【ラルド5-3】将来のこと
「それはそうと────」
不意に、ラルドがこちらを向いた。
「俺もお前に聞きたいことがあるんだが……」
「え、聞きたいこと? 何かしら?」
彼は少し言いづらそうに口を開く。
「……最近、なにか変わったことはなかったか? その……例えば、縁だ────」
「あっ、ちょうど良かった! エーデルシュタイン様!」
突然、正面から明るい声が飛んできた。
「!」
ラルドの言葉が途切れる。
気づけば、私たちはすでに女子寮棟の前まで辿り着いていた。
声をかけてきたのは、見覚えのある郵便配達員の男性だった。
(あ、いつも郵便を届けてくれる方だわ)
「……あ、ごめんなさいラルド。ここまで付き合わせてしまって。男性寮はもう一本手前の道なのに……」
「いや、元々ここまで送るつもりでいたからそれは構わんが……」
ラルドは私から郵便配達員へ視線を移した。
「お前の知り合いか?」
「ええ。手紙を受け取る時、よく顔を合わせるの」
「今ちょうど、寮の方へとお手紙をお届けに上がるところだったんです! 今渡してしまってもよろしいでしょうか?」
郵便配達員はそう言いながら、鞄から一通の封筒を取り出した。
「ええ、構わないわ。声をかけてくれてありがとう」
「……!」
何故か彼は一瞬目を見開き、それから照れたように頬を緩めた。
「い、いえ……! えへへ、では俺はこれで!」
「ええ、また」
軽く頭を下げ、彼は足早にその場を去っていく。
私は受け取った封筒へ視線を落とした。
(手紙……エーデルシュタインの屋敷からだわ)
封蝋も、見慣れた家のものだ。
(ということは……お父様かお母様からかしら?)
「……」
隣から、妙な沈黙を感じる。
「……ラルド?」
呼びかけると、彼ははっとしたように私を見た。
「……あぁ、すまん。お前が俺たちやアシュリー・サパーツ以外と親しくしている姿をあまり見た事がなかったから……つい、珍しいと思ってな」
「あはは……確かに学園で親しいのは貴方たちくらいね」
改めて言われると、少し寂しい交友関係かもしれない。
「彼、アッシュの友人なのよね。それで前に、三人で将来について語り合う機会があって。ふふ、なんでそんな話になったのか、今では謎だけれど」
「将来について?」
「ええ。アッシュの夢は商人、彼は旅芸人になりたいと話していたわ」
私は先ほどの郵便配達員が去っていった方向を見つめる。
「それで、彼は今、小さな一座で修行中なんですって。凄いわよね。アッシュも彼も、自分の夢に向かって努力しているわ」
「お前は?」
「え?」
「その時、何て答えたんだ?」
思いがけず尋ねられ、私は少しだけ考え込んだ。
「私? 私は……自分が何をしたいのか、その時はまだ漠然としていて」
自分の手元へ視線を落とす。
「特に目指すものもなくこの学園に入学してしまったから、彼らのように何か夢があるわけではなかったの」
あの時は、二人が眩しく見えた。
自分の進む先を決め、そのために努力している彼らが羨ましかった。
「そう言ったら……確かアッシュが『ベリルは先生に向いてる』って言ってくれたのよね」
その時のことを思い出し、自然と笑みがこぼれる。
「正直、まだ学園を卒業してからのことは決められていないけれど、私の魔法で誰かの役に立てたらいいなって思ってる」
「……そうか」
ラルドはしばらく私を見つめたあと、ふっと小さく笑った。
「確かに俺も、お前は誰かにものを教えることに長けていると感じる」
「ふふ、そうかしら?」
彼に肯定されると、不思議とその未来が少しだけ現実味を帯びたように感じる。
「ラルドにそう言ってもらえると、なんだか嬉しいわね」
そして、ふと疑問が浮かんだ。
「ラルドは? どうしてこの学園に? 何かやりたいことがあったとか?」
その言葉を聞いた瞬間、ラルドはわずかに目を見開いた。
ほんの一瞬、驚いたような表情を浮かべたあと、彼は、どこか自嘲するように口元を歪めた。
「やりたいこと……か」
その声は、ひどく遠い。
「確かに、昔はあったな」
(昔は……?)
彼は静かに目を伏せた。
まるで、かつて抱いていた何かを、とうの昔に諦めてしまったかのように。
その横顔が、ひどく寂しそうに見えた。
(何故……)
胸の奥が、かすかに痛む。
(貴方はそんなに、苦しそうなの?)
私は無意識のうちに、彼の腕へ手を伸ばしていた。
指先が、ラルドの服をきゅっと掴む。
「……ベリル?」
不思議そうに名前を呼ばれ、はっとする。
けれど、手を離すことはできなかった。
「その……聞いても……いい?」
声がわずかに震える。
「────貴方の夢。貴方が……やりたいこと」
「聞いてもつまらないと思うが……」
「ううん……」
私は小さく首を振る。
「私、貴方のことが、知りたい」
「!」
ラルドの目が見開かれた。
真正面からそう告げたことが、よほど意外だったのだろう。
しばらく黙ったあと、彼は観念したとでも言いたげに、わずかに肩の力を抜いて笑った。
「俺は……魔力のない人間が、生活しやすくなる暮らしを作りたいんだ」
「生活しやすくなる……暮らし?」
「ああ」
ラルドは前を向きながら、ゆっくりと言葉を続けた。
「この国にも、生活魔法すら満足に使えない、微量の魔力しか持たない人間は多く存在する」
彼の声は静かだった。
けれど、先ほどまでの諦めを滲ませた口調とは違う。
どこか遠くを見つめながら、それでも確かに、自分の内側にあるものを語っていた。
「あぁ、前にお前が言っていた、〝魔法がなくても不便はあるが不自由はない〟世界に、俺はしたいんだ」
「……!」
その言葉に、胸が大きく震えた。




