子供
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トレイに並べられた夕食を落とさないようにしっかりと持ち、階段を登る。
セシアンと共にシェナの部屋の前に立ったが、それだけではもちろん中の様子は分からない。
コンコンと扉をノックしてもシェナからの応答はなかった。
「シェーナさーん、夕食持ってきたぜ〜」
「…………」
セシアンが扉の前で声を張るが、返ってきたのは静寂だけ。
「…………。もうっ、部屋に引きこもってばかりでロクにご飯も食べないでっ! お母さん悲しいっ」
「……それつっこんだ方がいい?」
「できればお願いします!」
「料理作ってくれるのはレドだし、どちらかというとお母さんはレドでは?」
「思ってたのと違うツッコミきた!?」
そんな彼とのふざけたやり取りの間も、シェナは部屋の向こうで無言のまま。
「これほんとに部屋にいんの?」
そう思うのも無理はない。
一週間以上彼らと生活を共にしたが、夕方以降、シェナの姿を目撃した者は私を含め誰もいないだろう。
「いるはずだけど……。レドに言われた通り、扉の前に食事を置いておきましょうか」
「そだね〜」
「シェナ、ここに置いておくわね」
一声かけてから部屋の前を離れようとした時。
────ドサッ。
突然中で大きな物音がした。
(この音、床に何かが倒れた? でも各部屋にそんな大きな音が出そうな物はないし……まさか!)
「シェナ!?」
「お、おい! 大丈夫かよ!? シェナ! 返事しろって!」
ゴンゴンと扉を叩いても返事はない。
(これ……もしかして無視しているわけではなくて、返事ができない状況なの? シェナに入るなと言われた手前、勝手に入るのは忍びないけれど……)
「シェナ? 入るわよ?」
部屋の扉を開け、中へと入る。
するとそこには─────
「「え……?」」
そこに倒れていたのはシェナではなく、小さな獣人の男の子だった。
(な、何故子供が? 一体いつ屋敷に入って───いえ、今はそれどころではないわ!)
私は倒れた子供の傍に駆け寄り、優しく抱き起こす。
(狼の耳と尻尾……それに銀色の髪。身体は小さいけれど、この子、シェナとそっくりだわ……)
「ねぇ、君? 大丈夫? 私の言葉、分かる?」
彼はうなされながら、小さく小刻みに震えている。
「すごい熱……!」
手のひらで額を押さえると、男の子は苦しそうに薄目を開けた。
「……っ、なん、で」
私の腕の中で目を覚ました男の子は、私とセシアンの姿を見て絶望した表情を浮かべる。
「なんでっ、テメェらが、ここに! 部屋に、入るなっ、て! 言った、だろうが……!!」
「え……」
それは〝シェナ〟から言われた言葉。
「貴方……シェナ、なの?」
「……っ」
核心をついてしまったようで、男の子……もとい、シェナは私たちをキッと睨んだ。
子供の姿なうえに、高熱により目が潤んでいるため、全く怖くはないのだが……。
「……っはぁぁぁぁああ!?! なっ、え!? お前なんで縮んでんの!?」
「っるさい! 寄るな……人間! 俺に、触るな!」
手をブンブンと左右に振り私たちを遠ざけようとするが、熱のせいで全く力が入っていない。
同時に廊下からドタドタと複数の足音が近づいてきた。
「何事だ、セシアン! 書斎まで声が聞こえてきたぞ! 一体何を騒いで───っ!?」
騒ぎを聞きつけたラルド、そしてルデンとレドも次いでやって来た。
「シェナ……なのかい?」
「……寄るな。……見るな」
シェナは壁の端にうずくまり、弱々しく言う。
(……まるで怯えた野生の獣のようだわ)
今大勢で彼を囲むのは、彼に相当なストレスを与えてしまうだろう。
しばらく考えてから、私は部屋を出るべく立ち上がった。
「みんな、今は一旦部屋を出ましょう?」
「えっ、でも……」
セシアンの言いたいことは分かっているつもりだ。
このまま彼を放っておいたら、さらに病状が悪化するかもしれない。
私はコクリと頷いた。
「分かってる。シェナの看病は私に任せてもらえないかしら?」
「看病って……シェナは大丈夫なのかい!?」
シェナの身体を案じて、反射的にルデンは彼の元へと駆け寄ろうとしたが、すぐにグッと堪えたように留まった。
「すごい熱なの。今はそれをなんとかしないと」
短い言葉でも状況を把握してくれたレドは静かに頷いた。
「分かりました。水、それと汗を拭くものを持ってきますね」
レドを先頭に、一旦、皆シェナの部屋を出る。
「看病すると言っていたが、一人で大丈夫なのか?」
ラルドの問いに、大丈夫だと頷いてみせた。
「ええ、平気よ。本当は誰もそばにいてほしくないのでしょうけれど、今は彼一人でどうにかできるような状態ではないから、誰かがそばにいないと。みんなの中なら体格的に私が一番突き飛ばしやすいでしょうし、彼もそういう相手の方が少しは安心できるでしょう?」
「突き飛ばしやすいって……」
「突き飛ばすどころか噛み付いてきそうなんだけど?」
呆れたように言うラルド。
セシアンも心配そうに私を案じてくれた。
ルデンは目を伏せしばらく考える素振りをみせた後、再び私と視線を合わせた。
「……けれど、僕もベリルと同意見だ。シェナは怯えているように見えたから」
「ええ……」
しばらくシェナの部屋の前で待っていると、荷物を抱えたレドが戻ってきた。
「水とタオルの用意ができました」
「ありがとうレド。それじゃあベリル、頼めるかい? 何かあれば僕も行くから」
「ええ、ありがとう」
レドから看病セットを受け取り、彼らが談話室へと戻っていくのを見送った後、私は静かにシェナの部屋の扉を開けた。




