【ラルド5-9 HAPPYEND√】ヒーロー
ラルドルート 【HAPPYEND】
条件:ラルドの好感度が50以上であること。
【HE√】
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反射的に顔を背け、ぎゅっと目を瞑った。
その時────。
「呼んだか?」
聞き慣れた声が、すぐ近くで響いた。
「────え、」
「……は────ぐぁっ!!?」
────ドカッ!
盛大な音と同時に、私の身体へ圧しかかっていた重みが消えた。
「ゔ……っ、痛……ぅ」
離れた場所から、クォーツの苦しげな声が聞こえる。
恐る恐る目を開けると、そこには、見慣れた背中があった。
「……え、ラル……ド……? なん……で……」
声がうまく出ない。
現実なのかどうかさえ分からず、ただ呆然とその姿を見つめる。
ラルドはすぐに私の傍へ膝をついた。
「待たせてすまない……起きられるか?」
背中へ手が回る。
壊れ物に触れるような、あまりにも優しい手つきだった。
支えられるまま身体を起こす。
「あり……がと……ぁ、あれ……?」
床へ足をつこうとした瞬間、膝から力が抜けた。
「ごめんなさ……足に、力が……っ……」
「ベリル、もう大丈夫だ」
ラルドはすぐに身体を支え直した。
「……落ち着け、そのままでいい。遅くなって悪かった……もう少しだけ、待てるか?」
私は俯いたまま、何度もこくこくと頷いた。
声を出そうとしても、喉が震えるばかりで何も言えない。
そんな私を安心させるように、ラルドは私を、そっと抱きしめた。
胸元から伝わる体温と、確かな鼓動。
それに触れた瞬間、張り詰めていたものがほどけていく。
彼は私の背中をゆっくり撫でたあと、名残惜しそうに身体を離し、優しく頭へ手を置いた。
「……ってーなぁ」
壁際から、苛立った声が飛んでくる。
「……兄さん、なんでいんの? ていうか、首根っこ掴んで放り投げることなくない? 頭打ったんだけど……」
クォーツは頭を擦りながら、壁へ寄りかかるように座り込んでいた。
乱れた髪を直しながら、さも不満そうにラルドを見上げている。
ラルドはゆっくりと立ち上がった。
そして────
「────何をしようとしていた?」
「……っ」
息が止まる。
聞いたことのない声だった。
低く、重い。怒りを押し殺しているからこそ、かえって凄みを増した声。
ラルドの纏う空気が、ひりひりと肌を打つ。
その背中から滲み出るものは、クォーツに対する、明確な殺気だった。
「……はぁ」
それでもクォーツは、怯むどころか面白くなさそうに息を吐いた。
「あと少しで兄さんの絶望した表情が見られると思ったんだけどなぁ? まさか、兄さん本人に邪魔されるなんて」
壁へ背を預けたまま、口元を歪める。
「部屋に入ってきたの、全然気が付かなかったや」
「────貴様が俺を気に食わないのならば、それで構わん」
ラルドの声は静かだった。
けれど、その静けさの奥にある怒りは、少しも隠せていない。
「だがな、ベリルを巻き込むことだけは断じて許さない」
一歩、ラルドがクォーツへ近づく。
「────二度と彼女に近付くな」
「────はぁ?」
クォーツは一瞬ぽかんとしたあと、堪えきれないように笑い出した。
「はっ、兄さんごときがオレに命令すんの? あははっ、笑えるんだけど!」
嘲るような笑い声が、部屋に響く。
「アメシス家に飼われた犬のクセにさぁ!」
「……」
「ていうか、その女、兄さんのじゃないんでしょ?」
クォーツは私へ視線を向けた。
その瞬間、ラルドの立ち位置がわずかに変わる。私をその視線から隠すように。
「この前会った時、言ってたじゃん。どーいう風の吹き回し? そーやって庇っちゃってさぁ、王子様ごっこでもやってんの?」
「ベリルは誰のものでもない」
ラルドは即座に言い切った。
「……あの時はまだ、かろうじて自分の感情を押し殺すことができていた」
その声には、先ほどまでとは違う苦しさが混じっていた。
「それに、また例のごとく、俺を動揺させるためのデタラメだという可能性もあったからな」
一度、言葉を切る。
「……だが本当に、貴様との縁談が進むと知って、理性が保てなくなった」
「……!」
胸が大きく跳ねる。
「ベリルが自ら望んで縁談話を受けたとしても……彼女がお前と一緒になることを想像したら、どうしても我慢ならなかった」
ラルドの横顔は、真剣だった。
「────だから、俺はここに来た。貴様との縁談をやめさせるために」
「……うそ…………」
声が、震えた。
「だって、ラルドが彼に、私のことを勧めた、って……」
「そんなこと……誰がするか」
ラルドが勢いよく振り返る。その瞳に、迷いはなかった。
「例え、ルデンたちにだって、お前を譲ることはできない!」
「……っ!」
息を呑む。
(そんな……それじゃあまるで、私を────)
その先を考えるだけで、胸が熱くなる。
「はぁ……」
クォーツが、心底面倒そうに息を吐いた。
「そーいうのホント面倒なんだけど」
再び立ち上がりながら、服についた埃を払う。
「そもそもいいの? オレにこんなことして」
その口元には、また嫌な笑みが浮かんでいた。
「正直、この縁談は兄さんの大切なモノを壊すために計画したことだけど、父さんは真面目にオレの婚約者探しをしてるからね?」
「……」
「次期当主であるオレの縁談に横槍入れるなんて馬鹿な真似────父さんが知ったらどうなるかなぁ?」
愉快そうに首を傾げる。
「父さんは兄さんを許さないと思うけど? 既に無い立場が、さらに悪くなるよねぇ!」
「そんな……」と、思わず声が漏れた。
(私のせいで……ラルドの立場が危うくなるなんて)
胸が締め付けられる。
(そんなの……そんなの駄目!)
「ラ、ラルド……っ、私────」
「アハハッ」
クォーツが、私の反応を見て嬉しそうに笑う。
「兄さんと違って、ベリルはホント良い表情するよねぇ!」
目を細め、愉快そうに続ける。
「オレ、やっぱ君のこと好────」
「黙れ」
ラルドの声が落ちた。
「ぐぁ……ッ!?」
次の瞬間、ラルドは一気にクォーツの懐へ入り込んでいた。
躊躇なく振り抜かれた拳が、彼のみぞおちへ深くめり込む。
鈍い音が響いた。
「…………………………な、」
何が起きたのか……理解が追いつかない。
クォーツは短い呻き声を上げ、苦しそうに顔を歪めながら、その場へ膝をついた。
「かは……っ、ゔ……て、め――」
「もうこれ以上、貴様と話をしていても無駄だ」
ラルドは冷たく見下ろした。
「しばらく寝てろ」
クォーツは憎々しげにラルドを睨みつける。
けれど、次の瞬間には身体から力が抜け、そのまま床へ倒れ込んだ。
しばらく様子を見ていたが、起き上がる気配はない。
どうやら、本当に気絶したらしい。
「……はぁ」
ラルドはようやく肩の力を抜いた。
「やっと静かになったか。相変わらず口の減らない奴だな」
「なっ、ど、どうして!」
思わず声を上げる。
「あぁ、魔法を使う者は接近戦に弱いからな」
ラルドは何でもないことのように答えた。
「魔法だとこいつには敵わんが、物理的な戦闘は俺の方が得意で────」
「じゃ、じゃなくて!!」
思わず遮る。
「こんなことをしたら……ラルドの立場が悪くなってしまうわ……! それなのに、どうして……」
「ふっ」
ラルドは、少しだけ笑った。
「そんなことはどうだっていい」
「どうだっていいって……」
「あのままだと、あることないこと、お前に吹き込みそうだったからな」
「でも……」
「そんなことより、」
ラルドは私の前へ戻ってくると、再び膝をついた。
「もう大丈夫か?」
先ほどまで殺気を纏っていたとは思えないほど、優しい声だった。
「すまない。不安な目に遭わせて……」
彼はそっと手を伸ばし、私の手を、両手で優しく包み込んだ。
「……震えている」
ラルドの両手に包まれたまま、自分の指先が小さく震えていることに気づく。
「怖かったよな……。お前が無事で……本当によかった」
その声を聞いた瞬間、張り詰めていた糸が、音もなく切れた。
「……っ、ラル……ド!」
胸の奥から、恐怖と安堵が一気に押し寄せてくる。
「ラルド……っ!」
堪えきれず、その胸へ飛び込んだ。
ラルドは驚いたように息を呑んだものの、すぐに私の身体へ腕を回してくれた。
強く……けれど、少しも苦しくないように。
まるで、ここにいるのだと確かめるように抱きしめてくれる。
次々と溢れてくる涙を、彼の長い指がそっと掬った。
「もう大丈夫だ」
その一言に、また涙が零れる。
ラルドはもう一度、私を強く抱きしめた。
それから、足に力が入らないままの私を軽々と抱き上げる。
ラルドは気を失ったままのクォーツへ一瞥もくれず、応接室を後にした。




