【セシアン5-6 HAPPYEND√】告白
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《Sideベリル》
───ポチャン。
─────ポチャン。
滴が地面に落ちて、音が反響している。
「…………ん」
目を覚ますと、私は薄暗く閉鎖的な空間にいた。
目の前には、鉄格子。
ここは牢屋……だろうか。
ぼーっとした意識のまま、身体を動かそうとしてみる。
カシャンという金属の音が、私の意識を覚醒させた。
───手首が頭上に固定されている。
(そうだ……私、男たちに囲まれて……)
視線を下げると、首元に黒い金属が映る。
「確かこれ……魔封じって────」
「フフ、正解ですわ」
「!」
鉄格子の向こうからコツ、コツという靴音が聞こえてくる。
鉄格子の前に立った女はニヤリと満足げな笑みを浮かべている。
「……シレネ・スイセン」
「まぁ、怖い。そんなに睨まないでくださいませ」
私はできるだけ冷静に、彼女に問いかける。
「……どういうことかしら? この状況は一体何?」
するとそれを聞いたシレネは、笑みをスっと消し、目を見開いた。
「……どういうことですって? それはこちらのセリフですわッ!! 何故まだあなたがセシアン様につきまとっているのですッ!!」
シレネは怒りに任せて金切り声を上げた。
彼女の豹変に一瞬驚いたものの、彼女が怒りをあらわにしている分、それとは逆に、私は冷静に話すことができた。
「……セシアンから聞いたわ。何故、婚約者だなんて嘘をついたの? いくら私の存在が邪魔であっても、彼に迷惑のかかる嘘はやめた方がいいわ」
「嘘? いいえ……いいえッ! 将来、彼と婚約するのはワタクシなのですッ! 未来でそうなる予定なので、嘘などついておりませんわッ」
(……まずい。思っていたよりやばい女性だったわ……)
彼女の妄想ももちろん正気ではないが、この場に彼女がいるということは、私を拉致させたのは彼女と見て良いだろう。
あの男たちは、彼女に金で雇われた賊だったのだ。
「そんなことより! ワタクシ、警告いたしましたわよねッ、彼に関わるなと!!」
「……ずっと私たちを監視していたの?」
「ええ、ええ。ワタクシはいつもセシアン様を見ておりましたの」
(余程暇なのね……)
「───それなのにッッ」
シレネが力任せに鉄格子を叩いたせいで、ガシャンッと盛大な音が辺りに響いた。
「ワタクシの目にはセシアン様のみ映したいのに……彼を見ていると嫌でもあなたの姿が視界に映るッ! 本当に、目障りなんですの。だから……ワタクシは考えました。あなたがこの世からいなくなれば、ワタクシはもう、あなたの隣で笑う愛しい人を見ずに済む、と────」
シレネが牢の鍵を開け、ゆっくりと中へ入ってきた。
その手には、細長い鞭のようなものが握られている。
「ただ殺すだけではつまらないので、少し遊んで差し上げますわ」
彼女は細長い鞭をパシッと張ったあと、それを勢いよく振り上げたと思ったら、私めがけて振り下ろした。
「……っ!!」
パシィッという軽い音が牢屋の中で響く。
鞭は、私の太ももに直撃した。
打たれた箇所の制服が切れ、服が赤く血で滲む。
「あら、顔を狙いましたのに。外れてしまいましたわ」
もう一度、鞭が振り下ろされる。
───もう一度、もう一度。
何度も振り下ろされる鞭が私の身体に切り傷を作った。
「……っ、…………っ!」
歯をきつく噛み締め、声を殺す。
焼けるような衝撃が、何度も押し寄せた。
(あの鞭……細かい刃がついてる……!)
魔法が使えないため、その痛みを和らげる術もない。
「ハァ、ハァ……いい加減、声の一つでも上げなさいよッ! 痛みに悶える声を上げてワタクシを喜ばせてみなさいなッ!!」
声を上げても、痛みで顔を歪ませても、彼女の思う壺───。
だから私は、とびきりの笑顔を彼女に向けた。
(彼女の思い通りの姿を晒して死ぬなんて、ごめんだわ)
幸い急所は外れているが、出血の箇所が多い。
このまま放置されれば、私はいずれ死ぬことになるだろう。
どうせ死ぬのなら────
「……っ、さっき、から……胴体ばっかり、狙って…………顔を、狙うんじゃ、なかったの…………外しすぎ……で、笑っちゃ、う……」
───最後まで抵抗してやろう。
「なっ!!!」
シレネの顔が更に真っ赤になった。
「いいわ! お望み通り、その顔グチャグチャにしてやるッ!!」
怒りに任せて振り下ろされたせいか、鞭の軌道が僅かに低くなる。
このままだと、鞭は首元に直撃するだろう。
(……頸動脈を切られたら、さすがに死ぬわね───)
こんな事になるのなら、彼に自分の気持ちを伝えればよかった────。
すぐ来るであろう衝撃に備えて、私はキュッと瞼を閉じた。
────パシッッ。
乾いた音が響き渡る。
───しかし、いくら待ってもその衝撃はやってこなかった。
「……っ!? セ、セシアン様!?」
「……え、」
ゆっくりと目を開け視線を上げると、腕に鞭を巻き付けたセシアンが、私を庇うように前にいた。
セシアンは肩で息をしながら、額に汗を滲ませている。
「───セシア……ン……」
色んなところから血を流している私を見た彼は、私よりも苦痛に顔を歪ませている。
「ベリル……ッ! ごめんっ、ごめんな……! オレの……せいで……ッ!! こんな……ッ!」
「セシアンの……せいじゃないわ……。それに……もしかしたら来てくれるかも……って、少し……期待してた……」
力なく微笑むと、彼は今にも泣きそうな表情で私を抱き寄せ、手首を吊るしていた枷の鎖を魔法で砕いてくれた。
鎖を砕いた衝撃で、手首にはめられた枷の一つも同時に砕け散った。
魔封じの枷が一つ外れたことで、少しだけ魔力の感覚が戻ってきた。
彼は自分の腕に絡まった鞭を強引に引き抜く。
そのため、腕にくい込んだ鞭の刃が彼の腕を更に深く傷付け、地面にボタボタと血が流れた。
「な、何をなさるのですかセシアン様ッ! 腕から血が……っ!」
セシアンに駆け寄り、腕に治癒魔法をかけようとしたシレネを、彼は思い切り突き飛ばした。
「ふぎゃっ……な、何をするのですか!」
「───何をする、だ? テメェこそ何やってんだよッ!!!」
「えっ……」
セシアンの怒号で、シレネは少したじろいだ。
「な、何故怒ってらっしゃるのです……?」
「……は? こんなことしておいて───何に怒ってんのかわからねぇのかよ!! オレにつきまとうだけならまだよかったッ! それなのに……ベリルまで傷付けて────何考えてんだよッッ!!!」
「だっ、だって! セシアン様はワタクシのことが好きなのにッ! その女がセシアン様を変えてしまったから……ワタクシは貴方をお救いしようと────」
「────は? 何わけわかんねぇこと言ってんだよ! オレが好きなのはベリルだ! ベリルだけだ!! テメェみたいな頭のおかしい女じゃない!!」
「……っ!?」
「テメェのおかしな妄想に、オレを、ベリルを、巻き込むな……!!」
「そんな……そんなはず……だって、セシアン様はワタクシと身も心も愛し合った仲───覚えておりませんの!? 転びそうになったワタクシの肩に、触れてくれたではありませんか!!」
(肩に、触れた……? まさか、それだけ……?)
セシアンも同じことを思ったのだろう。
唖然として言葉が出ない、といった表情を浮かべている。
「あの時、ワタクシは確信したんですの! あの時確かに、ワタクシたちは愛し合いましたわ!! そうでしょう!? セシアン様ぁ!!」
「まさか……それだけで……オレがお前を好きだと思ってんの……? も、もうついていけねぇわ……」
「フフ、フフフフフ! 忘れてしまったなら、思い出してくだされば良いですわ。さぁ、そんな血塗れで汚い女などどこかに捨て置き、ワタクシとアイを語り合いましょう? あ、なんなら今、ワタクシがその女を処理して───」
狂気に満ちた表情を浮かべながら、ふらりふらりと近づいてくるシレネ。
さっき覚悟した死よりも、今の彼女の方が何倍も怖い。
背筋がゾッとするようなおぞましい恐怖が、ゆっくりと近づいてくる。
「……っ、ベリルに近づくな!!」
「ギャッ!?」
セシアンの放った風魔法が、シレネの身体を吹き飛ばす。
彼女は鉄格子に打ち付けられ、動かなくなった。どうやら気絶したらしい。
(今、セシアン……無詠唱だった────)
そのことに、彼自身は気が付いていないようだった。
「ベリル……っ!」
セシアンは私以外に全く興味が無いといった風に、意識を全て私に向けている。
「ベリル……こんな……ごめん……ごめんな……」
セシアンは私の傷に治癒魔法をかけていく。その間、彼はずっと、私に謝罪していた。
(貴方のせいではないと、言ってるのに)
彼の治癒魔法のおかげで、みるみるうちに傷が塞がり、痛みが引いていった。
(流れた血は元には戻らないから、少しクラクラするけれど……さっきよりはだいぶ楽になったわ……)
「ありがとう……セシアン」
「……っ、お礼なんて────。……助けに来るのが遅くなっちゃって、本当にごめんね」
セシアンは私につけられた全ての傷を消すと、強く、私の身体を抱きしめた。
「ごめん……っ、オレが……キミを好きになんてならなければ……こんなことには……!」
「……」
(さっきも、私を好きだと言ってくれたけれど、もしかして本当に────)
「セシアン……本当に───私が好き……なの……?」
「……っ、だから何度もそう言ってるじゃん! 好きだよ……大好きだよ愛してる! 誰よりもキミがほしいよ……。───けど……オレは…………」
彼の瞳から涙が零れ落ちた。
(そっか……本当に好き……なんだ)
彼の言葉で、心が満たされる。
彼を愛する気持ちが、溢れてくる。
私も────私も、彼に伝えたい。
「セシアン、私も────」
彼から少し身を離し、彼の顔を見上げようとする。
───しかし、その際、気が付いてしまった。
彼の背後で、嫉妬と憎悪に塗れた女が、彼に歪んだ笑みを向けていることに。
「ワタクシのモノにならないならッ、オマエなんか死んじゃええぇエェエェェェェエ!!!!」
「危ない、セシアンッ───────」
「……っ!?」
ドンッと彼を思い切り突き飛ばす。
それと同時に、シレネの放った毒の矢が、私の脇腹を貫いた。
「……っ、……ぁ───」
先程の鞭とは比べ物にならない痛みが走る。
痛みで意識が遠のきそうになりながらも、尚もセシアンに狙いを定めるシレネに向け、彼女よりも先に光魔法を放った。
淡く光り輝く輪が彼女の身体を完全に拘束する。
「……なっ、魔封じの枷がまだ付いているというのに……!?」
「一つ……外れていれば……じゅうぶ、ん……」
膝をつきながらも、最後の力でシレネを気絶させる。
シレネは今度こそ、完全に意識を失った。
それを確認した私は、安堵と共に地面に倒れる。
「ベリルッ!?!」
倒れた私をセシアンは再び抱き起こし、傷口に手を当てる。
「なんでオレなんか庇って……っ、待ってろ! 今治癒を……ッ!」
しかし、先程の切り傷とはわけが違う。
内臓まで傷付けられた腹部の損傷は、彼の治癒魔法ではなかなか塞がらず、流れる血に対し、治癒が間に合っていなかった。
「どうして……っ、なんで治癒が効かねぇんだよ……!?」
「さっき、の…………毒矢……だった、から……」
恐らく、彼の治癒はその毒の方に作用してしまっているため、腹部の傷の修復には治癒が回っていないのだろう。
彼のおかげで身体に入った毒は上手く抜けているようだ。
とは言っても、流れる血が多すぎる。自分でも、呼吸が浅くなっていくのが分かった。
「もう……いいわ、セシアン……」
「いいってなんだよ!! そんなこと……言わないでくれ!! 大丈夫……大丈夫だから……! オレの命に替えても、ベリルだけは、絶対────」
高度な治癒魔法を、彼は連続で休みなく使用しているため、彼にかかる魔力消費の不可は相当なものだろう。
魔法使いの魔力は、魔力を宿したその瞬間から、生命力に大きく影響する。
魔力が空になったら、その者も生命活動を維持するのが困難になるのだ。
セシアンは言葉通り、〝命に替えて〟私を助けようとしてくれている。
その証拠に、彼の片目からは血涙が流れている。
彼は、魔眼に宿った魔力まで治癒に割いているのだ。
このままでは、彼の目は光を失ってしまう───。
「セシ、アン…………」
私は残された最後の力を振り絞り、身体を起こした。
「なっ…やめろ……っ、起きんな!」
私の身体は、もう腹部の熱さしか感じ取れないけれど────。
私は彼の頬に触れ、自分の唇を彼の唇に重ねた。
「ベ……リル…………?」
「わたしを……すきに、なってくれて、ありがとう」
「……っ!」
(私も……貴方が好きよ────)
私は彼を安心させるべく微笑んでから、血を流している彼の瞳を閉じ、その瞼にキスを落とした。
そのあと、セシアンが何かを必死に叫んでいたけれど────私の耳には、もう、何も聞こえなかった。
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