【シェナ5-6】陽気な魔女
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───ポチャン。
──────ポチャン。
天井から滴る雫だけが、牢の中に静かに響いていた。
「大人しくしてろよ」
口元の布と目隠しは外されたものの、手足を縛る縄までは解かれないらしい。
(……まあ、関係ないけれど)
シェナは運ばれている途中で意識を失ったようで、真っ赤な顔のまま浅い呼吸を繰り返している。
(熱……上がってきているわね)
私は彼のそばへ身を寄せながら、周囲を見回した。
牢の中には、私たち以外にも二十人ほどの獣人の子供たちが閉じ込められている。
皆、怯えた表情でこちらを見つめていた。
そして、もう一人。
牢の隅で、黒い枷と幾重もの鎖に拘束されている、瓶底眼鏡の魔女。
(彼女は一体……?)
賊たちが牢を出て行き、足音が完全に遠ざかったのを確認したあと、魔女に声を掛けようとすると────。
「こんばんはー! 新入りさーん!」
「え?」
先に話しかけられた。
しかも、牢に囚われているとは思えないほど明るい声で。
「くっそー! ケモ耳ショタだけでは飽き足らず、今度はどこぞのお姫まで捕まえてきやがったんか、あンの腐れ外道どもー!」
「あの……貴女は? どうして魔女が牢屋に?」
「え、どうしてワタシが魔女だって分かったの!?」
「どうしてって……」
黒いとんがり帽子に、魔導学園卒業の証であるローブ。
どう見ても魔女だった。
「あちゃー、なるほどねぇ。だからいきなり魔封じの枷を付けられたんかー」
「魔封じの枷?」
「そー、この黒い金属のことー。いやぁ参ったよ。獣人の子供たちの匂いにつられて屋敷に忍び込ん───ゲフンゲフン、屋敷へお邪魔したら、そのまま牢屋にぶち込まれちゃってさー。せっかく獣人領から久々にヘリオドールへ帰ってきたっていうのに。あ、ちなみにワタシ、獣人領で魔女をやってまして、ケモ耳愛好会会長です! よろしくー!」
「……情報量が多すぎるわ」
思わず額に手を当てる。
「ええと、まず確認させて。この牢は、どこかの屋敷の地下なの?」
「そだね。奴隷商のハゲオヤジが持ってる屋敷」
「それで……貴女は子供たちを助けようとして捕まったの?」
「そだね! あ、決してこのケモ耳パラダイスに見惚れてたら捕まったとか、そんな間抜けな理由じゃないからネ! HAHAHA!」
「……そんな理由だったのね」
「えーん! 『こんなのが魔女だなんて信じられない……』って目で見ないでヨー! ワタシの専門は魔術具開発なんだから! 戦闘はからっきしなの!」
「魔術具……もしかして、賊が身につけていた紫色のペンダントって────」
「もちろんワタシの私物です!(奪われちゃったケド!)王宮魔導師から依頼されて作った特注品なの! 効果は王宮魔導師お墨付き!(奪われちゃったケド!)」
「……身をもって性能は実感したわ」
(優秀なのか、そうじゃないのか判断に困るわね……)
私は小さく息を吐くと、自分の手足を縛る縄へ火魔法を走らせた。
縄は一瞬で焼き切れる。
そのままシェナ、そして子供たちの縄も次々と断ち切っていった。
「えぇ!? お姫も魔法使いなの!? 今の無詠唱!? スゴッ!?」
「ベリルよ。ベリル・エーデルシュタイン。貴女、魔導学園の卒業生なのでしょう? 私の制服で分からなかったの?」
「えっ、今の制服そんな感じなの!? ワタシがいたの十年以上前だから、もっと地味だったヨー」
「へぇ……そんなに年上には見えなかったわ」
「フフン。学園時代から若返り魔法を研究してましてネ。知りたい? 知りたい!?」
「今はいい」
「えー」
「それより、まずはシェナの熱をどうにかしないと。それから脱出方法を考えましょう」
(この人と話していると調子が狂うというか……牢屋にいる緊張感がなくなるわね)
私は魔女の黒い枷にも魔法を当てる。鈍い音を立て、枷は砕け散った。
「わーお! ありがとー! ……で、そのシェナって将来イケメンになりそうなショタのこと?」
魔女はしゃがみ込み、シェナをじっと観察する。
「……ふむ。その子の熱、多分治癒魔法じゃ下がらないよ」
「……どうして分かるの?」
「ただの発熱じゃないから! 狼獣人にはたまーにいるんだよね。月の力で体内魔力が急激に増えちゃう子。特に今日みたいな満月は影響が強くて、ちゃんと処置しないまま何年も放っておくと……大抵、自分の魔力に呑まれて魔獣化しちゃう」
「魔獣化!?」
「あ、その子は大丈夫。ちゃんと処置されてるみたいだし! ……あ、助けてもらったお礼に、その熱、ワタシが何とかしてあげよっか?」
「……できるの?」
「これでもケモ耳愛好会会長なんでネ! 同じ症状の狼獣人、何人も診てきたから! まっかせなさーい!」
「……っ…………っ…………」
苦しそうに呼吸を繰り返すシェナ。
以前看病した時より、明らかに症状が重い。
私はそっと彼の額へ手を添えた。
「……シェナの苦しみが和らぐのなら。────お願い」
「うん、任せて。どれどれ〜………………ん? ムムム?よく見たらこの子、なんか見覚えが────」
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《side シェナ》
────熱い。
身体が、内側から焼かれていく。
溢れ出そうとする熱を、必死に押さえ込む。
この熱だけは、外へ出してはいけない。
理由は分からない。それでも、本能が警鐘を鳴らしていた。
……まただ。
また俺は、ベリルを守れなかった。
交流祭で、あいつを一人戦場へ送り出した時も。
俺は、ただ見ていることしかできなかった。
あの時、嫌というほど味わった無力感を───俺は、いつまで繰り返すつもりなんだ。
本当は、誰より近くで、あいつを守りたかった。
────あいつの隣に、立ちたかった。
人間だから。
獣人だから。
貴族だから。
平民だから。
そんなものは関係ないと───誰かに証明したかった。
俺のくだらない価値観を、あいつが壊してくれたように。
あいつが俺に、『良い人間』もいるのだと、証明してくれたように。
今度は俺が、誰かに証明したかったんだ。
……それなのに。
俺はまた、何もできなかった。
守るどころか、守られて。足を引っ張って。
俺は、この先も───ベリルの隣にいていいのか?
────お前の力になりたい。
俺は、ベリルの隣で胸を張って歩けるか?
────お前と、対等でありたい。
相反する想いが何度も胸の中でぶつかり合い、心を掻き乱していく。溺れてしまいそうなほどに。
そんな俺を、いつも救ってくれるのは────
『シェナも────何かを自由に、好きになっていいんだからね』
いつだって、お前の言葉なんだ。
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