【ルデン5ー1】民の認識
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交流祭が無事幕を閉じてから────学園での授業やギルドの依頼も徐々に通常通りに戻りつつあり、また忙しい日々が始まった。
「あっ、ベリル!」
学園の廊下を歩いていると、前を歩いてきたルデンとばったり会う。
以前ならここで周囲からヒソヒソと妬みの声が聞こえてきたところだが、交流祭で力を示して以降、ルデンや他のメンバーと話をしていても、誰も何も干渉してこなくなった。
なので、心置き無くこうしてルデンに駆け寄ることができる。
「ルデン! 今から時計塔へ行くところ?」
「うん、ベリルもかい? よければ一緒に行こうか」
「ええ、そうするわ。……あれ、レドは?」
「レドは少し買い物に出てもらっているんだ。時計塔で飲む茶葉がなくなってきていたからね」
「あ、そういえば……! ごめんなさい、気が付かなくて。私も手伝いに行けばよかったわ……」
「…………」
「? どうかした?」
ジーッと見つめてくるルデンに首を傾げる。
「あ、あぁ……ごめん、ぼーっとして。その……レドが一緒にいた方がよかったかな?」
「え?」
意外な言葉が返ってきて、思わずきょとんとした表情で聞き返してしまう。
するとルデンも、一瞬ハッとした表情を浮かべて続けた。
「あー……その、レドのことを気にしているような感じだったから。それに、何だか昨日、二人ともすごく話が盛り上がっていたから」
そう言われ、脳内で昨日の記憶を辿ってみる。
そして、一つ思い当たるものを発掘した。
「昨日……あぁ! ルデンを待っていた時のこと? 確かに、あれは面白かったわ。レドと一緒に、『どちらが上手く縁談話を断れるか選手権』をやっていたの!」
「…………んん?」
ルデンはポカンと呆気に取られた表情をした。
「ふふ。レドにね、縁談話を上手く断る口実はないか、相談していたの。そしたら彼、次々にそれっぽい嘘を並べて口実を作っていくものだから、面白くて─────」
「ちょ、ちょっと待って! ベリル……縁談が来ているの?」
「あ、ええ。ここ最近また増えてきて……」
交流祭に出場したことにより、一時的に注目が集まったせいだろう。
(スピネル姉様の元にも、いつにも増して大量にお話が来ていたもの)
ここ数日はその対応で忙しくしていた。
「そう、なんだ……。断る口実を相談していたってことは、婚約者を選ぶつもりはないのかい?」
「ええ、少なくとも今はまだ。両親も好きにしていいと言ってくれているし」
「そうなんだ。理解のあるご両親なんだね」
「……ええ、本当に」
貴族の娘は、家の繁栄のために両親が決めた相手と結婚する場合が多い。
恋愛結婚、という考え方や実例は、貴族社会においてまだ極少数派なのだ。
いずれ時代が変われば、またそれも変わってくるかもしれないけれど。
ちなみに両親は恋愛結婚……というか、ほぼ駆け落ちに近かったようで。
私と姉様には自由な相手と結ばれてほしいのだと語っていた。
「そういうルデンは……許嫁とか、やっぱりいるのかしら?」
自分の発した言葉に、チクリと痛みを覚えた。
(…………ルデンは王子、だものね。いるに決まっているのに、何故わざわざ聞いてしまったのかしら)
「僕? いないよ」
「そう、やっぱり────え?」
「まだ僕が小さな子供だった頃は、一応形式的にはいたんだけどね。すぐにその話はお断りさせてもらったんだ。その方とは会った記憶も朧げなくらい、昔の話」
「そ、そう……なのね」
彼の言葉を聞いて、ホッと安堵する。
(……私、どうしてこんなに安心して───)
────中庭の横を通りがかった時、ふと、ルデンが足を止めた。
つられて私も立ち止まると、ちょうど、外にいた学生たちの話し声に気がついた。
「お聞きになられました? ストレリチア王子のご雄姿!」
「あぁ、聞いたよ! なんでも、先の遠征で騎士団と竜種を討伐したとか! すごいよなぁ!」
ストレリチア・ヘリオドール。
この国の第一王子で、ルデンのお兄様。
どうやら中庭の学生たちは、ストレリチア殿下の話題で盛り上がっているようだ。
「魔力も高いうえに剣術の才にまで愛されるなんて……ちょっとルデン様が可哀想ですわよねぇ」
「分かる。ルデン殿下も優秀なんだろーけど、あんな完璧な人が上にいたら何やっても勝てないよなー」
「…………」
ルデンは黙って、彼らの話に耳を傾けている。
今、彼がどのような表情でいるのかは、彼の後ろに立つ私には分からなかった。
「ルデン様も獣人保護の活動とか、奴隷救済とか、色々な事をされているようだけれど、やってることがどれも地味なんですのよねぇ。所詮、偽善っていうか────」
(……っ!)
「あははっ、そう言ってやるなよ! てか君、ルデン殿下のこと推してたんじゃないの?」
「ルデン様のお顔は好きですけれど、結婚するならストレリチア殿下の方がいいですわぁ〜」
学生たちの明るい笑い声が中庭に響く。
立ち止まったルデンは窓の外を眺め、フッと小さく笑った────。
「偽善────か……」
「…………………」
ポツリと呟いた彼の言葉に───いや、彼らの言葉に、全身を巡る血液が沸騰するような感覚を覚えた。
「あ、ごめんね、ベリル。早く時計塔へ行こ─────」
「……………………っ!!!」
あの学生たちの会話が、酷く耳に残った。
(ルデンのこと、何も知らないくせに───)
今まで感じたことのない強い怒りで、どうにかなりそうだった。
それはきっと、少なからず表情にも出てしまっていたのだろう。
そんな私を見て、ルデンは驚いたような表情を見せた。
そして、じっとこちらを見つめたまま動かないルデン。
「………………なにかしら」
「いや……今、ベリルの背後に般若がいたような────」
「ハンニャ?」
「あ……ええと、極東の方に出る鬼女のことで────ええと……もしかして、ベリル……怒ってくれている?」
「……ッ当たり前じゃない!鬼でもハンニャでもなんでもいいけれど、今すぐあの人たちを殴り飛ばしたい気分! 今から出て行っても間に合うかしら? 間に合うわよね?」
「えっ、べ、ベリル落ち着いて!? どうどう……」
ルデンに言われ、ひとまず深呼吸をする。
「……っ。…………取り乱してごめんなさい」
「いや、いいけれど……」
ルデンは本当に意外そうな表情をする。
「自分のことではないのに……君は、僕のために怒ってくれたの?」
「自分のことでなくても、大切な友人を侮辱されたら誰だって腹が立つでしょう!?」
「……!」
「あの人たち、何も知らないくせに……! 第一、竜種ならルデンだって倒して───いえ、今は竜種なんてどうでもいいわ。ルデンの行いが地味? 偽善? 偽善って何!? ルデンがどれだけ民のために尽くしていると思っているの!? 何故……あんな人達に馬鹿にされなきゃいけないの……」
自分の時間を削ってまで、彼は他人のために力を尽くしている。
例え、それが表に出ないことであっても、王国の王子という立場の人間が、自分よりも他者を優先してばかりいる。
それなのに────。
悔しくて、涙が出てくる。
いや、どちらかというと怒りからこみ上がってくる涙だ。
「……ありがとう。でも、僕は気にしていないよ。偽善だと思う人は一定数いるだろうし、言われたところでやめるつもりもないしね? それより、僕は君が怒ってくれたことの方が嬉しくてたまらないよ。ありがとう、ベリル」
そう微笑むルデンから、一度視線を逸らした。
「…………ただ、腹が立っただけよ。彼らは偽善と言うけれど、しない善よりする偽善の方が何倍もかっこいいと思うし、私は好きってだけ。というかそもそも、貴方がやっていることは全て本心だし、うわべを繕ってしている善行ではないわ。うわべだけではそこまで親身にはなれないもの」
「……! …………僕は、ベリルが僕を知ってくれているだけで……それだけでいいんだ。僕のしていることは、間違いじゃないんだって思うことができるから」
「……貴方のしていることは、決して間違ってなんかいないわ。私も、ダイヤ生のみんなも、心からそう思っているから」
「ふふ、ありがとう。……また君の言葉に救われてしまったね」
「貴方の友人として、事実を口にしただけよ」
「ううん、そんなことないよ。僕も君に何か返せたらいいんだけれど……何か僕にできることはないかな?」
「それを言うなら私もルデンにはいつも助けてもらいっぱなしなのだけれど……」
私が自分自身のことを打ち明けることができたのは、もちろんみんなのおかげだけれど……でも、一番はルデンの後押しがあったから。
それで私は、みんなに話す決心がついたのだ。
今こうして皆と一緒にいられるのは、ルデンのおかげ。彼には感謝してもしきれない。
「これからも、私と友人でいてくれると嬉しいわ」
「ベリル……」
「さ、もう行きましょう? みんなもう揃っているかも」
「……うん、そうだね。行こうか」
ルデンが一瞬だけ寂しそうな表情をした気がした。
けれど次に見た隣を歩く彼はいつも通りで。
(私の気のせい、だったのかも)
私とルデンは他愛のない会話を続けながら、時計塔へ向かった────。




