推測
少し重くなった空気を切り替えるように、セシアンはパンッと軽く手を叩き、明るく言う。
「んじゃ、その前にこの森から脱出しないとだね〜」
「ええ、そうですね。救助は見込めないようですし」
「あ、それなんだけど……私、最近変な夢を見て……」
ちょうどいいので、ここで夢の内容を皆に共有した。
すると皆、驚いたように目を見開く。
「それ、オレが見た夢と同じだわ!」
「僕もだ……」
セシアンとルデンに続き、他の皆も揃って頷く。
これだけ人数がいるのだ、全員が偶然似たような夢を見るなんて、絶対にあり得ない。
(やっぱり、この夢は今置かれている状況と関係があるんだわ)
「最初はオレ、殿下を攫うことが目的で、オレらはついでって感じで事件に巻き込まれたのかとも思ったんだけど、なーんかそんな感じでもねーよな。回りくどすぎるってゆーか」
「…………」
「あー。ごめんな、なんか疑っちゃって」
「いや。夢の内容があるとはいえ、まだその可能性も拭いきれないよ。僕も……その可能性が一番に浮かんだんだ。僕のせいで無関係の君たちまで巻き込んでしまったのかもしれない、と。……もしそうだったなら、必ず、責任は取るから」
そう言いながら、ルデンは私たちに向かって腰を折る。
何度も言うが、彼はこの王国の第2王子。王族なのだ。
そんな彼が、彼より地位の低い者に腰を折るなど、本来なら考えられない。
「ちょ、やめてやめて!? まぁオレが言い出しといてアレなんだけど、今回のコレはルデン絡みじゃないと思うんだよね! だから別の目的があるんじゃないかって思ってたんだって言いたかっただけ!」
「うん……」
眉を下げ微笑むルデンの表情は、目に見えて元気がなかった。
「だーーーっもう! ぜんっぜん納得してねーだろ! 違うんだってぇーーー!」
その様子に、ラルドは引き気味に……というか、完全にゴミを見る目でセシアン名を呟く。
「セシアン……」
「ちょ、ラルドその目やめて!? はいはい! オレが余計なこと言ったせいだね!? 悪かったって! なんかルデンのそーゆー表情すげー罪悪感あって嫌なんだけどー!?」
「確かに。毎回綺麗なお顔で微笑んでくれる人にそんな表情されると、ね……」
「リルちゃんまで!?」
(あ、いけない。声に出ていたわ)
では声に出してしまったついでに。
「……私も。セシアンの言う通り、ルデンとは無関係だと思うわ。あ、もちろんこの言葉は、貴方に気を遣ったとかではなくね」
「私も同意見ですが、貴女は随分はっきりとおっしゃるのですね。夢の内容以外に何かそう言える根拠があるのですか?」
「まだ根拠、と呼べるものではないわ。ただの私の憶測にすぎないのだけど……聞いてくれるかしら?」
「もちろんです」
レドに続き、皆快く頷いてくれる。
彼らの了承も得たところで、私は自分の意見を述べることにした。
「まず、ルデン狙いではないという点だけど、ただルデンを消したいだけなら、私たちを10日も生かしておく意味が無いわ。それに、屋敷の様子がおかしくなった時に聞こえた、謎の声の意味深な言葉の数々もいらないと思うの。謎の声の内容的に、捕らえたかったのは特定の誰かではなくて、あくまで『謎を解く者』。屋敷に入った者なら誰でもよかったんじゃないかしら。現に、地下の部屋に残されていたメモは、魔人語で書かれていたのでしょう? 書いた人が人間なのか、魔族なのかは置いておいても、少なくともヘリオドール人ではないと思うの。メモの文面的にも、死にたくないと書くくらいとても緊迫した状態にあったようだし、これを書いた人がヘリオドール人なら、母国語で書くと思わない?」
私の意見に、ラルドはふむ……と腕を組み頷く。
「それについては俺も気になっていた。魔人語を読める人間はこの国にはあまりいないからな」
レドも口元に手をやり「ええ」と同意した。
「ましてや、後の人間に危険を知らせるため残した物ならば、どんな人間にも分かる言葉で書くべきですよね」
そう、少なくとも魔人語は除外されるはずだ。
魔人語とは魔族が支配している領土で用いられる言語。
この国は魔族の領土と離れた位置にあるため、魔族との交流は滅多にない。
必然的にこの国の人間は、魔人語には馴染みがないのだ。
「ええ。その人がこの屋敷に入った経緯までは分からないけれど、〝謎を解く者〟に選ばれたのは偶然なのだと仮定するわ」
「だから、今回も僕を狙ったわけではない、と?」
「ええ。私たちを捕らえたと言った例の謎の声を、仮に犯人と呼ぶとして────ねぇセシアン」
「ん?」
「確か屋敷が最初に揺れた時、犯人は、『捕らえた謎を解く者、奴らを裁く者、主の無念を晴らす者』と言ったのよね」
「そーそー。確かにそう言ってたぜ〜。オレらが見た夢の中でも、似たようなこと言われたような?」
「……ずっと考えていたの。何故犯人は謎を解いてほしいのかって。夢の内容で確信したわ。今までそれらはそれぞれひとつの目的として考えてしまっていたけれど、犯人の言葉を『主の無念を晴らすため、奴らを裁きたい。だから、そのために謎を解いてほしい』と言い換えることができるんじゃないかって。謎を解くことはあくまで過程で、一番の目的は〝主の無念を晴らす〟ことにあるんじゃないかって」
ラルドは小さくなるほど、と呟いた。
「謎を解けという言葉にばかり気を取られていたが……そう言い換えることもできるな」
「犯人には、裁きたい〝奴ら〟という誰かがいる。それが〝主の無念を晴らす〟ことに繋がるから。けれど、その奴らをどうにかするには謎を解く必要がある。だから必要に謎を解けと言ってきたんじゃないかしら。それとメモを残した彼も謎を解けと書いていたようだから、犯人は全員に同じことを言っているのだと思うわ」
「では……少なくとも私たちより前にここへ入った者たちは、謎を解くことができなかった、ということになりますね」
「あーそっか。犯人の目的が達成されてたら、オレらこんなことになってないしねぇ」
「ええ。それと考えなくちゃいけないのは、犯人の要求を叶えられなかった時のこと───つまり謎を解くことができなかった場合。メモの彼は〝死にたくない〟と書いていたのよ? しかも書き殴るような形でその言葉を残した。それだけ切羽詰まった状況に置かれたってことよね? それって謎が解けなかったら生死に関わるような事態が起こり得るってことでしょう?」
「オレらより前に入った奴らは……もう死んでる、のかな」
「考えたくはないが、可能性はあるな」
「捜索が難航しても、私たちと一緒に失踪した王子のことを、優秀な王国軍や王宮魔導師たちが血眼になって捜してくれる。だから何か事件に巻き込まれてしまったとしても、きっと大丈夫───……今までそうたかを括っていたの。けれど、いくらなんでも救助が遅すぎる。王宮魔導師まで一緒にいて、あの霧を突破できないなんて考えられないわ。だから……中の私たちでどうにかするしかないのかもしれないって思うようになったの」
「僕も、ベリルと同意見だ。それに、僕も気になることがあって。個人的に気になって地下の部屋をずっと調べていたんだけど、昨日いくつか日記のようなものを見つけたんだ」
「おっ、日記? そんなのあったんだ?」
「ああ、本の中に埋もれていて気づきにくかったんだけど。その内容はどれもこの森に閉じ込められたことを嘆いている文から始まっていて、次に『森に怪物が出た』と書かれていたんだ」
「森に……怪物だと?」
「そしてどの日記も、15日以降続きが書かれていない」
(15日……? 確か夢で───)
夢の内容を、もう一度思い出してみる。
『私の魔力では15日間を再現するのがやっとだった。この空間は15日しか保てない。あと██日で消滅する』
どうしても、最後の言葉が聞き取れずにいた。
しかし、ルデンの話を合わせて考えると───
「そうだわ……あの時、夢であの人は『あと5日で消滅する』って言っていたんだわ!」
サァー……と血の気が引く。
残された時間があまりにも少なすぎる。私たちは10日も時間を浪費してしまった。
この空間が消滅してしまったらどうなってしまうのか、考えずにはいられない。
「……ふむ。推測ですが、もしかしたら今私たちがいる空間と、元いた世界は別物なのでは?」
「あぁ、レドの推測は正しいと思うぞ。それなら森の上空からヘリオドール城が見えなかったことにも、王宮魔導師が森に入れないことにも納得が行く。なんたって別の世界に飛ばされているんだからな」
「あー、嫌な予感っつーか、たぶん答えなんだけどさー。空間消滅って、中にいるオレらごと消滅するってことでおーけー?」
レドは「おそらく」と冷静に頷く。
私も、小さく息を吐き言葉を続けた。
「……だから、メモの彼は〝死にたくない〟って書いたのでしょうね。なんで死にたくないって殴り書きされたメモが地下の部屋に落ちてたのかずっと疑問だったのだけれど、彼のいた空間が消滅する時、彼があの部屋にいたってこと───つまり、彼の最期の場所はあの部屋だったってことね」
きっと、最期の最期まで助かる方法を、あの部屋で探っていたのだろう。
空間ごと葬り去られたのならば、そこに死体がなかったことにも納得がいく。
「ははは〜そういうことだよねぇ。…………って、今日入れても残り5日しかねぇじゃん!?」
「ルデンが地下で見つけた日記は、この屋敷に捕われた犠牲者の物で間違いなさそうだな」
シェナが言うと、ルデンの表情も暗くなる。
「そのようだね……」
シェナは息をつき腕を組むと、眉間に皺を寄せながら考えを巡らせているようだった。
「となると、次に気になるのは森に怪物が出た、ってやつだな」
「それって、私たちのいるこの空間にも、森の中に怪物いるってことよね?」
「そうなるな。……あ? そういや、ここ最近たまに森から妙な臭いがしてたな」
「妙な臭い? どんな?」
ルデンが尋ねると、シェナはうーん……と首を捻った。
「なんつーか、何かが腐った、みたいな……。刺激臭とまではいかねぇけど。たまに風に乗って臭うくらいだったから、臭いの発生源は屋敷から遠いな」
「んー、オレが庭に出た時は気づかなかったな〜。シェナだから分かるのか」
「その臭いと怪物が関係してるかは分かんねぇけどな」
「分かった、けど引き続き警戒はしてた方がいいね」
「森に怪物がいるとなると……あの村にはもう行けないかしら?」
「あの村?」
ラルドの問いに対し、レドが答えを言ってくれた。
「あぁ、あの転移石の座標となっていた村ですか?」
「ええ。見た感じあの村に霧はかかっていなかったから、中に入れるんじゃないかって思って。あの時、中に人がいるかまでは確かめなかったじゃない?」
「人間までこの空間に再現されていると? 一体どんな魔術なんだ……」
そう言いながら眉をひそめるラルドに同意しつつ、言葉を続ける。
「元の世界のあの場に村はなかったのだから、村はこの空間で生成されたもので間違いないわよね。前に一人で確かめに行こうとも思ったのだけれど────」
「「「「「絶対に一人では行くな」」」」」
「そ、そんな声を揃えて言わなくても……」
(それに思ったってだけで、実行に移してはいないのだけど……)
ムスッと頬を膨らませると、皆に揃ってため息をつかれる。
「本当に一人で森に入ってはいないんだね?」
ルデンがまるで子供に対して言い聞かせるように言うものだから、少し落ち込みながら頷く。
「入ってないわ……。さすがに危険だもの」
「よかった……。くれぐれも単独行動はしないように。特にベリルとシェナ」
「はい……」
「なんで俺まで───」
「シェナ?」
にこり、と。
優雅で美しいのに、何故だかものすごく怖い笑顔の圧に畏縮し、シェナも尻尾をだらんと下げた。
「ハイ……」
そんなルデンの様子にいち早く勘付いていたセシアンは、自分に飛び火しないように自然な動きでスッと距離を取っていた。
「(んー、この中で1番怒らせちゃいけないのはルデンだねっ!)」
「ともあれ一度村には行ってみた方がいいと思いますが、どうなさいますか?」
レドがルデンに意見を求めると、彼は顎に手を当て考える素振りを見せる。
「そうだな……」
「日記に書かれた怪物の目撃情報?って何日目なんだ?」
シェナが尋ねると、ルデンは「確か……」と続けた。
「12日と13日目が多かったかな」
「今日は11日目ですから、ギリギリですね」
「ああ、村を確認しに行くなら今日だな。早めに行動した方がいい」
「私もそう思う」
シェナの意見に私も同意すると、ルデンも考えをまとめたようで「そうだね」と頷いた。
「……分かった。日が落ちる前に戻るためには、今すぐ出発した方がいいね」
「全員で行くの?」
私が聞くと、レドはいえ、と言葉を続ける。
「何かあった時のため、二手に別れた方がいいと思います」
ラルドもその意見に同意しているようで、少し考えた後、軽く手を挙げた。
「俺は屋敷に残らせてもらう。ちょうど気になることがあって調べる時間が欲しい。もう一人、俺の手伝いを頼みたいんだが」
「それ頭使う系?」
「多少は」
「じゃ〜一人と言わずルデンとレド残して、屋敷でやることないオレとシェナ……あ、それと個人的に一緒にいたいのでリルちゃんも村探索組でどーよ!」
「森には怪物が出るかもしれないんだ、ベリルを行かせるわけにはいかない」
私の身を案じてくれるルデンに、笑顔を返す。
「気遣ってくれてありがとう。けれど、こちらにはシェナがいるから平気よ。シェナの鼻は私たちよりも優れているもの。怪物とうっかり出くわす、なんてことにはならないわ」
私がシェナに視線を送ると、彼は力強く頷いた。
「ああ、保証する。こいつを危険な目には合わせない」
「リルちゃーん、そこはオレも入れて欲しかったなぁ。オレだって弾除けくらいにはなるぜー……」
「ふふ、ありがとう。村に人がいた場合、話を聞かなきゃいけないから。人当たりのいいセシアンや、女である私の方がみんなより警戒されにくいんじゃないかしら」
「一理あるな。森の行動に長けているシェナが護衛を務め、情報収集はセシアンとベリル。組み合わせとしては悪くない」
「…………。…………分かったよ。ただし危険を感じたらすぐに引き返すように。いいかい?」
「ええ、分かったわ」
ラルドの後押しもあり、ルデンの許しを得たところで、私たちは早速行動に移すことにした。
「んじゃー、食後の運動がてら行ってきますか〜!」
「くれぐれもお気をつけて。あぁ、本日の昼食はパスタをご用意いたしますので、早めのご帰宅を」
レドの言葉を聞いたシェナがグゥーーーーとお腹を鳴らす。
「え、朝あんだけ食ってまだ腹鳴るの!? すげーなお前」
「ふふ、楽しみね。急いで戻ってくるわ」
行ってきます、と微笑む。
ルデン、レド、ラルドの三人は、少し心配そうな表情を残しつつも、「気をつけて」と私たちを送り出してくれた。
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