Select3:書斎に行く (ラルド)
【選択肢】
▶︎書斎に行く (ラルド)
───────────────────
(私も書斎で時間を潰そう)
────────────────
書斎へ降りると、ラルドが真剣に魔導書を読んでいる姿が目に入る。
「…………」
彼も私に気がついたようだったが、一瞥しただけで再び本へと目を落とした。
(私も、彼の邪魔をしないように端の方で読もう)
適当な本を手に取り、読み進めていく。
(この本……適当に選んだものだけど、上級魔法の基礎が分かりやすく書いてあるわ)
背表紙を見てみると、上級魔法〝基礎編〟と書いてある。
(基礎編ってことは、同じシリーズで基礎より上がありそうね)
上級魔法は、平凡を極める上では必要ないのかもしれない。
しかし、使うかどうかは別として、魔法を学ぶこと自体は嫌いなわけではないのだ。
誰に披露するわけでもなく、ただ知識を深める時間が好きなのだ。
ただ魔力が多くても、それを正しく扱う知識がなければ意味がない。
だから私は、この魔導学園へ入学した。
それは両親の望みでもあったけれど、一番の決め手は、私が私の魔力を正しく扱えるように。制御できるように。
そのために、この学園に来たのだ。
(えっと……この本の続きは……あった! 中級編と上級編があるのね。上級編を読んでみたいけれど……)
上級編は1番上の棚にある。
(背伸びして届くかしら……)
背伸びしたまま、めいっぱい手を伸ばす。
しかしギリギリ届かない。
(んーーっ、もう少し! なのに!)
懸命に手を伸ばし腕をプルプルさせていると、突然、頭上から影が落ち、後ろから手が伸びてきた。
振り返ると、ラルドの胸が目の前にある。
「きゅ、急に振り返るな……」
「ラルド?」
ラルドは私が取りたかった本を、本棚から簡単に抜き取る。
そしてその本を私に差し出した。
「……ほら」
(……わざわざ取ってくれたの?)
「ありがとう!」
私がお礼を言うと、彼はバツが悪そうにフイっと視線を逸らした。
「……たまたまこの棚に用があっただけだ。というか、取れないなら声をかけろ」
「え……声をかけてもいいの?」
ポカンと目を丸くすると、それを見たラルドがジト目を向けた。
「なんだその顔は」
「その……そう言ってもらえるとは思っていなかったから」
「……別に、お前のためじゃない。取れない本を必死に取ろうとしている姿が視界に入って、本に集中できなかっただけだ」
(たまたまだと言っていたのに、やっぱりわざわざ来てくれたんじゃない)
「ラルドは優しいわね」
「なっ! どうしてそうなる……!」
彼は意味がわからないというような表情を浮かべていたが、私は気にせず彼に取ってもらった本を開く。
「やっぱり、このシリーズは読みやすいわ」
上級編というだけあって、内容は上級魔法の中でもレベルの高いものばかりだが、どれも細かく説明が記述してあった。
「学園にはないわよね、この本」
「……あぁ、その著者は一般向けではないからな。個人で取引されているものだろう」
「一般向けではない……?」
「ああ。その著者のシリーズは古くから存在するようだが、内容はどれも実戦的かつ非現実的なものばかりだ。お前は読みやすいと言ったが、この大きな矛盾を抱えた内容は一般的には理解されづらく『読みにくい』と評価されるものが多い」
「………………」
「俺もいくつかその著者のものを読んだが、膨大な魔力がなければ再現不可能な魔法ばかりが解説されていて、全くためにならなかった」
「そう、なのね」
思わぬ所でボロが出る。
(次から発言には気をつけましょう……)
「ラ、ラルドは本に詳しいのね」
「……まぁ、それなりにはな。学園では皆魔法を得意としていて、同じレベルの奴らが五万といる。そんな中、他者と差をつけるには知識量しかない。魔法の才に溢れた者が通う学園の中では、いくら魔法を得意としても、それは没個性と変わりないからな。俺がダイヤモンドにいるのは、知識を武器にできたからだ」
「…………」
(魔導学園で、魔法が得意は没個性……か)
確かに、この学園に入学できた時点で皆、魔法使いとして優秀なことには変わりないのだ。
学園に入学して満足する者が多い中で、彼は一人その先を見据えていた。
だから彼は名実ともに優秀なのだろう。
「ラルドは試験の順位、いつも上位だものね」
他人に興味がない私ですら、毎回彼の名が上位に書かれていたらさすがに覚える。それくらい彼は成績上位者の常連なのだ。
(この学園で成績上位を保つことは、相当難しいはずなのに。本当にすごい人だと思うわ)
「だが、いくら知識が増えようと、努力しようと、天才には遠く及ばないんだがな」
彼はそう言いながら自嘲気味の笑みを浮かべた。
「知ってるか? ある2人の魔法使いと魔術師の話を。2人はどちらも同じくらい優秀だったが、魔法使いの方は生まれながらに膨大な魔力を有していた。これまで魔術師は魔法使いと肩を並べるべく努力していたが、生まれながらに持った彼の才を、超えることができなかったんだ。現実には努力だけではどうにもならないことがある。実力は紙一重だったのかもしれない。だがその薄紙1枚が超えられない。それが天才と優秀なだけの凡人の圧倒的な差だ」
「貴方は……魔術師側だと言っているの?」
「ああ。俺は1から100を作ることはできても、0から1を作ることはできない。どう足掻いても天才にはなれないことが分かっているから、知識に縋って自分を安心させていたいだけなんだろうな、俺は。誰よりも優秀でなくてはならないというのに。そうでなければ、俺がここにいる意味がないというのに」
彼が言った『ここ』という言葉は、単にこの場所や学園を指しているのではなく、どこか別の所を見ているようだった。
彼はふいに、ハッと我に返った。
「俺は何を余計なことをべらべらと……。忘れろ、読書の邪魔をして悪かったな」
そう言って立ち去ろうとしたラルドの背に、私は『ねぇ、』と言葉を続ける。
「これは同情や慰めではなく、ただの一個人の意見なのだけれど……貴方は自分を天才には及ばない凡人だと思っているようだけど、天才と渡り合える人間もまた、極わずかだと思うわよ? 貴方は何でもないように言っていたけれど、努力を続けられる人間は多くないわ。ましてや、絶対に勝てないと分かっている相手がいるのなら尚更、その努力は意味のないものだと決めつけて諦めてしまうかもしれない。努力って、貴方が思っているほど簡単にできるものじゃないのよ? 1から100を作りきる人間も、天才と同じくらい希少なの」
「…………」
振り返らず、けれど足を止め聞いてくれる彼に、私もそのまま言葉を続ける。
「それにね───その魔法使いは、その魔術師がいてくれて幸せだったと思うわ」
「……はっ、常に優越感を感じられるからか?」
「ふふ、違うわ。その魔術師がいてくれたおかげで、魔法使いは孤独ではなかったはずだから」
「…………孤独?」
「……ええ。大きな力を持つと、徐々に周りから理解されなくなっていって、次第に一人になっていく───あ、いくと思うの! でもそれって世界から自分だけ切り離されていくみたいで、すごく虚しいこと……だと思うのよ。けれどその魔法使いには、自分と肩を並べようと努力してくれる魔術師がいた。自分を解ろうとしてくれた魔術師がいた。魔法使いにとってその魔術師の存在は、自分を世界の一部として認めてくれる唯一で、彼の存在は救いだったんじゃないかしら」
(……私も、そんな存在がいてくれたら、同じように思うから)
「……あー、えっとね? つまり何が言いたかったかというと! 月並みな言葉にはなってしまうけれど、貴方の努力は無駄じゃない、ってこと! 貴方は知識に縋って安心していたいだけだと言ったけれど、私には、貴方のそれはただ努力を怠っていないだけだと思うわ。それは誰にでもできることではないし、すごくかっこいいと思うけれど?」
「……!」
ラルドは最後まで振り返ることはなかった。
けれど最後に───
「……1人の意見として、参考にはさせてもらう」
そう言って、彼は書斎を出ていった。
私から彼の表情は見えなかったため、どんな表情で私の言葉を聞いていたのかは分からない。
しかし、最後に彼が呟いた声音は、とても優しく落ち着きあるものだった────。
ラルド 好感度+20




