第20話 最低限でいい。
森の奥から、低く湿った唸り声が響いた。
闇の中で揺れる、いくつもの光。
狼型の魔物――数は少ない。
「来るぞ」
アレンの声と同時に、魔物が跳び出した。
コウキが前に出る。
【ネビュラ解放!!】
コウキの拳に炎が宿る。
【炎掌】
拳を振るい、真正面から叩き潰す。魔物の体毛が焼け、燃やし尽くしていく。
「チッ、弱ぇな。こんなもんかよ。」
もう一体が横から飛びかかる。
だが、その牙は届かなかった。
アレンの剣が、静かに軌道を描く。
速く、無駄がなく――それでいて、どこか必死だ。
サーレは少し距離を取り、剣を手に取る。
感情のこもらない一撃が、狼の腹を穿った。
血が散り、魔物は倒れる。
残った狼たちは、低く唸りながら森の奥へ退いていった。
「なんでお前ネビュラを使わねぇだよ。」
「別に、勝手だろう。使わなくても勝てるなら、使わなくていい。それにめんどくさいんだよね...」
「まぁまぁ...」
アレンは2人を落ち着かせる。
「……てかなんで魔物は逃げたんだ?」
コウキがそう呟く。
「いや、引いただけだ」
アレンの声は、冷静だった。
サーレは、その横顔を見つめる。
――やっぱり、変だ。
⸻
村に着くと、疲弊した村人たちが出迎えた。
「最近になって、急に襲うようになりまして……」
「普段は人に近づかん狼たちなんですが……」
「群れで動いておるようで……」
説明は続く。
だが、サーレの意識は、ほとんどそこに無かった。
――狼なんて、どうでもいい。
視線は、自然とアレンに向く。
彼は村人の話を、真剣に聞いていた。
頷き、時折質問を挟み、相手を安心させるように。
その姿が、どうしようもなく理解できなかった。
少し前、村に入る直前。
ふとした間に、サーレはアレンに声をかけていた。
「ねぇ、アレンくん」
「……なに?」
「任務で、何かあったの?」
アレンは一瞬、言葉に詰まった。
だが、すぐに小さく笑う。
「……色々ね。でも、大丈夫だよ」
「不思議だな」
「?」
「なんでそんな顔で、前を向けるの?」
サーレの口から、考えるより先に言葉が出た。
「なんで、他人のことなんて考えるの?
自分が一番大事じゃない?」
アレンは、驚いたように目を瞬かせた。
それから――
少しだけ、悲しそうに笑った。
「それが、僕の願いだから」
「願い?」
「うん。使命でもあるし……僕の中の“普通”なんだ」
その言葉は、静かだった。
けれど、どこか重い。
サーレは、なぜか視線を逸らした。
――普通?
そんなもの、信じたこともない。
⸻
「……すみません」
村人の話がまだ続く中、
サーレは唐突に立ち上がった。
「少し、外に出ます。」
理由は言わない。
言う必要もない。
アレンが何か言いかけたが、サーレはもう背を向けていた。
⸻
村の外。
夜風が頬を撫でる。
空を見上げると――満月。
「……満月か」
胸の奥が、ざわついた。
――そういえば。
夢でも、いつも満月だった。
崖。
足元が崩れ、落ちそうになる感覚。
助けを求める声。
そして――
誰かの手。
「……この先、夢の場所と……似てるな...」
無意識に、歩き出していた。
理由はない。
ただ、月がそこにあったから。
その背後で、
気配が、静かに動いたことを――
サーレは、感じていた。




