【シェナ5-4】獣人誘拐事件
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───理事長室にて。
私たちに、ギルドから新たな依頼が舞い込んできた。
「───獣人の子供の誘拐事件……?」
思わず聞き返すと、理事長ゲルドはこくりと頷く。
「ああ。ここ最近、獣人の子供を狙った賊の襲撃が多発している。おそらく、新たな〝獣人法〟の制定を前に、他国へ売り払うためだと考えられる」
「……っ、くそ野郎共が」
怒りを露わにするシェナを横目に、セシアンは「えーと」と口を開く。
「新たな獣人法って、あれだろ? 王国内にいる全ての獣人に、国が対奴隷紋を付与するってやつ」
それに続き、ラルドも「なるほど」と腕を組んだ。
「予め対奴隷紋の術を施しておけば、新たに奴隷紋を刻まれても、その効力は無効化される。つまり、王国内の獣人が強制的に奴隷へ落とされる悲劇を防ぎ……奴隷制を認める他国へ売られる危険性も大きく減るというわけか。───考えたな、ルデン」
「あっ、そっか。この法案を上に通したのってルデンなんだっけ!?」
ルデンは以前から、獣人を奴隷として扱う違法貴族の摘発に尽力していた。
奴隷紋を刻まれれば、本人の意思とは関係なく術者の所有物となり、主人には逆らえなくなる。
奴隷紋には、それほど強力な拘束力がある。
違法貴族たちは、その奴隷紋を刻んだ獣人を「使用人」と偽り、無償で酷使してきた。
奴隷制が廃止された今なお、その悪事を続け、長年法の網を潜り抜けてきた者も少なくない。
そんな者たちから、一人でも多くの獣人を救いたい。
その想いから生まれたのが、この法案だった。
(考えるだけじゃなく、本当に実現させてしまうなんて……ルデンは、本当に凄い人だわ)
「……でも、懸念もあったんだ。それが今回みたいな事例。法が施行される前に───対奴隷紋を刻まれる前に獣人を攫い、国外へ売る。そうすれば奴隷商は最後に一儲けできる。僕たちも、その可能性は危惧していた。だから国境周辺の警備はかなり強化していたんだけど……まさか王都近郊まで手を伸ばしてくるとは。今回の件は、僕の見込みが甘かった」
「……ルデンのせいじゃねぇだろ。やれることは全部やってたじゃねぇか。実際、王都周辺の警備も前よりずっと厳しくなってた。それでも事件が起きたってことは、それだけ向こうも追い詰められてるってことだ。胸糞悪ぃ話だけどな」
「……そうですね。この警戒網の中で、獣人の子供を何人も連れ、国境まで移動するのは非常に危険です。それでも実行しようとしている以上、彼らも相当焦っているのでしょう」
「そもそも……どうして子供ばかりを狙うのかしら?」
「子供の方が攫いやすく、運びやすいという理由もあるだろうけど……一番大きい理由は」
ルデンは言いながらチラリとゲルドに視線を移す。
ゲルドは「さすがだな」と息をついた。
「……君の想像通りだ。子供の方が長く利用できるからだよ」
「長く利用?」
「苦労して手に入れた奴隷が二十年働けるのと、四十年働けるのでは、誰だって後者を選ぶ。子供の方が需要も高く、値も付くということだ」
「…………っ」
怒りで、胸の奥から魔力が溢れそうになる。
(命を……何だと思っているの)
「───ベリル」
シェナがそっと肩に手を置いた。
「……分かってるわ。ここで怒っていても何も変わらない。捕まった子供たちは、必ず助け出す」
「あぁ!」
力強く頷くシェナに、私も頷き返した。
「子供たちを国境まで運ぶにしても、一度に大人数を移動させるのはリスクも高くなるわよね。それに、仮に今国境まで辿り着けたとしても、この辺り以上に厳重な警備を突破して国外へ出すのは難しいはず。……となると、一度どこかへ子供たちを隠し、法の制定後、警戒が落ち着いた頃を狙って国境を越えるつもりじゃないかしら。その頃には奴隷の価値も、今より高くなっているでしょうし」
希少になれば、人はより強く欲しがる。
そうなれば需要はさらに高まり、法外な値でも買う貴族は現れるだろう。
私の考察に、ゲルドも頷く。
「さすがだね、ベリル。私も同じ考えだ。そこで、賊が潜伏していそうな場所をいくつかこちらで絞り込んでみた。ギルドの冒険者も既に確認へ向かっている。君たちには残った候補地を調べてもらいたい」
そう言うと、ゲルドは地図へ印を付けた。
「衛兵を同行させる。ルデン、レドは北へ。セシアン、ラルドは南へ向かってくれ」
「俺とベリルは?」
「君たち二人は街で情報収集を。街中で獣人の子供が狙われた以上、賊がまだ潜伏している可能性は高い。そのまま尾行できれば、潜伏先を突き止められるだろう。ただし、大人数では動かない。人数が多ければ相手に警戒されるからね。君たちの実力なら賊に遅れを取ることはないと思うが、念のため我らが最大火力であるベリルと、対人戦に最も長けたシェナを組ませる。……二人とも、任せてもいいかい?」
「あぁ、任せろ!」
「私も、問題ありません」
「ありがとう。それから全員に伝えておく。なるべく慎重に行動し、少しでも危険を感じたら即座に離脱すること。奴らにとって誘拐した獣人は大切な商品だ。だから商品を傷付けることはないだろう。……だが、私たちは違う。敵と判断されれば容赦なく攻撃してくるはずだ」
「もし賊と戦闘になった場合、相手の生死はどのように扱いますか?」
レドの鋭い問いにも、ゲルドは曖昧にせず、はっきりと告げる。
「───敵の生死は問わない」
部屋の空気が一瞬で張り詰める。
「……けれど、私としては敵の処理はギルドの冒険者へ任せてほしい。君たちはまだ学生であり、王宮魔導師ではない。だから、自ら進んで手を汚す必要はない────そう言いたいところだが……危険な場所へ送り出す私が言える立場でもないね」
誰も口を開かなかった。
「自分の命を守るため。あるいは、守るべき誰かのためならば、迷わず力を振るいなさい。ただ───人の命を奪うということ────そして、一度その引き金を引けば、二度と手を下す前の自分には戻れないということだけは……決して忘れないでほしい」
その言葉の重みを胸に刻み、私たちは静かに頷いた。




