揺らぎ
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────ある日、私たちダイヤ生は理事長に呼び出されていた。
「やあ、みんな。ご機嫌いかがかな?」
そう言う理事長は、とてもにこやかで機嫌が良さそうだ。
効果音を付けるとしたら、ルンルンといったように。
「ところで、皆は交流祭なるものを知っているかな?」
「交流祭?」
私が聞き返すと、ゲルド理事長はさらにご機嫌な様子で肯定した。
「四年に一度、我が王立魔導学園と、王立魔術学園とで開催される行事。読んで字のごとく、他学園の学生と交流することが目的だ」
(王立魔術学園……それって────)
「前回は魔術学園の方で開催され、代表学生に行ってもらったんだけど、今回はうちで開催されることになったんだ」
「交流祭……今年度がその年なのですね」
ルデンが言ったあと、ラルドがなるほどと呟いた。
「つまり、今度はあちらの代表学生がこちらに来るのですか」
「そういうこと。学生同士の能力向上を目的とし、毎年互いの学園対抗で、演武ならぬ魔法魔術の演術を披露してもらっている」
「では、こちらも代表の学生を選出するというわけですね」
レドが尋ねると、ゲルドは「ああ」と首を動かす。
「交流祭の演術は学生だけでなく王宮魔導師のお偉い様も観戦に来られるから、良いアピールの場ともなるだろう。それで今年度の我が学園代表は……もうお察しの通り、君たちをと考えているんだ。強制ではないけれど、どうかね? やる気はあるかい?」
(どうかね、と言われましても───)
「「「(絶好の機会って───これか!!)」」」
「やる。やらせろ!」
「え」
一番面倒くさがりそうなシェナが、一番に名乗りを上げるとは。
「はいはーい!! オレもやる! てかオレら全員やる気あるよね!?」
ルデン、レド、そしてラルドまでもが大きく頷いた。
「な、なんでみんなそんなにやる気に満ちているの……?」
皆そんなに王宮魔導師になりたいのだろうか。
確かに王宮魔導師になれれば地位も生活もかなり安定するけれど……。
「いや特に深い意味はないけど、みんなで出たいな〜って思って! 特に深い意味はないけど!」
「……?」
「(この阿呆。逆に怪しいだろうが)」
ゲシッとラルドに足を蹴られ、セシアンが涙目になっている。
ははは……と苦笑しながら、ルデンが私の意見を聞いてくれた。
「えっと……思い出作りにどうかな、ベリルも」
「? よく分からないけれど、いいわよ」
頭にハテナを浮かべながらも、そう返事をする。
そんな私の答えが予想外だったのか、セシアンはとても驚いたように声を上げた。
「え!? 本当!? (案外あっさり了承してくれた!)」
「ええ、みんなのサポートは任せて」
「あ〜……(そーきたか)」
セシアンは気まずそうに私から視線を逸らした。
なにか間違った返答をしてしまっただろうか?
首を傾げていると、シェナが私の肩に手を置いた。
「あんたも一緒に、演術の代表選手として出てほしいってことだ」
「…………え?」
「他の奴らは、あんたの実力を知らないから好き勝手言ってやがるだけで、あんたの実力をその目で見たら考えを改めるはずだ。あんたを侮辱してきた奴らに一泡吹かせてやろうぜ!」
「全部言いましたね」
「……全部言ったな」
「ちょ、シェナ! オレらがそれとなく提案してた意味は!?」
この話を理事長からされてからみんな妙にソワソワしているというか、様子が変だったけれど───
「……みんな、もしかして先日の件を気にしてくれているの?」
先日、廊下で皆が揃ったあの時。
私がダイヤ生として相応しくないと思われていることを、気にしてくれていたのだろうか。
自惚れだったら恥ずかしいなと思いつつ発言したのだが、どうやら、私の予想は正しかったようで。
「……あの時、何も言い返してあげられなくてごめんね。いや、もっと前から気付いてあげるべきだったのに……」
「ルデン……。そんな、みんなが気に病む必要なんてないわ。それに私、あれくらいじゃ傷付いたりしないから大丈夫よ?」
(周りがああ言うってことは、私が平凡な証拠だから……むしろあの反応は安心するというか)
「それに、あんな風に言われるのもダイヤ生のうちだけだと思うし……」
「いーや! 例えそうだとしても、それ聞いたオレらがムカつくの! もし、オレらの誰かがあんな風に言われてたら、リルちゃんは何とも思わないの……?」
「っ、腹が立つに決まっているでしょう」
「ふふ、即答ですか。嬉しいですね」
「どうして自分が言われた時にそれを思わないんだ」
「本当ですね」
「うんうん、つまりそーゆーこと!! 仲間が悪く言われてたら、自分のことみたいに悲しくもなるし腹も立つんだよ」
「……!」
「だからさ、オレたちと一緒に演術に出て、みんなにキミを知ってもらいたいんだ」
「私、は…………」
自分でも、どうしたらいいのか分からなかった。
彼らが仲間だと思ってくれていること。
大切に思ってくれていること。
全てが嬉しくてたまらない。
「…………」
俯く私に、ゲルド理事長が声をかけてくれた。
「ベリル、私も一言いいかい?」
ゲルドはいつになく真面目な面持ちで私を見据えた。
「学園の代表になってもらうからには、手を抜くことは許さない。私も学生たちも───もちろん、彼らもね。そのこともしっかり考えて答えを出してくれたまえ」
「!」
(学園の試験と同じことは……できない。……そうよね、理事長はもう気が付いてる。私が学園の試験で、狙って今の成績を保っていることに)
彼らの隣に、堂々と立ちたかった。
でもそうしたら、私が積み上げてきた───演じてきた〝平凡〟がなくなってしまう。
もう、あの時みたいな思いはしたくない。
そう、思っているのに───
答えが出せないまま、私の決意は大きく揺れていた。
「まぁ、まだ選出を決めるまで猶予はあるから。皆でよく考えるといい。後悔しないようにね」
「…………はい」
「あぁそれと、一応魔術学園の選出者の名簿を渡しておくよ。まだ開催が決まって間もないというのに、もう代表選手とその出順も決めてしまったらしいんだ。まったく、向こうは相当自信があるらしい」
ゲルドが差し出した名簿を受け取り、羅列されている名前を目でなぞる。
「…………っ!?」
名簿に書かれたある人の名前を見て、息を飲んだ。
「……スピネル……エーデルシュタイン」
私の口から漏れ出たその名前は、酷く震えている。
「……エーデルシュタイン?」
その名を復唱し、ラルドは眉をひそめた。
「それって……」
ルデンと同時に、皆が察したことだろう。
そんな私たちの様子を見て、ゲルドは「そういえば、」と続けた。
「ああ、魔術学園の代表の中に、君のお姉さんもいたね。ハハ、姉妹揃って代表選手になったら、ご両親も鼻が高い」
「………………」
「……ベリル?」
「おい、どうした……? 顔色が───」
俯く私を心配して、名前を呼ぶルデン。
そして、私の肩に手を置き顔を覗き込むシェナ。
ルデンやシェナだけではない。
皆私の様子がおかしいことに気づいて、戸惑っている。
大丈夫、なんでもないって、早くそう言って笑わなきゃ……。
頭では分かっているのに、どうしてか皆の顔を見れなかった。
手足が酷く冷たい。
みんなの声が、遠く感じる。
皆が私を心配する声がかき消され、脳裏にあの日が、フラッシュバックする。
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『……っ、化け物』
『ねえ、さま……?』
『────この化け物! わたくしに近付かないで!』
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ふっ、と乾いた笑いが込み上げる。
何を勘違いしそうになっていたのか。
何故彼らが受け入れてくれると思ってしまったのか。
(実の姉にも、見放されたというのに)
彼らが仲間だと思ってくれていること。
大切に思ってくれていること。
全て、本当の私を知らないからなのに。
「……みんな、ごめんなさい」
絞り出した言葉は、自分でも驚く程、弱く消えてしまいそうだった。
けれど、これだけは……これだけは譲れない。
私は皆の顔をしっかりと見て、告げた。
「私は、平凡でいたいの」
私の出した答えは、皆を失望させるだろう。
分かっていても、皆に突き放されるより、私を否定されるより、マシだった。
あんな思いを味わうのは、一度で十分なの。
───私は、交流祭の参加を断った。
バタン、と閉まるドアの音が、酷く耳に残る。
その時の私は、皆の静止も聞かずに、その場から逃げるように立ち去ることで精一杯だった。
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