【レド5ー4】彼の正体
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理事長室を出た直後、怒ったような表情のレドに強く腕を引かれる。
「レ、レド!?」
彼は私の手を取ったまま、人気のない廊下を進み、日が当たらない廊下の、外からも中からも死角になるような場所で私を解放した。
「い、いきなりなに────」
「……っ!!」
ダンッ──という鈍い音が、廊下に響く。
レドは壁際に私を閉じ込めるようにして、両手を壁についた。
レドの身体で、私に影が落ちる。
先程とはうってかわって、彼に両手をつかれているのと、彼の片脚が私の脚の間に入っていることで、完全に身動きを封じられた。
「レ───」
「…………」
レド、と彼の名前を呼ぶ隙も与えてもらえない。
それは───本当に、刹那のことで。
彼は素早い動きで片手を後ろにやった後、再び私の首元辺りにその手を動かした。
首筋に当たるのは彼の手の温もりでも、吐息でもない。
首筋に感じたのは、冷たい金属の感触。
彼は今、どこに隠し持っていたのか分からないナイフを、私の首筋に当てている。
もしこのまま彼がナイフを引いたら───私は確実に死ぬことになるだろう。
「…………」
「…………」
二人の間に長い沈黙が降りる。
その沈黙を先に破ったのは、レドだった。
「……貴女は───あの夜、私たちの会話を聞いていた。私が、ルデンの暗殺を命じられていることも、貴女は知っている。それなのに……何故、私を庇うような発言をしたのですか。貴女なら分かっているはずだ。貴女たちと別れた後、貴女の元へと戻る時間で、私にも犯行は可能だと────」
「……ええ、分かっているわ」
「……っならば何故あのような証言をしたのですか!! もし私が本当に襲撃者だったら、貴女まで罪を被ることになるんですよ!? 私の仲間だと思われ、王族暗殺の罪で死罪になる可能性だってあるんだ!! それなのに、何故……!!!」
レドは、声を荒げて言った。
(…………)
普段とても温和な彼が、ここまで感情を剥き出しにして怒りを露わにすることもあるのだと、驚いた。
……そう。驚いただけ。
首筋にナイフを当てられていても、怒鳴られても……不思議と、恐怖は感じなかった。
だって目の前にいるのは……他でもない、私が大切だと想う、信じたいと想う、レドなんだから。
「さっき言ったでしょう? 貴方を信じる、って。それに、ルデンが襲われたと聞いた時の貴方は、とても驚いていたわ。あの顔は、ルデンを本当に心配している時の貴方だった」
「……それも、演技かもしれませんよ。私が、貴女方を騙してきたのと同じように───」
レドは辛そうに目を伏せた。
(その顔で、もう答えは出ているのだけど)
彼はきっと、無意識でそんな表情を浮かべているのだろう。
「……そうね。貴方は、私たちの知る貴方が全てではないわ。でも……やっぱり、全部が全部嘘だとは思えないの。屋敷に閉じ込められた時……脱出するためにみんなで頑張った時も、シーラで一緒にお買い物した時も、私に『寄り添い続ける』と言ってくれた貴方も───全部本物だったわ」
「……っ」
ナイフを当てる手に力が入った。
小さな痛みとともに、液体が首筋をつたう。
───けれど、それでも私は、彼を見上げたまま微笑み続けた。
「……っ……なぜ……逃げないのですか……」
「レドになら、殺されてもいいかなって思っているからかしら。貴方が本当に私を殺したいのなら、そうしてくれて構わない」
「……っ……なぜ……そこまで私を…………」
レドはナイフを握っていた手をだらんと垂らし、そのままナイフを地面に落とした。
軽い金属の音だけが廊下に響く。
私は、彼の垂れた片手に触れ、指を絡める。
そして、ギュッと、優しく包み込むように力を込めた。
壁についたもう片方の手も同じように握って、彼の胸にポスンと頬を寄せてみる。
「───私が貴方を好きだから。それだけでは、理由にならない?」
「……っ」
レドは驚いたように目を見開いた。
そして彼は、罪に苛まれるかのように辛そうに顔を歪めると、言葉を続けた。
「私は───暗殺者、なのです」
「…………ええ」
ある程度、予想はできていた。
あの夜の、ローブの男との会話だけではなく───常に気配を消しているのにも、歩く時の足音がないのにも……暗殺者であれば全て納得がいく。
だから、レドの正体を彼自身の口から聞いても、正直あまり驚かなかった。
「私は……王家の人間を暗殺するその時のために、ずっと……ルデンの従者として潜入し続けてきたのです……。ルデンの従者になったのも、単純に、そのほうが標的を殺しやすいと考えたからにすぎない。私は……ルデン様の信頼を、もう10年以上裏切り続けている……! 欺き、続けている───」
最後、その言葉を言う彼の声は震えていた。
「……ええ。ルデンのことを想うと、貴方の行いは……最低だわ」
「───貴女は聡明な女性です……だから、あの夜の会話を聞いていた貴女なら……私の正体についても、すでに検討がついていたはず───」
「ええ。それでも、私は貴方が好き。嫌いになんてなれないわ」
レドは小さく息を呑んだ。
彼は、身体を小刻みに震わせながら静かに涙している。
「……っ───どうして……貴女は!全て分かっているはずなのに……! 何故貴女はそんなふうに……っ、尚も私を想うことができるのです……ッ!! 本当に……どうかしている……」
「……ええ。本当に……どうかしているわね……」
私はレドの背に腕を回し、優しく包み込むように抱きしめた。
彼が私を救ってくれた時、私にしてくれたように────。
(次は、私が貴方を救う番───)
「レド……あの夜、あの会話を私に聞かせたのって、わざとでしょう?」
「…………」
その問いに、レドは沈黙で答えた。
「初めは、偶然会話を聞いてしまったと思っていたけれど───暗殺者の貴方が、素人の尾行に気が付かないわけがない。貴方は……私がついて来ていることに気が付いていて、わざと自分の正体をほのめかした」
彼が真に暗殺者側の人間であれば、そんなことをわざわざする必要はない。
もし仮に、本当に偶然会話を聞かれてしまったにしても、彼ならさっさとルデンを殺し、私も口封じしているはずだ。
となるとやはり、考えられるのは───
「貴方は───私に止めてほしかったのでしょう?」
誰かに正体を明かすことで、自分を止めてほしかった。
そういうことなんじゃないかと思った。
そして、彼の表情から察するに、私の考えは正しいようで───。
「……っ、……ええ、貴女なら、私を殺してくださると思っていました。……貴女になら、殺されてもいいと───今でもそう思っています」
「嫌よ、変な期待は寄せないで。私は……好きな人には生きていてもらいたいもの。だからそのためにも、ルデンを殺そうとした真の襲撃者を捕らえましょう。それで、貴方の無実を証明したあと───ちゃんと、ルデンと話をして。貴方を許すかどうかは、彼が決める」
レドを見上げて、ね?と微笑む。
彼はしばらく沈黙していたが、やがて決意を固めたと言わんばかりに一度深呼吸をして、そのあと私を強く抱きしめ返した。
「……ありがとうございます、ベリルさん」
「……ふふ、まだ何も解決していないわ。ひとまず時計塔まで行って、王宮魔導師にレドは無実だってことを証言してから……その後私たちも調査を始め───」
「私も貴女が好きですよ」
「え────ひぁあっ!?」
(な、ななななな舐めっ! 首、くび……っ!?!!?)
突然のことに驚きすぎて、脳内の言語能力が低下してしまう。
だがしかし、無理もないと思う。だって、レドが突然、私の首筋を舐めたのだから。
「な……な、に……っ」
「すみません、貴女の肌を傷付けてしまって……」
「べ、別に少し切れただけ───というか、何も舐めなくったって……!!」
「……ふふ、すみません、つい美味しそうだったもので」
(美味しそう!?!)
「あぁ、これもまだ、言っていませんでしたね。私は、吸血鬼との混血なのです。貴女の血は……懐かしい味がします」
「きゅ、吸血鬼……」
(魔族との混血だとは聞いていたけれど……吸血鬼とのハーフだったのね……)
「おや、吸血鬼と聞いて怖くなりましたか? 今からでも殺してくださって構いませんよ」
「殺さない……し、次その冗談を言ったら怒るわよ。……そんなことで今更怖がったりしないわ」
ムッとした表情を浮かべてプイッと顔を背けると、レドは私のご機嫌を取るように、ふわりと頭を撫でた。
「……貴女を巻き込んでしまい、申し訳ありませんでした。最後に、貴女とお話することができて、良かったです」
「え─────」
「ここから先は、私自身でケリをつけます。ルデン様には……申し訳なかったとお伝えください」
「レド───……っ、」
レドの素早い手刀が私の首に一瞬の衝撃を与えた。
その衝撃を認識する前に、私の意識は遠のき、視界が暗くなる────。
次に私が意識を取り戻したのは、時計塔の中だった。
目を開けると、心配そうに私の顔を覗き込むゲルド理事長と王宮魔導師たちがいただけで、私の隣にレドの姿はなかった。
レドは、私たちの前から姿を消し、行方をくらませた────。




