【ラルド5-5】縁談
胸の奥が苦しいほどに熱くなり、鼓動が早まっていく。
そして私は、ようやく理解した。
今、この胸の中にあるものが何なのか。
ずっと名前をつけられずにいた、この感情の正体を。
(私……ラルドのことが好き、なんだ……)
恋だと気づいた瞬間、これまでのすべてが、ひとつに繋がった気がした。
彼に避けられているように感じて苦しかったこと。
誰かと間違えて口づけられたのだと思って胸が痛んだこと。
彼の夢を知りたいと願ったこと。
彼の悲しそうな顔を、放っておけないと思ったこと。
そのどれもが、きっと────。
「? どうした?」
ラルドが不思議そうに覗き込んでくる。
「……ふふっ」
私は小さく笑った。
「いいえ、なんでもない」
「?」
ますます分からないという顔をする彼が、少しだけ可笑しい。
「────ねぇ、ラルド」
「何だ?」
私は一度、息を整えた。
伝えたいことを、きちんと言葉にするために。
「私……貴方に貴方を諦めてほしくない」
「……」
「私もずっと……そうだったから。この気持ちだけは誰よりも分かるわ」
「ベリル……」
ラルドの瞳が、かすかに揺れる。
「ラルドには、アメシス家としての責任があって、今は……自由に道を選べないかもしれないけれど」
彼の苦しみを、私がすべて理解することはできない。
たとえ、今すぐ何かを変えることができなくても。
いつか、その時が来たなら。
「でも、いつか────」
声に力を込める。
「いつか貴方が、貴方の道を選べる日が来たら……その時は、私にも貴方を手伝わせてほしい!」
「……!」
「私も、ラルドと同じ景色を見てみたい」
ラルドは何も言わず、私を見つめていた。
その瞳に浮かんだ感情が何なのか、私にはまだ分からない。
ただ、いつもより少しだけ、彼の表情がほどけたように見えた。
「(お前はいつでも……俺の欲しい言葉をくれるのだな)」
ラルドは「……あぁ」と短く返事をする。
ラルドはそっと手を伸ばし、私の頭に優しく掌を置いた。
大きな手の温もりが、髪越しに伝わってくる。
夕陽に照らされた彼の顔は、とても美しく、そして、今まで見たどんな表情よりも優しかった。
「すっかり日が暮れてしまったな」
ラルドは名残惜しそうに手を離した。
「それじゃあ、俺は行く。ではな」
「ええ。また明日」
去っていくラルドの背中を、私は見えなくなるまで見つめていた。
胸の奥には、先ほど気づいたばかりの想いが、確かな熱を持って残っている。
(私が彼の力になるには……どうしたら────)
その答えは、まだ分からない。
それでも、いつか必ず、彼が諦めた夢を取り戻せるように。
その隣に立ちたいと、強く思った。
────夜。
寮の自室へ戻った私は、机の上に置いた封筒を見つめていた。
夕方、郵便配達員から受け取った手紙。
差出人は、エーデルシュタイン家。両親からのものだった。
封を切り、中の便箋へ目を通す。そして私は、その内容に目を疑った。
「私に……アメシス家から、縁談の話が……?」
何度読み返しても、書かれていることは変わらない。
────アメシス家、次期当主との縁談。
次期当主。
その言葉が示す人物を思い浮かべ、心臓が大きく跳ねた。
(つまり……ラルドが、私……と?)
手紙には、両親は私の意思を尊重すると書かれていた。
この話を受けるかどうかは、私が決めてよい。無理に家同士の都合を押しつけるつもりはない、と。
けれど、私の気持ちは、もうラルドへ向いている。
そのことを、今日ようやく自覚したばかりだけれど、この縁談を断る理由など、私にはなかった。
喜ぶべき話のはず。
それなのに、胸の中に、わずかな引っかかりが残る。
(この縁談は、アメシス家側から持ちかけられたという話だけれど……)
手紙の文面を、もう一度目で追う。
(それって────ラルドが私を想ってくれている、ということ? それともこれも、アメシス家の意思……?)
ラルド自身の気持ちとは関係なく。
家が決めた相手として、私が選ばれただけなのだとしたら……。
「……分からない」
思わず声に出して呟いた。
どちらにせよ、どうして彼は、この話を直接言ってくれなかったのだろう。
(彼も……この縁談を知らない?)
そこまで考えて、すぐに首を振る。
(……いいえ、彼は当事者なのだし、何も知らないということはないはずだけれど────)
では……彼はこの縁談を、どう思っているのだろう。
嬉しいと思ってくれているのか。
それとも、家の命令として仕方なく受け入れているだけなのか。
考えても、答えは出ない。
今日の彼の言葉や表情を何度思い返してみても、その真意までは分からなかった。
私は手紙を胸元へ引き寄せ、小さく息を吐いた。
(明日……アッシュに相談してみようかしら……)
きっと彼女なら、遠慮なく、思ったことを言ってくれる。
そう考えながらも、胸の中に生まれた期待と不安は、なかなか消えてくれなかった。




