【ラルド5-1】不意打ち
ラルドルート 第五章
交流祭が無事に幕を閉じてから、二週間。
────私の日常は、一変していた。
「ねぇ見て、エーデルシュタイン様よ! 今日もお美しいですわ……」
「お聞きになられました? 先日の魔法式の試験、殿下たちを押さえて学内一位ですって!」
「まぁ、さすがですわ! 交流祭でもあれだけご活躍されていましたものね!」
「…………」
相変わらず、遠巻きにひそひそと噂される毎日。
けれど、交流祭を境に、私を貶めるような噂や嫌がらせをする学生はめっきり姿を消した。
ラルドたちと一緒に歩いていても、以前のような心ない言葉が飛んでくることはない。
「アイツら、あんだけ目の敵にしてきたのに、すんごい変わり身ね……? 手のひら返しすぎてもはやアイツら手首の骨無いわよ」
アッシュは腕を組み、ふんっと鼻を鳴らした。
「まぁ、あれだけ完璧に魅せられちゃ文句は言えないだろうけど! 見てよ、あそこにいる貴族の女! 今めちゃくちゃ気まずそうに目逸らしたわよ。馬鹿にしていた相手が自分より遥かに優秀なんだもん。そりゃ気まずいわよねぇ? ざまーみろっての! わーっはっは!」
「アッシュ、聞こえるから声抑えて……」
私以上に得意げなアッシュを、慌ててなだめる。
今日の彼女は、いつにも増して機嫌がいい。その理由は────。
「ふふん、あたしも今回の試験は二百位! 凄くない? 前より二百位以上成績上がったの、奇跡なんだけど!? あんたが手取り足取り教えてくれたおかげよ〜! ありがとうベリル!」
「そうかしら? 力になれてよかったわ。それに今回はアッシュが頑張ったからよ」
「えへへー、そうかなぁそうかなぁ!? ……でも欲を言うと、もう少し早く教えてほしかったよね、本当に」
「きゅ、急に真顔で言わないで怖いから……」
両手を合わせて「ごめん」と謝ると、アッシュは吹き出すように笑った。
「冗談よ、冗談」
その笑顔に、私も自然と笑みがこぼれる。
「試験と言えばさ……あんたんとこの眼鏡。今回、上位陣に入ってなくなかった? あんなの初めてじゃない?」
「……そうね」
……そう。
アッシュの言う通り、今回の試験でラルドは大きく順位を落としていた。
私一人が上位陣にくい込んだところで彼には影響はないはず。
彼は常に上位の中でも更に上にいるからだ。
それなのに……。
「眼鏡、最近なんかあったの? 昨日見かけたけどさ、遠目からでも分かるくらい、なーんか様子が変っていうか……ボーっとしてるっていうか?」
「アッシュもそう思う? 交流祭が終わった辺りから、なんだか様子がおかしいの。私たちも聞いてみたのだけれど、本人は自覚がないみたいで……」
何もない。その一点張りだった。
(それに……気のせいならいいのだけれど、なんだか避けられているような気もするのよね。みんなは……そんなことはないって言うのだけれど)
本当に、気のせいなのだろうか?
「ふーん? あの眼鏡も調子悪い日ってあるのねー。あ、そういえばさっき図書館に向かってたわよ。今なら会えるんじゃない?」
「本当? じゃあ行ってみようかしら。アッシュも……誘おうと思ったけれど、その顔じゃ行かないわね」
「うん……しばらく図書館には近付きたくない……蕁麻疹が出そう……」
「べ、勉強漬けだったものね」
「それじゃ〜ね〜。なんかよく分かんないけど、元気出せよーって伝えといて」
「ええ」
アッシュと別れ、私は図書館へ向かった。
館内を見渡すと、彼女の言った通りラルドの姿がある。
……けれど。
(珍しい……)
彼が、図書館でうたた寝をしている。
壁際の席。机には開いたままの本。腕を組み、壁にもたれながら、小さな寝息を立てている。
隣へ腰掛けても、目を覚ます気配はない。
(そりゃあラルドも人間なのだし、気が緩む瞬間くらいあるわよね……)
それでも、普段の彼を知っているからこそ、その姿はとても新鮮だった。
(ふふ。眉間のシワ、取れてる)
いつもは凛々しい表情ばかり見ているせいか、無防備な寝顔が、なんだか可愛らしく思えてしまう。
もちろん、本人に言ったら怒られそうだから胸の内だけにしまっておくけれど。
どうしてだろう。
この寝顔を、他の誰にも見られたくない。
そんな独占欲にも似た感情が、胸の奥で小さく芽生えた。
「……」
(あ、起きた)
ゆっくりと瞼が持ち上がる。
けれどまだ意識ははっきりしていないのか、ラルドはぼんやりと私を見つめていた。
「……おはよう?」
返事はない。ただ、視線だけが私を捉えている。
「……ふふ、ラルド、まだ眠いの――んっ!?」
次の瞬間だった。
何の前触れもなく、彼の顔が近づき────唇が、私の唇へと重なった。
突然の出来事に、思考が真っ白になる。指先一本、動かすことすらできない。
「……。……ッ!?!!?」
はっと我に返ったラルドが、弾かれたように身を引く。
ほんの一瞬。本当に、それだけの時間だったはずなのに。
まるで私たち二人の時間だけが止まってしまったかのように、ひどく長く感じられた。
目の前には、状況が理解できないという表情を浮かべるラルド。
……本来、その顔をしているのは私の方だと思うのだけど。
「……な、何故、お前がここに……い、いやそんなことより…………その……悪い……」
「い、いいえ! ぜ、全然大丈夫! 私こそ急に声をかけてしまってごめんなさい。だ、誰かと間違えた……のよね?」
(……?)
そう口にした途端、胸の奥が、きゅっと締め付けられた。
(……心臓が痛い。さっき、あまりにも驚いたから……かしら)
「い、いや、違うが……あぁいや、それも違うというか……、……???」
珍しく取り乱すラルドに、私まで慌ててしまう。
「お、落ち着いて? 大丈夫だから、気にしないで? 私も……そうするから」
安心させようと、ぎこちなく笑ってみせる。
すると彼は、わずかに眉間へしわを寄せた。
「……お前は……随分冷静なのだな。……慣れて、いるのか?」
「なっ……」
(こ、これでも結構動揺しているのだけれど……!? 私の表情筋……もしかして普段動かさなすぎて死んでいる……?)
熱くなる頬を感じながら、小さく首を振る。
「……あの、初めて……だから。慣れては…………」
「……っ、………………………………そ、そうか、すまん……悪かった」
「いいえ……」
互いに視線を逸らす。
流れる沈黙が、先ほどの出来事を嫌でも思い出させた。
(は、早く……何か話題を────)
そのとき、学園の時計塔から、閉館を告げる鐘の音が静かに響き渡った。




