【シェナ5-1】獣人兄妹
シェナルート 第五章
交流祭が無事に幕を閉じてから────。
ギルドの依頼も徐々に通常通りの量へ戻り、再び忙しい日々が始まっていた。
交流祭の期間中に滞っていた依頼を片付ける必要もあり、この数日は特に慌ただしく感じる。
それでも、昨日ようやくダイヤモンドの仕事に一区切りがついた。
そのおかげだろう。
今日は理事長から、久しぶりの休日をもらえた。
───というわけで。
せっかくの休みを家で過ごすのももったいなくて、私は久々に街まで足を運んでいた。
(とはいえ、何か目的があって来たわけではないから……どこへ行こうかしら。今日はアッシュもいないし)
適当に店を覗きながら歩く。
目的のないウィンドウショッピングも、たまには悪くない。
あちこち見て回っているうちに、気が付けば街の東門近くまで来てしまっていた。
(ずいぶん遠くまで来てしまったわね)
中央通りへ戻ろうと踵を返しかけた、その時だった。
ふと、少し先を歩く二人の子どもが目に入った。
頭にはぴんと立った大きな耳。
そして、左右にゆらゆらと揺れる立派な尻尾。
(……誰かに似ている)
獣人の兄妹だろうか。
二人は小さな紙切れを握り締め、何度も辺りを見回しながら道の端を歩いている。
一目見ただけで、この街には慣れていないことが分かった。
(初めてこの街へ来たのかしら。迷子にならなければいいのだけれど……)
少し心配になり、そのまま様子を見守っていると、一人の大柄な男が兄妹へ声を掛けた。
「…………」
男は人当たりの良さそうな笑顔を浮かべながら近付いていく。
最初こそ警戒していた兄妹だったが、その笑顔に安心したのか、手にしていた紙を見せながら何かを尋ねているようだった。
男は紙を確認すると、人気の少ない路地の方を指差し、そのまま二人を先導するように歩き始める。
「…………」
───怪しい。
あまりにも、怪しすぎる。
あの路地の先に、子どもたちの目的地があるとは思えなかった。
そのまま進めば外周をぐるりと回り、街の外へ抜けられる道だ。
まさか白昼堂々、この街で人攫いが行われるとは信じたくない。
それでも────。
(……私の杞憂なら、それでいい)
胸騒ぎを振り払えず、私は気配遮断の魔法を発動させる。
そして、男と獣人の兄妹の後を、静かに追い始めた。
───────────────────
「う”っ……!!」
「お、おじさんっ! 何するの!? アルを蹴らないで!!」
「心配すんなァ! 殺しゃしねーよ!テメェらは大事な商品なんだからなァ!!」
男の後を追って路地へ入ると、そこではすでに騒ぎが起きていた。
獣人の女の子は、蹴り飛ばされた兄を庇うように前へ飛び出す。
「やめて……ッ! アルッ───!」
「うるせぇぞ、ガキッ!! 大人しくしやがれッ!!」
「きゃあっ!!」
男は少女の尻尾を乱暴に掴み、そのまま壁へ向かって投げ飛ばした。
「……っ!!」
咄嗟に浮遊魔法を発動する。
少女の身体はふわりと宙に浮き、そのままゆっくりと地面へ降ろされた。
「……よかった、間に合った」
男は一瞬驚いたように目を見開いたが、私が女一人だと分かると、馬鹿にしたように鼻で笑った。
「アァ? なんだ、テメェ」
そんな男を一瞥することもなく、私は少女の元へ駆け寄る。
(怪我は……なさそうね)
視線を兄の方へ向ける。
(お腹を押さえてはいるけれど……睨み返す気力は残っている。ひとまず命に別状はなさそう)
「大丈夫? 立てるかしら?」
「……っ」
少女は怯えたように自分の尻尾を抱き締め、小さく震えていた。
突然見知らぬ男に襲われたのだ。怖くないはずがない。
「う……メリア……ッ」
(……女の子は、メリアちゃんというのね)
「メリアちゃん。驚かせてしまってごめんなさい。一つだけ聞かせて。この男は、知っている人?」
メリアは勢いよく首を横に振った。
「そう。じゃあ───今から二人を助けてもいいかしら?」
「……人間が……助けて、くれるの……?」
(……人間が、か)
その一言に胸が少しだけ痛んだ。
「……お願い。アルを助けて……っ、お姉ちゃん!」
「ええ───任せて」
「アァ? 何言って───」
「邪魔」
「グァッ!!?」
男がメリアにしたように。
私は躊躇なく男を魔法で吹き飛ばし、壁際へ叩きつけた。
死んではいないだろう。
けれど、骨の二、三本は折れたはずだ。
「…………」
「……す、すごい……。お姉さん、一体何者───」
「まだ奥に二人残ってる」
「え?」
「オ、オイッ!! 何事だァ!? 奴隷が逃げたか!?」
「な、仲間がやられてるッ!! 女ァ! やったのはテメェかァ!?」
路地の奥から、二人の男が慌てて駆け寄ってくる。
私は静かに魔法を発動し、二人の進路へ薄く氷の膜を張った。
「あイタァッ!?」
「ゥアッ!!?」
見事なくらい綺麗に足を滑らせ、二人は勢いよく転倒する。
(……なんて間抜けな光景なのかしら)
「……ぷっ」
「あははっ……あっ」
思わず笑ってしまったことに気付いたメリアは、慌てて両手で口を押さえた。
アルも肩を震わせながら必死に笑いを堪えている。
その隙に私は二人をまとめて氷漬けにした。
こうして路地には、見事にひっくり返った人間の氷像が二体完成した。
(……この近くに人の気配はないわね)
どうやら賊は三人組だったらしい。
「よし。もう大丈夫よ」
「アル……っ!!」
「メリア……!」
兄妹は互いの無事を確かめ合うように抱き締め合った。
「二人とも、大丈夫?」
私はしゃがみ込み、二人と目線を合わせる。
「えっと……アルくん、と呼んでもいいかしら? その膝の擦り傷と、お腹の痛み、治してもいい?」
「……うん」
「ありがとう。少し触るわね」
一言断ってから、私はアルへ治癒魔法をかける。
専門の治癒師ではない私でも、この程度の怪我なら造作もない。
淡い光が傷を包み込むと、擦りむけた膝は瞬く間に元通りになっていった。
「わ、すごい……」
「もう痛みはない?」
「うん……! ありがとう、人間のお姉さん!」
「ふふ、どういたしまして」
ぴくぴくと嬉しそうに動く耳。ぶんぶんと大きく揺れる尻尾。
(……可愛い)
思わず頬が緩んでしまう。
「……人間のお姉ちゃん。この人たち、死んじゃったの……?」
「いいえ。ちゃんと生きているわ」
私は氷漬けになった男たちへ視線を向ける。
「裁きを下すのは、私の役目ではないもの。だから……今はこれで我慢してくれるかしら?」
「うん、大丈夫だよ」
「ありがとう」
私は優しく微笑み、二人の頭をそっと撫でた。
「とりあえず、ここを出ましょうか。門の近くにいた衛兵さんたちに、この人たちを引き渡さないと」
「うん!」
兄妹を連れて路地を出る。
事情を説明すると、門番の衛兵たちはすぐに数名を呼び寄せ、男たちの確保へと向かった。
これで、後のことは彼らに任せれば大丈夫だろう。




