アシュリー・サパーツ
Side:Ashley
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「あっ、ちょっと、ベリル! はぁ……もう。もう少し危機感ってものをだな……」
講義室を出ていくベリルを、アシュリーはやるせない気持ちで見送った。
「はぁ……」と溜息をつきながら自身も帰り支度を進める。
しばらくして、講義室の扉がバンッと大きな音を立てて開いたため、肩を揺らしながら扉の方を反射的に見た。
「「……っ、ベリル!」」
「うわっ、ビックリした!? 声デカ……」
勢いよく中に入ってきたのは、いつも優雅なイメージだった王子様と、ワイルドな銀色の獣人の男。
「っ、リルちゃん平気!? 階段から落ちたって───」
「落ち着け、三人共。まずは状況を確認するのが先だ。周りをよく見ろ、この部屋にベリルはいない」
続いて入ってきたのはチャラそうなピンク髪と、いかにも頭が良さそうな眼鏡。
アシュリーは驚きつつも、瞬時に状況を理解した。
(あー、なるほどね。コイツらもあたしと一緒で噂を聞いて飛んできたってわけか)
王子の従者が最後にやってきたが、彼は他と比べ一番冷静な印象を受けた。
さすが、王子の従者。この男はどんな時も冷静な判断を下せるのだろう。
そんなことを思っていると、その従者───レド・ビックスバイトが声をかけてきた。
「驚かせてしまい、申し訳ありません。私たちはベリルさんと同じダイヤ生の────」
「知ってる。その眼鏡の言う通り、あの子はここにはいないわよ」
「眼鏡、だと……」
ラルド・アメシスは何か言いたげに眉を寄せていたけど、彼が言葉を発する前に銀色の獣人、シェナが口を挟んだ。
「あいつは無事なのか!?」
彼らに教えてやる義理はないのだが、ベリルを心配する気持ちは自分と変わらないか……と思い直し、素直に状況を伝えた。
「身体は平気よ。階段から落とされそうになったのは事実みたいだけど」
「怪我はないんだね? よかった……」
「……嫌がらせがエスカレートしてきているな。今回は未遂で済んだようだが、何か対策を考えなければ」
「……」
冷静な分析をする眼鏡を、アシュリーは少し冷めた目で見る。
「彼女がどちらに行かれたかご存知ですか?」
王子の従者に問われ、少し意地悪を言ってやりたくなった。
「……知ってるけど、聞いてどうするわけ? 追いかけるの?」
「当たり前だろ!! 知ってんなら早く教えろッ!」
それに吠えたのは獣人の彼だったが、誰に聞かれても答えは決めていた。
「避けられてる理由も分かってなさそうな奴らには教えない。今のまま行っても、あの子の気苦労が増えるだけだもん。あの子、今相当疲れてる」
「避けられてる……。そっか……やっぱり、ただすれ違っているわけじゃなかったんだね」
「避け……られてんのは、俺たちだって分かってる」
「うん。オレたちと一緒にいたら火に油っていうか……もっと嫌がらせが増えるかもしれないし、リルちゃんが嫌がるのも仕方ないと……思ってはいるけど……」
自分の発した容赦のないどストレートな言葉に、眼前の男たちは見るからに落ち込んでいたが、そんなの知ったことでは無い。事実なのだから。
それに────
「……はぁ、やっぱりか。あんたたち、お互いを想いすぎてすれ違ってんのよ。第一、よく考えてみてよ? あの子がそんな理由であんたたちを避けるわけないでしょ。バカなの?」
「バカ!?」
〝そんな理由〟というのは、ピンク髪のバカが言ったそれ。
自身の保身のために誰かが傷つくような身勝手な真似は、ベリルは絶対にしない。
そんなことも理解していないのか?とアシュリーはゲンナリした表情で煽った。
「はぁ……良いわ、教えてあげる。あの子があんたたちを避けてるのは───」
言いかけたアシュリーの言葉が、ガチャリという扉が開く音によって遮られる。
ゾロゾロと群れを成して中へと入ってきたのは、ベリルを遠巻きに噂していたことがある令嬢たち。
令嬢たちは揃ったダイヤ生の姿を見るとすぐに頬を赤くしたが、その奥に立つアシュリーの姿を視界に入れるなり、怪訝そうな顔で耳打ちした。
「見て……あの子、エーデルシュタインさんとよく一緒にいらっしゃる……」
「まあ、あの子まで殿下たちと親しげに……」
「…………チッ。ちょっと待ってて」
「「「(舌打ちした……)」」」
アシュリーは綺麗な舌打ちと共に王子一行に言い残すと、ズカズカと令嬢たちの元へ近づいて行った。
「ねぇあんたたち何か言いたいことでもあるの? 話したいことがあるならこっちに来て一緒にお話しましょうよ。ほら、あんたたちがだーーいすきな殿方もいることだし??」
その気迫に押された令嬢たちは、オドオドと目をさまよわせる。
「えっ、ええと、」
「な、なんでもないですわ」
「ふんっ、コソコソコソコソ、耳障りなのよ! あたしはベリルみたいにお淑やかでも大人でもないから。喧嘩なら喜んで買うわよ! ……て、ちょ、逃げ足はや!? なんなの、ほんっとムカつくーー!!」
「……す、すごい剣幕。ラルドが怒った時より怖いんですけど……」
「すげぇな、周りの人間共が一瞬で散って行ったぞ」
「ふん……待たせたわね。で、続きだけど───」
「「「(すごい、一瞬で切り替えた……)」」」
「ベリルは、自分のせいであんたたちにも被害が出るんじゃないか、迷惑がかかるんじゃないかってことを心配してるの! 自分のことなんて二の次で」
「そんな……! 迷惑だなんて思うわけが───」
王子たちのベリルを想う気持ちが本物だってことも、迷惑だと思うはずがないことも、アシュリーは分かっていた。それでも───
「うん、だけどあの子はそう思ってしまうの。変に自己評価が低いんだから、まったく」
「自己評価が低い……確かに平凡でいたいと言っていたが」
「あの子の行動原理はそれしかないからね。でもそれは本当のベリルじゃない。だって、あんたたちの話をしてるベリルって、すっごく可愛いの。楽しそうで、活き活きしてる。平凡になりたかったら、わざわざあんたたちみたいな目立つのと一緒にいるわけない。平凡じゃないって分かってても一緒にいたいと思う存在って、あの子の中じゃものすごく貴重だし唯一だと思う」
「君に……僕たちのことを話していたんだ?」
「うん、それはもう楽しそうにね。ベリルって自分にも他人にも興味無いんだけど、あんたたちのことだけは、もう他人じゃなくなってる。だから変に気を回してこうしてすれ違ってるわけだけど……それは置いておいて。ベリル自身、そのことにもたぶん気がついてて、今どう接したらいいのか分からなくなってるんだと思う。さっきベリル、あんたたちの話になった時、会いたくても会えない、って感じですごく辛そうだったし」
「ベリル……」
「……頼む、ベリルの居場所を教えてくれ! 俺たちは今すぐあいつと話さなきゃいけねぇ……!」
「お願い!!」
「……俺からも頼む」
「ええ、私からもお願いします」
ルデン、シェナ、セシアン、ラルド、レド。
次々に声を上げる彼らの言葉を、アシュリーは静かに聞いていた。
「……」
この場に長い沈黙が降りる。
「(今のコイツらなら、ベリルを救ってくれるわよね)」
アシュリーは短く息をつくと、腕を伸ばして扉の先を指さした。
「仮眠して帰るって言ってたから、まだ時計塔にいると思う。最近あまり眠れてないようだから、寝てたら起きるまで待ってよね。あぁ、あと、いくら寝顔が可愛くっても、同意なく手出したら殺すから。特にあんたよチャラ男!」
キッとピンク髪を睨むアシュリー。
セシアンはガーーンと効果音がつく勢いで肩を落とした。
「オレそこまで信用ねーの!? さすがにしねーよ!!」
「どうだか〜」なんて意地悪を言いながらケラケラと笑うアシュリー。
ルデンは胸に手を当て、誠意を込めて感謝を告げた。
「分かった。ありがとう!」
「サンキュな!」
「感謝する」
続きシェナとラルドにもお礼を言われ、なんだか居心地が悪くなったアシュリーは、しっしっと手をヒラヒラと動かしそっぽを向いた。
「はいはい。行ってらっしゃい」
「……」
皆が揃って講義室を出ていく中、レド・ビックスバイトだけが場に残る。
その視線に耐えきれず、アシュリーは彼に声をかけた。
「あんたは行かないの? あいつら走ってっちゃったけど」
すると従者はニコリと社交的な笑みを返した。
「すぐに追いつくので問題ありません。一つお伺いしてもいいですか?」
「ん」
「何故、貴女はそこまでベリルさんのことを?」
「……あ〜。あたしも昔、あの子に救われたんだよね」
「救われた、とは?」
アシュリーは昔を思い出しながら目を伏せた。
「……あたしさ、父さんの仕事を継いで、商業人になりたいの。けど女で商業人なんてやってる人はいないし、前例もないからみんながあたしには無理だって否定した。あたしの努力を知りもしないで。……でもね、ベリルだけは違ったんだ。ベリルだけが、あたしを否定しなかった。あの子は、たぶん、自分を否定された痛みを知ってる。だからね! あの時あの子があたしを救ったように、あたしもあの子の力になりたい。けど、今回に関してはあたしじゃあの子を救えないってのも分かっちゃう。悔しいけど、あんたたちじゃないと駄目なの。……お願い、ベリルを助けてあげて。もうあの子に、自分を諦めさせないで」
「……そうでしたか。踏み入ったことを聞いてしまい申し訳ありません。───必ず」
「いいえ〜。いってらっしゃーい……」
ヒラヒラ〜と手を振りながら、従者が講義室を出て行くのを見送る。
彼が完全に出ていったことを確認してから、アシュリーはホッと胸をなでおろした。
「(……勢いで殿下諸共〝殺す〟なんて言っちゃったから、消されるかと思った!! よかったぁーーお咎めなしで!)」
アシュリーは静かになった講義室の中で、窓の外を眺めた。
もう数時間経てば、時計塔が夕方の鐘を鳴らすだろう。
「あとはあんた次第よ、ベリル。頑張って」
この独白が、彼女に届くことを祈って。
アシュリーはそっと瞳を閉じた。




