第21話 自分の思いと夢の自分
月明かりが、森の奥を淡く照らしていた。
静かすぎる。
――いや、違う。
気配がある。
サーレは足を止めずに、視線だけを巡らせた。
木々の影。岩の向こう。
複数――囲まれている。
低く、喉を鳴らす音。
「……やっぱり、群れか」
闇の中から現れたのは、狼の魔物。
数匹――だが、どれも動きが統制されている。
そして。
一歩遅れて、それが姿を見せた。
他より一回り、いや二回り大きい。
筋肉の盛り上がり、鋭い眼光。
――リーダー。
だから、急に人を襲い始めた。
理解は早かった。
「なるほど。これが原因か」
狼が一斉に跳びかかる。
だが、サーレの足はすでにそこになかった。
身を沈め、滑るように避ける。
牙が空を切り、爪が地面を裂く。
――遅い。
反撃は最小限。
急所を外し、牽制だけを入れる。
無駄な力は使わない。
感情も、必要ない。
それは――ずっと、そうしてきたから。
跳びながら、思考が自然と逸れた。
ねぇ、アレンくん。
死にたいと思っていた僕でも、
生きたいって、思えるようになるのかな。
君は言ってた。
誰かを助けるために生きる、と。
……僕には、出来そうにないや。
狼の爪をかわし、背後へ回る。
動きは淀みない。
僕が死にたいと思っていた理由は、簡単だ。
何にも、惹かれなかった。
この世界の何もかも。
全部、色がなかった。
最初からじゃない。
それだけは、分かる。
幼い頃の記憶は、ほとんど無い。
でも、覚えていることはある。
――強くあれ。
家族は、そう言った。
どれだけ結果を出しても、何も言われなかった。
褒められることはなく、
むしろ、足りないと怒られた。
怒られたくなかった。
だから、強くなろうとした。
効率の悪いものは、全部捨てた。
感情があれば、動きが鈍る。
友達がいれば、弱さが生まれる。
そうやって削ぎ落としていくうちに、
それが“普通”になっていた。
――ダメなものだ。
そう心に言い聞かせてきたようなそんな気がする。
でも。
君を見た時、考えが少しだけ変わった気がした。
狼のリーダーが吠える。
圧のある咆哮。
サーレは、余裕を持って距離を取った。
君なら、
僕を認めてくれるかもしれないって思ったんだ。
優しさに溢れた顔をしていたから。
そして君は、
僕が“無駄”だと思って捨ててきたものを、
全部「必要だ」と言っていた。
……だから、なんだろうな。
そこから、少しずつ。
本当に、少しずつ。
他のものにも、興味が湧いてきた。
後ろから声をかけてきた、あの子。
繰り返し見る、あの夢。
生きること、という選択。
――あの子は、誰だ。
その瞬間だった。
足元が、崩れた。
「……あ」
地面が砕け、視界が傾く。
あぁ、しまった。
考えることなんて、
必要ないと切り捨ててきたはずなのに。
周りが、見えていなかった。
身体が、宙に浮く。
――落ちる。
その時。
「サーレ!!」
はっきりと、聞こえた。
月夜の森に響く、
――アレンの声。
胸の奥が、強く揺れた。
「た......」
助けて。
そう叫びかけた自分に、
サーレは初めて気づいた。




