【シェナ5-8】魔獣化
※次回エピソードで【エンドルート】の分岐があります。
会話の内容が変化するため、目次から
【好感度が50以上ある場合はハッピーエンドルート、50以下の場合はバッドエンドルート】
のシナリオ(エピソード)に飛んでください。
牢を脱出した私たちは、廊下へ出ると裏口を目指して進み始めた。
行く手を阻む賊は、その都度倒していく。
幸い屋敷内の警備はそれほど厳しくなく、人員も少ない。
(奴隷商の屋敷だという話だったけれど……主本人はここにはいないみたいね。賊に屋敷を貸している、といったところかしら)
「ベリル! 全員外に出た!」
「ありがとう!」
子供たちに続いて屋敷の外へ飛び出すと、騒ぎを聞きつけた賊たちが、四方から次々と集まってきた。
「おい! 商品が逃げたぞ!!」
「どういうことだ!? 中の警備は何してやがる!!」
「全員叩き起こせ!! 相手は女二人とガキだけだ!! 一人残らず捕らえろッ!!」
怒号が飛び交う。
私は最も近い敵から順に、確実に無力化していった。
(思ったより数が多い……! 中にいなかった分、外の警備へかなり人員を割いていたのね……!)
子供たちを庇いながら全方位へ意識を向け続けるせいで、普段より魔力の消耗が早い。
さらに今日は、街中で探知魔法を長時間維持し続けていた。
その負担が、今になって重くのしかかってきていた。
「シェナ! 魔女さん! 私が敵を引きつけるから、その間に子供たちを安全な場所まで!!」
「なっ! 一人でこの人数は、さすがのお前でも無茶だ!!」
「でも、このままじゃジリ貧よ! そう簡単に魔力切れは起こさないけれど……もし私の魔力が尽きたら、その時はみんな共倒れになる! お願い、シェナ! 子供たちだけは、何としても守って!!」
「……っ」
「シェナくん!! ここはベリルちゃんに任せて、早く森へ!! 正直、ワタシたちが一緒にいる方が彼女は本気を出せないからネ!!」
「シェナ!!」
「……っ、くそ!! ガキどもを避難させるまで、絶対耐えろッ!!」
「……ええ! ありがとう!」
シェナたちの背中が十分離れたことを確認すると、私は賊へ向けて炎の球を放つ。
───パチン、と指を鳴らした瞬間、それを合図に炎は一斉に炸裂した。
轟音とともに爆炎が敵陣を呑み込む。
……確実に、何人かは命を落としたことだろう。
「…………」
胸が、僅かに痛む。けれど───。
(いいえ、今は迷っている暇なんてない)
私は再び魔力を練り上げ、迫り来る賊たちを真っ直ぐ見据えた。
「シェナたちは追わせない。───ここで絶対、食い止める!!」
───────────────────
《side シェナ》
───屋敷の方で、大きな爆発が起こった。
「ベリルッ!!!」
「シェナくん! 今はこっちに集中!! 前方から二人来るヨ!!」
「チッ!!」
地面を蹴り、一気に間合いを詰める。
賊の腹へ蹴りを叩き込み、そのまま次の敵へ。
迫る賊を次々となぎ倒し、なんとか全員を安全に身を隠せる場所まで避難させることができた。
前方の敵だけに集中できたのは、後方をベリルが一人で引き受けているからだ。
(……たった一人で)
奥歯を強く噛み締める。
早く、ベリルの元へ戻りたい。
もし傷付いていたら。もし苦しんでいたら。
そんな最悪の想像ばかりが頭をよぎる。
その時───再び屋敷の方角から轟音が響き、黒煙が夜空へと立ち昇った。
「……っ! 魔女! ガキどもを頼んだ!!」
「はぁ!? まさか戻る気!? 待て待て待てぇい!! その身体で何ができるっていうのサ!?」
「魔力制御を解いてくれ!」
「はぁ!?」
「元の姿に戻れれば戦える! それだけじゃねぇ! 月の力で魔力が増幅されてるなら……普段以上の力を振るえるってことだろ!!」
「いや、そうだけど! さっきの話聞いてたッ!? そんなことしたらキミは魔獣化して───」
「そんなことはどうだっていい!!!」
「……っ」
「俺は……もう、あいつを一人で戦わせないって誓ったんだ。もう、見てるだけなんて懲り懲りなんだよ!! 俺は……あいつの隣に立てる俺でありたい。ベリルの力になりたい。ベリルと対等でありたい!! ……ベリルが、好きなんだ。だから頼む……ッ! もう……あいつを諦めたくねぇんだよ!!!」
「…………」
しばらく黙り込んだ魔女は、大きく息を吐いた。
「……はぁーーー。分かったヨ。本当、馬鹿だねぇ……男ってのは」
「……!」
「でもね、ガキンチョ。奇跡は二度も起こらない。おそらく、次はない。魔獣化するか、死ぬか。残されている未来は、そのどちらかだ。───お前は、愛する者のために命を捨てる覚悟があるか?」
シェナは、迷いなく笑った。
「(……そこで笑うか。まったく……ガキのくせに、いっちょ前に格好つけやがって)」
魔女はもう一度、深いため息をつく。
「……ハイハイ。愚問だったネ。じゃあ今から全部の魔法を解く。でも、その前に屋敷へ向かって走れ。ここで解除して、もし魔獣化でもされたら……獣人の子供たちまで巻き込まれちゃうからネ。ワタシも死にたくないし」
「あぁ、分かった!」
「よし。三十秒後に魔法が解けるようにする。三十秒後に来る地獄の苦痛に、せいぜい絶望するといいサ! HAHAHA!」
シェナは踵を返し、屋敷へ向かって駆け出した。
「───魔女、ありがとな!」
その言葉に、魔女は小さく目を細める。
「……うん」
そして誰にも聞こえないほど小さな声で呟いた。
「────キミに、宝石と月の加護があらんことを」
───────────────────
《side ベリル》
「……はぁ……ようやく、残り一人────」
周囲には、私に向かってきた賊と、シェナたちを追おうとした賊の亡骸が転がっている。
もしかしたら、まだ息のある者もいるかもしれないけれど。
「……っく……化け物め……」
この場で立っているのは私と───賊の頭だけになった。
(シェナたちは、無事に逃げられただろうか)
敵の増援に見つかってはいないだろうか。
───いや。
子供たちにはシェナがついている。
彼なら、きっと大丈夫。
私は最後まで、目の前の敵だけに集中しなければ。
「貴方を倒せば、終わ────」
「くははははははは!!!!!!!」
「!?」
突如、賊が狂ったように笑い出す。
その笑い声に、ぞくりと背筋が粟立った。
「生憎、俺ァこんなところでくたばるタマじゃねぇんでなァ」
そう言うと、賊は懐から何かを取り出し、地面へ叩きつけた。
「フハハハハ!! あのポンコツ魔女が持ってた”最終兵器”だ!! まだ試作品らしいが……何かしら使えんだろォ!!」
地面に転がったのは、小さな種だった。
種はまるで意思を持つように土へ潜り込み、十秒も経たないうちに異様な速度で芽吹く。
茎は瞬く間に伸び、大人よりも遥かに巨大な花へと成長した。
花は蕾をつけると、だらりと茎をしならせ、生き物のようにゆっくり揺れ始める。
(……何、あれ)
禍々しい魔力が肌を刺す。
茎には無数の眼のようなものが浮かび、それぞれがぎょろりと蠢いていた。
気味が悪い。
静まり返った空気さえ、この後訪れる災厄を予告しているようだった。
「……アァ? 花ァ?チッ、なんも起こらねぇじゃねぇか!! 使えねぇ、何が最終兵────」
───その瞬間。花が、咲いた。
「────」
賊の言葉は途中で途切れた。
鮮やかな赤が、夜へ飛び散る。
私は目の前の光景から目を逸らせなかった。
花が───賊を喰らった。
人間の胴体が、まるで果実でも噛み砕くように半分へ食いちぎられる。
骨が砕ける音。肉を裂く音。そして、残骸が地面へ落ちる鈍い音。
賊はこれを、魔女の試作品だと言っていた。
(彼女は……なんてものを造って────)
目の前の惨状と、本能が告げる。
───これは、決して世に出してはいけない。
私はゆっくりと後ずさる。
「────ぁ」
茎に浮かぶ無数の眼。その全てと、目が合った。
逃がさない。
そう言わんばかりに、私だけを見つめている。
(────足が、動かない)
咲いたのは花ではない。口だ。
賊を喰らった血を涎のように滴らせながら、大きく開いている。
────キシャァァァァァッ!!
耳をつんざく咆哮と共に、巨大な茎が私へ襲い掛かった。
「───っ!!」
間一髪で身を翻し、それをかわす。
茎は鞭のように自在に伸縮し、執拗に追いすがってくる。
反射的に魔法を放つ。
炎も、雷も、氷も───効かない。
傷一つ付かない。
(魔法が効かない……!?)
かわしながら必死に思考を巡らせる。
(茎を斬るしかない? でも、剣なんてない。賊の短剣じゃ、この太い茎は切れない。そもそも切れば倒せるの? 逃げる? でも、どこまでが奴の攻撃範囲なのかも分からな────)
その時────ぐらり、と視界が揺れた。
倒れていた賊の亡骸に足を取られる。
思考を優先しすぎて、足元への注意が完全に途切れていた。
体勢が崩れる。
「……っ、まず───」
その隙を、怪物が見逃すはずもなかった。
迫り来る死が、世界をゆっくりと染めていく。
(シェナ────)
次の瞬間にはきっと、私の身体は、跡形もなく喰われていることだろう。
私は、静かに瞼を閉じた。
───────────────────
「……ベリル────好きだ」
───────────────────
結局、返事を告げることは、叶わなかった。
(私も────貴方が)
最愛の人を想いながら、私は静かに、死を受け入れた────その時だった。
「……っ────」
ふわりと身体が浮く。
次の瞬間、頬を打つ疾風。
敵の一撃が届く寸前、私は誰かに抱き抱えられていた。
全身を包み込む、圧倒的な魔力。獣のような禍々しい気配。
───それなのに、この温もりだけは間違えようがなかった。
「シェ……ナ…………?」
恐る恐る瞼を開き、見上げる。
そこには───彼の横顔があった。
「───悪い。待たせちまったな」
「え……。シェナ……っ、その姿……! それに、魔獣化が────」
彼の耳も尻尾も、身体中から溢れる魔力も。
今まで見たことのないほど禍々しい。
それでも彼は、静かに私を地面へ降ろし、穏やかに微笑んだ。
「───ようやく、俺もお前の力になれた」
「シェナ……?」
「───最期に、お前の傍にいられてよかった」
「さい……ご……? 何を言っ────んっ……!」
突然、唇を塞がれた。
後頭部へ優しく添えられる手。
頬を包む大きな掌。
触れるだけでは終わらない、想いを伝えるような深い口づけ。
やがて彼はゆっくりと唇を離し、名残惜しそうに私を見つめた。
「────愛してる」
「っ、待っ────」
私の声を振り切るように、シェナは地面を強く蹴った。
一瞬で花の懐へ飛び込む。
迫る茎を紙一重でかわし、そのまま巨大な茎を両手で掴み締める。
「……ッ!!」
筋肉が軋み、腕が膨れ上がる。
そして───力任せに、引きちぎった。
────キシャァァァァァアアアアアッ!!
怪物は断末魔を響かせる。
ちぎれた茎から黒い液体が噴き出し、その巨体はみるみる枯れ果てていった。
(すごい……! 一撃で……あんな怪物を────)
「シェナ……!」
私は彼の元へ駆け出した。
雲へ隠れていた大きな月が姿を現し、銀色の光が私たちを照らす。
長く伸びた二つの影。
「シェナ────」
私の声に、彼がゆっくり振り返る。
その瞳を見た瞬間、息が止まった。
「……っ!!」
瞳孔は大きく開き、理性の色は消えかけていた。
喉の奥から低い唸り声が漏れる。
「グルルルル……」
獣のような鋭い眼差しが、私を捉える。
その姿はまるで───獲物を見つめる魔獣だった。




