【ラルド5-4】誰もが魔法を使える世界
「それじゃあラルドは……魔法や魔術を使えない人のための魔導具師になりたいの?」
「魔導具師……とも少し違うな」
彼は少し考えるように間を置いた。
「例えば……水魔法を使えない人間は、わざわざ井戸まで行って水を汲みに行かなくてはいけないが、そうしなくても厨房で水が使えたり、火で水を沸かさなくても湯を用意できたり────」
ラルドの言葉に合わせるように、頭の中へ今まで見たこともない光景が浮かんでいく。
「探索魔法やロウソクの火ではない、〝光〟を灯りにしたり。そんな、魔力が一切なくても不自由なく生活できる何かを……作りたい」
「……!」
息を呑んだ。そんなこと、考えたこともなかった。
────魔法がなくてもいい世界。
────誰でも魔法が使える世界。
それはきっと、今ある魔法とはまったく違う形の奇跡だ。
誰かが生まれ持った才能に頼るのではなく、どんな人であっても等しくその恩恵を受けられる世界。
そんなものが、本当に作れるのだろうか。
普通なら、そう疑ったかもしれない。
けれど、彼なら────ラルドなら、実現してしまう。
何の根拠もないことだけれど、それでも、私の中には不思議なほど強い確信があった。
「……すごい……凄いわ、ラルド……!」
言葉が追いつかない。
「そんな可能性、考えもつかなかった……!」
「可能性……?」
ラルドは、私の言葉を確かめるように繰り返した。
「その言い方だと良い意味に聞こえるのだが……幻滅しないのか?」
「……幻滅?」
思わず首を傾げる。
「えっと……どこに??」
「ま、魔導学園に通う者が願っていいものではないだろう?」
先ほどまで饒舌だったラルドが、急に歯切れ悪くなる。
「幻滅されても仕方のない願い……だと思っていたんだが」
「す、するわけないわ!」
思わず、強い口調で否定した。
「!」
ラルドが驚いたように目を見開く。
もしも本当に、彼の願うような世界が実現したなら。
少なくとも、魔力の有無だけで人の優劣が決まることはなくなる。
魔力を持って生まれた者には価値がある。持たずに生まれた者には、初めから価値がない。
そんなふうに、生まれた瞬間から命の重さを決めつけられる世界は、間違っている。
私には、そう思えてならなかった。
「あ、だけど……」
ふと、疑問が浮かぶ。
「それならどうして魔導学園に? それってどちらかというと、魔術学園の方が専門的よね」
私の問いかけに、ラルドの表情が少しだけ曇った。
「……あぁ、両親の意向でな」
短い言葉だった。
けれど、その一言だけで、彼が自分の意思でここを選んだのではないことが分かる。
「俺はアメシス家の人間として、アメシス家の望むままに生きていく」
ラルドは静かにそう告げた。
「きっとこれからも、それは変わらないだろう」
そして。
「だから、この願いは俺にとって、不要なものだ」
彼は、優しく微笑んだ。
あまりにも穏やかな笑みだった。
誰かを安心させるための、柔らかな笑顔。
私は、その瞬間に理解してしまった。
彼はきっと、考えなかったわけではない。あらゆる可能性を模索したのだ。
どうすれば自分の道を選べるのか。どうすれば夢を捨てずに済むのか。
何度も何度も考えて────そのうえで、すべての可能性を諦めた。
(……不要なものだなんて、言わないでほしい)
そんなことはない。
貴方の願いは、とても尊くて。決して捨てていいものではない。
そう、彼に言いたかった。
けれど────。
私はその言葉を飲み込んだ。
彼の家の事情を、私は何も知らない。
何を背負わされ、どんな選択肢を奪われてきたのか。
彼が抱えている葛藤も、その痛みも、きっと彼にしか分からない。
私の痛みが、私にしか分からないように。
だから、何も知らないまま手放しに応援することはできなかった。
それではきっと、ただ言葉で寄り添ったふりをするだけの、軽い慰めにしかならない。
「……っ」
何も言えず、唇を噛む。
彼の優しい笑顔が、私にはどうしようもなく悲痛なものに映った。
「ふっ」
ラルドが小さく笑う。
「何故お前がそんな表情をする」
そう言って、彼は私の額を軽く指先で弾いた。
「……いたっ」
思わず額を押さえる。
「つまらん話をしたな。忘れろ」
「……つまらなくなんかないわ」
すぐに否定した。
「私が聞きたいと言ったのに……結局、何もできないのが悔しくて」
胸の奥に詰まっていたものが、言葉になってこぼれ落ちる。
「貴方の力になりたいと言ったのに……」
「ふ……」
ラルドは、どこか困ったように笑った。
「そう言ってくれるだけで良い」
その声は、先ほどよりも少しだけ柔らかい。
「それに、魔導学園を選ばなかったら、お前と出会うこともなかっただろう」
「……」
「だから、俺はここにいて良かったと思えている」
「……っ!」
その言葉を聞いた瞬間。
頬が一気に熱を帯びた。
彼は、自分の願いを押し殺して、本当は行きたかった道にも進めず。
それでも、私と出会えたから、この場所にいて良かったと言ってくれた。
その言葉が、嬉しくてたまらなかった。




