【ラルド5-8】クォーツ・アメシス
※次回エピソードで【エンドルート】の分岐があります。
会話の内容が変化するため、目次から
【好感度が50以上ある場合はハッピーエンドルート、50以下の場合はバッドエンドルート】
のシナリオ(エピソード)に飛んでください。
《Sideベリル》
────結局。
ラルドに事情を聞けないまま、縁談の日を迎えてしまった。
実家から送られてきた余所行きのドレスに身を包み、私はアメシス家へ向かう馬車に揺られている。
窓の外を流れていく街並みは穏やかなはずなのに、その景色を眺める余裕はなかった。
膝の上で重ねた両手には、知らず知らずのうちに力が入っている。
ここのところ、ラルドの様子はさらにおかしくなってしまった。
いいえ、“おかしい”なんて曖昧な言葉では片付けられない。
彼は明確に……私を避けている。
学園で顔を合わせても、以前のように穏やかに微笑んではくれない。
視線が交われば、ばつが悪そうにすぐ逸らされてしまう。
何か話しかけようとしても、まるで逃げるようにその場を離れてしまうことさえあった。
(やっぱりこの縁談は、ラルドのご両親が決めたこと……なのかしら)
そう考えれば、全て辻褄が合う気がした。
少なくとも、ラルド自身はこの縁談に前向きではない。
そうでなければ、あんな風に私を避ける理由が思いつかなかった。
(一度縁談のお話に了承してしまった手前、やっぱりこの縁談はなかったことに、なんて……私から言える立場ではないから、結局この日を迎えてしまったわけだけれど……)
本当なら、もっと早く話し合うべきだった。
けれど、その機会は何度も逃してしまった。
私が躊躇っているうちに今日という日が来てしまい、今さら引き返すこともできない。
馬車は一定の速度で石畳を進み続ける。
やがて窓の向こうに、立派な門と広大な屋敷が見えてきた。
アメシス家の屋敷だ。
その姿が近付くにつれて、胸の奥がざわざわと落ち着きを失っていく。
鼓動が速くなり、息苦しささえ覚えた。
(やっぱり、断ればよかったかしら……)
もしラルドが、この縁談を望んでいないのなら、私から断りを入れよう。
そうすれば、彼を困らせずに済む。
家の事情に振り回され続けている彼へ、これ以上負担をかけたくはなかった。
……いや、彼のことだ。
きっと私が何かを言うより先に、自分から断りを切り出すだろう。
そうしたら────私は、この想いを伝えることさえできないまま、終わってしまう。
「それは……嫌、だな……」
ぽつりと零れた独白は、馬車の車輪が石畳を打つ音に、静かに掻き消されていった。
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「やぁ、待っていたよー! 君がエーデルシュタイン嬢だね? 息子から交流祭での活躍を聞いているよ。遥々学園からお越しいただいて申し訳ない。此度は息子との縁談を受けてくれて感謝するよ」
「いえ……お話、ありがとうございます」
応接室へ通されて間もなく、アメシス家の当主はにこやかな笑みを浮かべて私を迎え入れた。
「いやいや。それにしても聞いていた以上に美しいご令嬢だ。まるでドールのようで……息子が一目惚れしてしまうのも無理はない! はっはっは」
「……ありがとうございます」
当主の言葉に、少しぎこちない笑みを返す。
(この方が……ラルドのお父様)
柔和な表情も、朗らかな口調も、ラルドとはあまり似ていない。
顔立ちにも、これといって共通するところは見当たらなかった。
(ラルドはお母様似なのかしら?)
そう考えかけたところで、先ほどの言葉がふと胸に引っかかる。
(……て、今、一目惚れだと言った……?)
初めて会った時も、一番最初にギルドの依頼をこなした時も、ラルドにそんな様子はなかったように思う。
むしろ最初の頃は、どこか一線を引くような態度を取られていたくらいだ。
小さな疑問を抱いたまま、当主へ視線を戻す。
「待たせてしまって悪いね、もうそろそろ来るはずなんだが────」
その言葉を待っていたかのように、応接室の扉ががちゃりと音を立てた。
「おぉ、噂をすれば────」
「すみません、お待たせしてしまって」
「……?」
扉の向こうから姿を現した青年を見て、思わず首を傾げる。
ラルドではない。年齢は近そうだが、見覚えのない人物だった。
「クォーツ、ご令嬢をお待たせするものではない! 申し訳ない、エーデルシュタイン嬢。息子の非礼、お詫びする」
「……え、あ……いえ、それは構いませんが……」
(息子……ということは、ラルドのご兄弟?)
兄弟がいるという話は聞いていた。
(もしかして、義理の弟さん、かしら……?)
青年────クォーツは、私の戸惑いなど気にも留めていない様子で、親しげな笑みを浮かべた。
「ごめんね、父さん。ベリル嬢も。君に会うことを楽しみにしていたばかりに、少し気合いを入れすぎてしまったみたいだ」
そう言うと、クォーツは当然のように私の手を取った。
止める間もなく、手の甲へ唇が触れる。
貴族の挨拶として、決して珍しいものではない。
けれど、初対面の相手に向けるには、どこか距離が近すぎるように感じた。
胸の奥に、微かな違和感が芽生える。
「はっはっは、息子は相当貴女に惚れ込んでいるようでして。では、後は若い二人に任せるとしましょう! ベリル殿、どうかゆっくりして行ってください。クォーツ、くれぐれも失礼のないようにな」
「もちろんだよ、父さん」
「え、あの……!」
呼び止める間もなく、当主は足早に応接室を出て行ってしまった。
ぱたん、と扉が閉まる。
広い室内に取り残されたのは、私とクォーツの二人だけだった。
(ど、どういうこと……?)
閉ざされた扉と、目の前の青年とを交互に見つめる。
(私との縁談は、〝次期当主〟のはずじゃ────)
混乱する私をよそに、クォーツは悠然と口を開いた。
「それじゃあ、まずは自己紹介から。初めまして、ベリル・エーデルシュタイン様。オレはクォーツ・アメシス。あぁ、ベリルとお呼びしても? オレのこともクォーツと呼んでくれて構わないよ」
「……あの、ラルド……さんはどちらにいらっしゃるのでしょう? 此度の縁談のお相手は、次期当主様だと伺っているのですが」
努めて冷静に尋ねる。
するとクォーツは、一瞬きょとんとした顔をしたあと、堪えきれないとでもいうように笑い出した。
「ラルド? 君は……ラルド兄さんがアメシス家の次期当主だと思ってるの?」
「あははっ」と肩を揺らす。
「なるほどね。君は兄さんが相手だと思って縁談を受けたんだ。残念だけど、アメシス家の次期当主は、ラルドではないよ」
「……!」
頭の中が真っ白になった。
(そんな……次期当主は、ラルドではない?)
本来ならば、次期当主というのは長男が継ぐものである。
ましてや、目の前のクォーツは義理の弟。
アメシス家と血の繋がりのない義弟が、なぜ────。
そこまで考えて、はっとする。
(待って……)
私は、勝手に思い込んでいただけなのではないだろうか。
ラルドとクォーツ。アメシス家と血縁関係があるのは────果たして、どちらなのだろう。
「兄さんはアメシス家の養子なんだ」
クォーツは、まるで何でもないことのように告げる。
「だから、ラルドが家を継ぐことは、万に一つもありえない」
笑顔で言い放たれたその言葉に、胸の奥がひやりと冷えた。
兄を「あれ」と呼ぶ。そこには家族への情どころか、ひとりの人間として扱う気さえ感じられなかった。
彼の笑顔は、とても嫌な感じがした。口元は笑っているのに、目の奥には温度がない。
縁談の相手がラルドではないのなら、私がここにいる意味はない。
(……クォーツ様には悪いけれど、事情を話してさっさと帰りましょう)
私は一度息を整えてから、静かに口を開いた。
「……少々、勘違いしていたようです。……申し訳ありません。クォーツ様のおっしゃる通り、私はお相手がラルドさんだと思っていたので、今回のお話をお引き受けしたのです。なので、貴方とは────」
「まぁまぁ、せっかく来てくれたんだし、もう少しゆっくりしていってよ」
こちらの言葉を遮るように、クォーツは笑う。
「それに、せっかく兄さんがオレに君を紹介してくれたんだ。オレも君と話をしてみたかったし。ね?」
「え……ラルドが、貴方に私との縁談を……勧めたのですか……?」
自分の声が、ひどく頼りなく響いた。
胸の奥で、嫌な予感が膨れ上がっていく。
「……ふふ、そうだよ。兄さんは、オレと君が結ばれることを応援してくれているんだ」
「……っ、……そう……なの…………」
それだけを声にするので、精一杯だった。
喉の奥が詰まり、うまく息ができない。
俯けば、涙が零れてしまいそうだった。
だから私は、視線を落とさないよう必死に耐えた。
ラルドは、この縁談を望んでいなかった。
それどころか、私を、自分の弟へ勧めた。
その事実が、胸の中へ重く沈んでいく。
そんな私を見て、クォーツは心底面白くなさそうに息を吐いた。
「へぇ、君もそーいう表情するんだ。まさかとは思うけど、あいつのこと好きとか言わないよね?」
「…………っ」
答えられなかった。
けれど、その沈黙だけで十分だったのだろう。
クォーツの目が細められる。
「……ふーん?」
次の瞬間、クォーツの手が伸び、私の顎を掴んだ。
「っ……!」
強引に顔を上げさせられ、無理やり視線を合わせられる。
逃げようとしても、指先に力を込められ、顔を背けることすらできない。
「あいつのことなんて忘れて、オレにしときなよ?」
そのまま身体を押される。クォーツが覆いかぶさり、背中がソファーへ沈み込む。
ぎしり、と軋む音が静かな室内に響いた。
突然奪われた自由に、本能が警鐘を鳴らす。
それでも、動揺を悟られまいと声を押し殺す。
「……何のつもりかしら?」
「へぇ、ちょっとは動揺すると思ったんだけどなぁ。もしかして慣れてる? こーゆーの」
「……いくらラルドの義弟でも、許容できることとできないことがあるのだけれど」
冷たく言い放っても、クォーツは少しも怯まない。
むしろ、面白いものでも見つけたかのように目を輝かせた。
「ねぇ、あいつのどこを好きになったの? 君も物好きだね、あんな出来損ないに好意を持つなんてさ」
「出来損ない……ですって?」
胸の奥で、怒りが弾けた。
「あはっ、知ってる? あいつの魔力量って、オレらの半分もないんだよ? なのにさぁ、馬鹿みたいに足掻いて、こっそり努力とかしちゃって……ホント見てて痛々しいっつーか、あんなのが兄を名乗ってるとか恥ずかしすぎんだよね〜。君ならオレの気持ち分かるでしょ? オレと君、結構似てると思うんだけど」
「………………どいて」
怒りで、胸の中が熱く、重苦しくなる。
ラルドがどれだけ努力してきたのか────何も知らないくせに。知ろうともしないくせに。
その努力を、痛々しいと笑うなんて。
「どいてくださらない?」
一語一語、噛み締めるように告げる。
「あなたと話すことは、もう何も無い。私の大切な人を……これ以上侮辱しないで」
強引に身体を起こそうとする。
しかし、クォーツに押さえつけられ、思うように動かせない。
力任せに押さえ込まれているわけではない。
それなのに、体勢が悪く、どうしても振りほどけなかった。
(……仕方ない)
他人の屋敷で魔法を使うのは、ご法度だ。
それでも、この状況では手段を選んでいられない。
(ここは強行手段で──)
彼を軽く吹き飛ばす程度の魔法を────そう意識を集中させる。
魔力を練り、術式を組み上げようとして────。
「……え?」
何も、起こらない。
魔力が応えない。
いつもならば感じられるはずの流れが、まるで厚い壁に遮られているかのように途絶えていた。
(ど、どうして? 魔法が、使えない!?)
焦りが、急速に恐怖へと変わっていく。
「なーに? 急に慌てて」
クォーツはそんな私の変化を見逃さなかった。
楽しそうに笑いながら、私の両手首を片手で軽くまとめ上げ、ソファーへ押し当てる。
大した力を込められているようには見えない。
それなのに、拘束された手はびくともしなかった。
「あ、ようやく気が付いた? この部屋には魔封じの結界が張ってあるんだよ。よくできてるでしょ?」
得意げな声が耳に届く。
「以前、客を装って屋敷に入ってきた賊いてさ。それから来客の応対はこの部屋で行っているんだ」
まるで屋敷の設備を自慢するような、軽い口調だった。
「……あぁ、そういえば、この魔封じの術式を仕掛けたのはラルド兄さんだったね!」
そこでクォーツは、さらに愉快そうに笑った。
「あはっ、初めてオレの役に立ってくれたかも!」
笑い声が、閉ざされた応接室に響く。
ラルドが、屋敷を守るために作った結界。その術式が今、私の逃げ道を奪っている。
その事実が、ひどく残酷に思えた。
クォーツは楽しそうに笑っている。
魔法が使えない以上、私の抵抗など、彼にとっては些細なもの。ないも等しいのだ。
「あははっ、そうやって睨んでも、オレのことを煽るだけだよ? そーいう表情堪んないなぁ! ラルド兄さんに嫌味を言っても、なーんにも反応してくれないんだもん。いい加減つまんなくてさぁ。……あー、いや、この前会った時は珍しく色んな表情してたっけな……。兄さんが君のこと大事にしてそうだったから、つい欲しくなっちゃって! まぁ最初は興味本位っつーか、兄さんの反応を楽しんでただけなんだけど……君の方がよっぽどいじめがいがあるよね! まだ手ェ出すつもりはなかったんだけど───」
私の腹部に置かれた手が、どんどん上に這い上がってくる感覚。
(や、だ……気持ち、悪い……気持ち悪い……っ!!)
「や……っ、やめて!」
「人払いは君が来た時に済ませてあるから、声を上げても無駄だけど……まぁいっか、好きなだけ鳴いてよ。その方がオレも楽しいし────」
「嫌……っ、まって……っ助け───ラルドっっ!!」
私の顔に影が落ち、クォーツの吐息が首筋にかかった。
(ラルド……っ!!)




