【ラルド5-2】義弟
「「そ、そろそろ────あ、」」
私とラルドの声が、見事なまでに重なった。
同じ言葉を、同じタイミングで口にしてしまったせいで、ただでさえ気まずかった空気がますます居心地の悪いものになる。
「ど、どうぞ!」
慌てて先を譲ると、ラルドもわずかに視線を泳がせた。
「あ、あぁ……そろそろ閉館だな。その……帰るか」
「そ、そうね! 帰りましょうか」
どちらからともなく立ち上がり、私たちは図書館をあとにした。
寮へ帰る道は、途中まで同じだ。
だからといって、ここでわざわざ別々に帰るのも不自然で。
結局、私たちはどちらからともなく隣に並び、そのまま帰路を歩き始めた。
これまでも、ラルドと無言で過ごすことは何度もあった。
無理に言葉を交わさなくても、不思議と気まずさはなくて。むしろ、その静かな時間を心地よいとさえ感じていたはずなのに。
今日に限っては、その沈黙がひどくむず痒い。
隣にいる彼を意識するたび、先ほど触れた唇の感触が鮮明に蘇ってしまう。
(な、何か話さなくちゃ……)
私は必死に、手近な話題を探した。
普段なら、何も考えずとも自然に言葉が浮かんでくるのに、今日に限っては頭の中が真っ白だ。
そんな気まずい沈黙を先に破ったのは、ラルドだった。
「……お前は、何故今日図書館に? 魔導書を読みに来たわけでも、なさそうだったが」
「あ……」
突然問いかけられ、私はわずかに肩を揺らした。
「アッシュがね、図書館に向かった貴方を見ていて、教えてくれたの。その……最近元気がなかったから、やっぱり心配で。アッシュも、元気出してって言っていたわ」
「あの女が……?」
ラルドは意外そうに目を瞬かせる。
「そうか……そんなに俺はおかしかった、のだな……」
独り言のように呟いたあと、彼は少しだけ困ったように眉を下げた。
「…………あぁいや、本当に大したことはないんだ。気を遣わせたな、すまない」
「大したことではないけれど……何かあったはあった……ということ?」
問いかけた直後、踏み込みすぎてしまったかもしれないと不安になる。
「あ、ごめんなさい。言いたくないことだったら全然言わなくていいのだけれど……もし、話だけでも聞けるのなら、力になりたい」
ラルドはしばらく何も言わなかった。
前を向いたまま、何かを迷うように黙り込む。
やがて、小さく息を吐いた。
「……本当に、大したことではないんだが……交流祭に、義弟が……来ていたんだ」
「弟さん? ラルドにもご兄弟がいたのね」
「ああ、義理のな」
「義理の……そうだったのね」
これまで、彼の家族について詳しく聞いたことはなかった。
だから、義弟がいるという事実も初耳だった。
「お兄様の演術を見に来るなんて、貴方はとても慕われているのね」
そう口にすると、ラルドはわずかに目を伏せた。
「……いや、あいつが俺に興味を向けたことは一度もない。今回も、たまにある気まぐれで足を運んだようだからな」
その声には、明らかな棘が混じっていた。
(……ラルドもご兄弟と、あまりいい関係ではないのかしら……)
少し先を歩く彼の横顔は、いつもより硬い。
しばらく続いた沈黙のあと、ラルドは静かに口を開いた。
「……いつだったか、お前に魔法使いと魔術師の話を聞かせたことがあっただろう」
「ええ」
「あれは物語上の話だったが、あの話に登場する魔法使いと魔術師は、義弟と俺に酷似している」
ラルドの視線は、遠い過去を見るように前方へ向けられていた。
「義弟は、俺とは違って才能に溢れ、魔法使いとして優秀でな。周囲から期待されるのはいつも義弟だった」
淡々とした口調だった。
けれど、その奥に押し殺された感情があることは、私にも分かった。
「そんな義弟と比べられるのが嫌で、子供の頃から惜しみなく努力を重ねたが、あいつの気まぐれにすら勝てたことはない」
気まぐれ。
その言葉だけが、やけに重く響く。
「……ああ、だから────お前の姉さんの思いは誰よりも理解できるんだ」
私は思わず彼を見上げた。
「いくら努力を重ねようが、敵わないと悟る瞬間。それはお前にも、義弟にも知り得ない感覚だろう」
「…………私と、貴方の義弟さんは似ているの……?」
口にしてから、胸の奥に不安が広がっていく。
ラルドの話しぶりからすると、彼は義弟を好いていない。
むしろ、長いあいだ複雑な感情を抱えているように聞こえた。
(だとすると、もしかして私のことも────)
「いや、全く似ていないな」
迷いのない返答だった。思わず、目を瞬かせる。
「まぁ単純に能力の差ももちろんだが……お前は他人のために魔法を使おうとするのに対して、あいつは自分のためだけに魔法を使うからな。どちらも魔法使いとしては間違っていないが」
きっぱりと言い切る彼の言葉に、胸の奥にあった不安が少しだけほどけていく。
「────とにかく、俺と義弟は昔から馬が合わなくてだな。お前たち姉妹と同様、久々に会ったものだから少し動揺したんだ」
彼は自分自身を確かめるように、ゆっくりと言葉を続けた。
「それを……今でも少し引きずっているようだな、俺は」
「そう、だったのね……」
ここ最近、ラルドの様子がおかしかった理由。
試験の順位を大きく落とし、ぼんやりしていることが増えた理由。
すべては、交流祭で義弟と再会したことがきっかけだったのだ。
(私は姉様との再会を前に、事前に気持ちの整理をつけられていたから良かったけれど……)
もし何の心構えもなく、突然姉様と顔を合わせていたら。
きっと私も、ラルドと同じように動揺していたに違いない。




