【セシアン5-3】シレネ・スイセン
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《Sideセシアン》
───理事長室にて。
さっと報告書を確認したゲルドは、その束を机上でトントンと整えながらニコリと笑った。
「───よし、今回の依頼も完璧だね! みんなお疲れ様! まだ次の依頼は来ていないから、次回までゆっくり休んでくれたまえ」
理事長への報告を済ませたオレたちは、今日は時計塔には集まらず、その場で解散することになった。
「それじゃあ、また明日ね」
「お疲れ様でした」
ルデンとレドはこのまま寮へと戻るらしい。
「ええ、お疲れ様! また明日ね」
ベリルは二人に手を振りながら、「シェナは?」と尋ねた。
シェナは欠伸をしながら、ヒラヒラと手を振る。
「俺も今日は帰るわー、ねみ〜」
「えーシェナも帰るの? ラルドは───ってもういねぇし!」
キョロキョロと辺りを見回すが、小さくなった背すら見当たらない。
俺の心中を察してか、ベリルは苦笑いを浮かべながら答えた。
「ラルドなら図書館で魔導書を返却してくるって」
「あいつこの前借りた本もう読み終わったのかよ。昔から本読むスピード速かったけどさ……」
「……あ、そういえばずっと気になっていたんだけど、セシアンとラルドってダイヤ生になる前から知り合いだったの?」
「ん? あれ、言ってなかったっけ? オレら幼馴染みなんだよねー」
「えっ、そうなの!? なるほど……それで最初から仲が良かったのね」
「んー仲良いっつーか、腐れ縁って感じかな」
ラルドとは子供の頃に知り合った。
ラルドはああいう性格だし、オレとは全く正反対の人間だけど、不思議と相性は悪くなかった。
お互いの境遇が少し似ていたこともあり、なんだかんだ気心知れた仲になっていったのだ。
まぁ、あいつがオレをどう思ってるかは知らねーけど!
「そーんなことより! みんな帰っちゃったし、この前みたいに街まで行かない? 今日はまだ時間も早いし!」
「あ……ごめんなさい。行きたいところなんだけれど、今日はこの後アッシュと出かける予定なの。また誘ってくれる……?」
申し訳なさそうにオレを見上げる彼女は、本当に、天使なんじゃないかってくらい可愛らしい。
思わず抱きしめたくなる衝動を抑えながら、オレは笑顔で手を振った。
「そっかそっか! おっけー、また誘うね♪」
「ありがとう! それじゃあ、そろそろ失礼するわね」
「うん、気を付けてね〜」
「ええ、貴方も」
ベリルを見送ってから、オレも学園を出る。
(せっかくだし、散歩がてら少し遠回りして帰るか〜)
思えば、最近は一人の時間も増えたように感じる。
以前は……名も知らぬ女性と共に、ただ中身のない時を過していた。
今ではそれを、とても後悔している。
ベリルの目に映る自分が、あの頃の不誠実な存在でありたくないと、心から思うようになったから。
ご令嬢方の誘いを一つ一つ断るのも、だいぶ慣れてきたところだ。
そんなことを考えながら、のんびりと帰り道を歩く。
しばらく進むと、ふと妙な視線を感じた。
(なんか……さっきから誰かに見られてる気が……いや、つけられてる?)
わざと早足で道を曲がり、その角で待つ。
すると遅れて、学園の制服を着た女が息を切らしながら追って来た。
角で待ち伏せされたことに驚いた女は、「きゃっ」と小さく声を上げ、後退りした。
その拍子に足がもつれたのか、女は尻もちをついた。
そんなに盛大に転んだわけではなさそうだったが、女は力なく抱き起こして欲しそうにこちらをチラチラと覗いている。
(え……面倒くさ───コホン、ええと…………いやめんどくせぇな? オブラートに包もうと思ったけど無理だわ)
この女は自分をつけてきたのだ。
そんな自分の行動も忘れて抱き起こして欲しいなど、図太いにもほどがある。
しかも、オレはこの女に見覚えがあった。
彼女は、シーラの街でしつこく言い寄って来た女だった。
「……あー、えっと、オレになんか用?」
手は貸したくないが、このまま見下ろしながら話すのも通りかかった人に誤解されそうなので、悩んだ末にオレもしゃがんで女と視線を合わせることにした。
すると女は素早く体勢を整え、嬉しそうに目を輝かせながらオレの手を強引に取った。
「ま、まぁ! ワタクシのために傅いてくださるなんて!! やはりワタクシのことを想ってくださっているのですね!!」
「え、ちょ、近……しかもイミ分かんないんですけど???」
仕方なく、オレは女を引っ張り上げ、立たせる。
よろけた女を、以前のオレだったら抱きとめていただろう。
女もそれを予想していたのか、抱きとめることもしないオレに困惑している様子だった。
「……手、離してくれる?」
あまりに淡々と言ったせいか、女は驚き反射的にオレの手を離した。
「セ、セシアン様? あ、もしやワタクシのことをお忘れで……? ワタクシです、ほら、以前シーラでもお会いした! シレネ・スイセンですわ!」
「うん……まぁ覚えてるけど」
「え? でしたら……何故? 何故以前のように笑いかけてくださらないのですか……?」
この子とは何度か顔を合わせただけで、〝以前のように〟っていうほど会ってないんだけど……。
「あー、悪いけど、もうそういうのやめたんだ」
もう、以前のように皆に平等に、優しく、全てを受け入れるなんてことは、しない。
オレはそう決めたのだ。
────オレが振り向いて欲しいのは、ただ一人だから。
「キミも魔眼に惑わされているだけなんだ。それは悪いと思ってるけど……」
「惑わされる……? よく分かりませんが……では何故あの女にはあのような表情を向けるのです!? おかしいですわ!!」
「あの女?」
オレが問うと、シレネは怒りを滲ませながらまくしたてた。
冷静に
「ベリル・エーデルシュタインですわ!! あの女のことを構っているのは、単に周囲の方々とタイプが異なっているからで、セシアン様はそれを珍しく思ったから興味を向けているのでしょう!? だから……今日のワタクシはあの女と同じ……。ワタクシ、クスリを飲んで参りましたの! ですからワタクシだって、今はあの女と同じように、こうして冷静にセシアン様とお話できていますわ!! それなのに、何がお気に召しませんの……!」
「───キミが……ベリルと同じ?」
「そうですわ! むしろ、ワタクシの方があの女より何倍も────」
「───シレネ嬢。それ以上彼女を語るのはやめてくれ」
「……っ」
「キミと彼女が同じ? どこを見て同じだと思ったの? まずそもそも、彼女はキミみたいにオレをつけ回したりしないよね?」
「そ、それは……。で、ですがワタクシは……っ!」
シレネは尚も食い下がってくる。
彼女にはよほど強く魔眼が効いているのだろうか?
さっきからなるべく目を合わせないようにしているから、魔眼の効力は小さいはずなのに。
「……はぁ。あのさ、シーラでも言ったけど、オレはキミの気持ちには答えられないんだ。何度言われようと、その答えが変わることはないよ。だから今後、オレの後をつけるようなことはやめてほしい。正直迷惑だ」
「そ、そんな……ワタクシ……ワタクシは……」
シレネはオレの言葉にショックを受けていたようだが、少しキツく言わないと彼女には分かってもらえない気がした。
(これで分かってもらえるといいんだけど……)
じゃあ、とシレネに別れを告げ、この場を去る。
────彼女に背を向けたオレは、気が付かなかった。
彼女の、狂気に近い眼差しに────。
そう、この時はまだ分かっていなかったんだ。
シレネが───。
その執着が───。
オレの想像を遥かに超えていることに───。




