした。
その拍子に、服が裂け、腕に浅い傷が走る。
――無駄だ。
以前の自分なら、そう切り捨てていた。
傷は動きを鈍らせる。
感情は判断を狂わせる。
でも、今は違った。
後ろには、レミアがいる。
守らなければならない存在が、そこにいる。
「……ごめんね、父さん」
小さく呟く。
返事はないと分かっていても、言わずにはいられなかった。
「約束は守れない。遅めの反抗期だよ」
サーレは笑った。
初めて、自分の意思で笑った気がした。
もう何も見えないまま生きるのは嫌だ。
負けない。
逃げない。
【ネビュラ解放...】
【氷化・蓮花】
剣を振るう。
迷いはなかった。
次々と魔物は氷漬けにされ、砕けていく。
【雷霆・翔】
最後の一撃が、狼の魔物を地に伏せさせる。
静寂が訪れた。
「あいつ...ネビュラ使えばクソ強えじゃねぇか。」
コウキがそう言い笑った。
サーレの表情は、今までとまるで違っていた。
虚ろでも、冷たくもない。
確かに、そこに“生きている”顔があった。
彼は振り返り、レミアを強く抱きしめた。
「ありがとう、レミア」
声が震える。
涙が、視界を滲ませる。
「ずっとそばにいてくれて……気づけなくて、ごめん」
レミアもまた、自然と涙を流していた。
「……ようやく戻ってきたんだね、サーレ」
その言葉に、サーレは何も返せなかった。
ただ、抱きしめる腕に、少しだけ力を込める。
やがて、彼は顔を上げ、アレンを見る。
「アレンくんも……ありがとう」
月明かりの中で、アレンの姿があった。
その存在が、ずっとサーレの世界を照らしていた。
見えなかったレミアを、
閉じていた心を、
色のなかった世界を――。
変えたのは、彼だった。
月だけが頼りだった夜に、
何気ない言葉で、光をくれた人。
足りなかったものを、アレンが持っていたわけじゃない。
ただ、気づかせてくれただけだ。
だからサーレは思う。
アレンくんの後悔を、
彼が背負っている痛みを、
少しでも軽くしたい、と。
生きる意味は、誰かに教えてもらうものじゃない。
きっと、自分で、掴み取るものだ。
今は、それでいい。
もう、死にたいなんて思わない。
サーレは、もう月を見上げなかった。
その代わりに、隣にいる人たちと同じ目線に立っていた。




