蝕竜
「君たちはあの竜種に関して、何か知っていることはあるのかい?」
「アノ大キイ怖イノ、餌ナクテ死ヌ。ソシタラ腐ッタ。森ノ腐敗、一気ニ進ムー」
「つまり、あの蝕竜の最期は餓死だったということか」
「あの竜、かなり巨大化してたからな。あれだけ体が大きいと、使うエネルギーも膨大なんだろ」
「腐敗が一気に進む……ということは、蝕竜が死んでから腐敗が始まったということではなく、すでに腐敗は始まっていると?」
「ソウ。ダカラ病気イッパイ」
「……やっぱり今回の一件は、蝕竜のせいで生態系が崩れたからなのかしら」
(……いえ。蝕竜のせい、というのは違うわね。これは、知識もなく竜種を森に放った、愚かで傲慢な人間のせい。あの竜も被害者ね)
「生態系……そうか! 蝕竜の餌は昆虫だったね。森の分解者がいなくなったから……」
「……なるほど、そういうことか」
「その可能性は十分に考えられますね」
「あれ、みんな分かった雰囲気出してるけど、理解できてないのオレだけ? シェナ分かった?」
「蝕竜が来て森の食物連鎖が狂ったってことは分かるが、それがどう腐敗と病に繋がるのかは知らん」
「ということで、分かりやすく説明お願いします!」
「そうね……まず昆虫は食物連鎖を成り立たせていて、爬虫類や小鳥の餌になる存在よね。でも虫がいなくなったら、これらの生物も食べ物がなくなるってことだから、いなくなる。そして、それを食べている生物もまた絶滅し、その連鎖は続いていくわ。それと、植物の受粉も、ほとんどの作業が虫によって行われるから、植物も子孫を残せず絶滅する。だから、草食動物も植物の衰微とともに衰退していって、それに伴い肉食動物も同じ道を辿ることになるわ。これが、シェナやセシアンも知ってる食物連鎖の仕組みよね?」
「そーだね、そこまでは理解できてる」
「ええ。けど虫の役割って、小動物の餌になったり植物の受粉を手伝うだけではないのよ。虫は落ち葉や枯れ木、生物の排泄物や死骸を食べて、朽ちたものを分解し土に還す役割も担っているの。分解されない葉や生物の死骸は徐々に腐敗が進んでいって、次第にそれは病原となるわ。死骸がそのまま放置されることで、森の衛生が悪くなり、病が流行った。今回の件は、これで説明がつくんじゃないかしら?」
「へぇ……虫って実はすげー大事な役割持ってんだね!?」
「なるほど、理解した」
「ベリル、詳しいね? それに教え方もとても上手だ」
「うん、すっごい分かりやすかった!」
「そ、そうかしら? 本でさらっと見た知識だけだから、専門的な話になると分からないのだけどね」
「よく勉強されているのですね」
「(……これで何故こいつの成績は伸び悩んでいるんだ?)」
「それじゃあ、元の世界に帰るためには、蝕竜をこの森から消せばいいってことだよね!」
「うん。竜種討伐の作戦を考えないとね」
「そうですね。いくら人は襲わないとはいえ、相手は竜種。無策で突っ込むわけにはいきませんからね」
「それに、倒した後のことも考えなければならない。ただ倒しても、死体の処理をしなければ結局死骸が腐って、事件の二の舞になる」
「それなら、無難に焼くのがいいんじゃねぇか? 炭になれば腐らねぇだろ」
「確かに。それが一番いいかもしれないわ」
「だが、奴はかなりの大きさだろう。魔法でも生半可な火力じゃ炭にはならない」
「火炙り……は時間がかかりすぎるし、そもそも長時間竜種を拘束するのは難しいだろうね……。とりあえず、一旦少し休憩してから、また作戦を練ろうか」
「……だな、腹減ってきた」
「オレも〜。色々頭に詰め込んだせいでパンクしそー」
「ハッ! 黄色イノ!我ラノ拘束解ク!」
「お前……今まで拘束されてた事忘れてたよね絶対……」
「ウギュー!」
紫コウモリの目が、心做しかうるうるとしているように見える。
「うーん……」
「平気なのか? ただの阿呆でも、得体が知れないことに変わりはないが」
「ま、オレら殺すタイミングはいつでもあったんだし……それにオレらが死んだらコイツらの主の願いも叶えられなくなるっつーことだから、危害は加えないんじゃない?」
「……そうだね。分かった、今拘束を解くから待ってて」
「感謝ー」
緑の謎生物も手を上げて喜ぶポーズをしている。
「こっちの緑の、全然喋んないんだね。なんか目見てると吸い込まれそう……」
「言葉分カルケド、話セナイ。人間ノ言葉、難シイ。我、頭良イ。ダカラ話セル!」
「お前より頭悪いのかぁ、お前も大変だなぁ」
「ピンク色、失礼! 喧嘩!!」
「ふふ」
一連の流れを微笑ましく見守っていると、レドが休憩用の紅茶を入れてくれた。
「どうぞ、ベリルさん」
「ありがとう、レド。ふふ、みんな楽しそうね」
「ええ。ルデン様もとても楽しそうにされていて、私も嬉しいです。ベリルさんはあちらに混ざらないのですか?」
「私は少し頭を整理したいから、こっちで休憩してるわ。レドは?」
「そうですね、私も少し休憩しようと思います。お隣いいですか?」
「ええ、もちろん。その手に持ってる本、随分分厚いわね」
「ああ、これですか? ラルドさんと資料整理をしている際、偶然書斎で見つけた料理本なのですが、何か作れそうな物はないかと思いまして」
「へぇ、私も一緒に見てもいい?」
「ええ、構いませんよ。そうだ、ベリルさんの気に入った料理があれば、今度お作りしますよ」
「わ、本当! 嬉しいわ。どれがいいかしら……」
(えーと、なになに〜)
「『クラーケンの墨パスタ』に『巨大キノコと人喰い花のソテー』……『古代魚のホイル蒸し』、『小飛竜種の鱗焼き』……? えっと……これって料理本、なのよね……?」
(た、食べられそうな料理がないのだけれど……!?)
「ええ、『初心者でも安心! 誰でも作れる料理本(中級)』という本ですね」
「初心者でも安心……? 誰でも作れる……?」
(使う食材からして全然初心者ではないというか、逆に食材に食べられてしまいそうというか!)
「この『堅牢の白鯨煮込み』なんていかがですか? 出来上がり図はとても美味しそうですよ」
「あ、本当ね。えーと、作り方は……まず最初に熱々のマグマを用意します。……ん????」
「堅牢の白鯨が入るくらいの鍋を用意し────」
「ま、待ってレド、まず最初に、の段階で置いていかれているわ……。そんな、マグマはどの家庭にもありますよね? と言わんばかりの書き方をされても……一般家庭はマグマとは無縁よ……」
(あとマグマに熱々もなにもないわ……熱いなんてレベルじゃないもの)
「ですがこの堅牢の白鯨は分厚い装甲を纏っている生き物のようで、マグマでないと中まで火が通らないようですよ」
「どんな生物なの……」
「マグマの作り方も載ってますよ。貴重な魔術道具を必要とするようですが……おや、この本に描かれている魔術道具、見覚えがありませんか?」
「え……え!? 本当だわ……地下の部屋にあった魔術道具と同じ物みたい! ということは……マグマを生成できる……!?」
(この本に書かれた内容が真実なら、これ、蝕竜に使えるんじゃないかしら!?)
「すごいわ、レド! これなら何とかなるかもしれない!」
興奮のあまり、少し声のボリュームが大きくなっていたのかもしれない。
騒ぎを聞きつけたルデンたちがこちらへやってきた。
「二人とも楽しそうだね? 何を読んでいるんだい?」
「お、なになに〜? リルちゃんめっちゃテンション高いじゃん!」
レドと顔を見合せ、口元に弧を描く。
「ふふ、作ってみましょうか」
「ええ!」
「「『堅牢の白鯨煮込み』!」」
「「「「…………何て?」」」」
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