【レド5ー2】本物と偽物と
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───あの日の夜から、五日が経った。
しかし、幸いにも何も進展はない。ルデンの横を歩くレドにも、変化はない。
学園では、こうして二人といるからタイミングがないのかもしれないけれど、私は彼らと一日中一緒にいるわけではないのだ。
私と別れたあとなら、ルデンを殺害するタイミングは何度もあったはず。
なのに、彼はそれを実行に移していない。
(まだ油断はできないのかもしれないけれど……第一、何故レドがルデンを手にかけなければならないの? 数日間長く一緒にいさせてもらったけれど、彼らには主従関係以外にも、もっと深い絆のようなものがあって、お互いを信頼し合っているのがよく伝わってきたわ。だから……レドがルデンを殺すだなんて、想像もできない)
「あぁ、ビックスバイド君。ちょうどいいところに」
廊下を歩いていると、通りがかった教授がレドを呼び止めた。
「先日の講義では実に有意義な討論を聞かせてもらった。その件で是非とも詳しく聞きたいことがあるのだが、今時間はあるかね?」
「はい。ルデン様、少々お側を離れてもよろしいでしょうか?」
「構わないよ。……あぁ、そうだ。僕もこの後ゲルド理事長に呼ばれているのだけど……ベリル、ここで少し待っていてくれるかい?」
(レドは教授に呼ばれているし、大丈夫……よね)
「ええ、分かったわ」
「それでは、私も用件が済み次第、ベリルさんの元へ戻ります」
「うん、分かった。それじゃあ僕も、ちょっと行ってくるね」
「ええ、いってらっしゃい」
二人と別れしばらくすると、レドが先に用事を済ませて戻ってきた。
ルデンを待つ間、レドと他愛のない会話を交わす。
(……そういえば、レドと二人きりになるのも久々だわ)
「……そういえば、ベリルさんと二人きりになるのは久しいですね」
「!」
「どうかされましたか?」
「あ、いえ……今ちょうど同じことを思っていたから、驚いて」
「ふふ、そうでしたか。ここ最近は共に行動することが多くなりましたね」
「……そうね。迷惑だったかしら?」
「まさか。貴女と共に過ごすことができて、ルデン様も……私も、嬉しい限りです」
笑顔を向けられ、私も微笑んで返す。
「そう……ありがとう。私も二人と共にいられて嬉しいわ」
「確か……交流祭が終わった辺りから、ベリルさんは積極的に我々と一緒に行動してくれるようになりましたね」
レドは壁際にいた私の元へと近づくと、私を閉じこめるように、トン……と壁に手をついた。
「正確に言うと───後夜祭で、私がパーティー会場を抜けた辺りから、でしたか?」
(……っ────)
レドの赤い瞳が、妖しく揺れた。
壁に身体を押し付けられているわけでもないし、彼の手を避け距離をとることも容易いだろう。
だけど───何故かそれができなかった。
身体が金縛りにあったかのような感覚に襲われたからだ。
さっきから、心臓の音がうるさい。
彼に悟られないよう、静かに息を整え口を開いた。
「…………そうだったかしら? ……というか、レドはずっとパーティー会場にいた気がしたけれど。抜け出していたの?」
口では平静を装っているが、内心、動揺してどうにかなりそうだった。
彼の問いには、否定も肯定もしてはいけない。
どちらの答えを言っても、レドがパーティーを抜け出していた事実を知っていることになる。
レドは────私にカマをかけてきたのだ。
あるいは、彼は……私があの場にいたことに、気が付いていたのかもしれない。
そして何より残忍なのは、レド自身の言葉で、あの夜に見た彼と、今私の目の前にいる彼とが同一人物であることを裏付けてしまった。
「…………ふふ、実は外の空気を吸いに少しだけ」
───レドは平然と答えた。
「……そうだったの」
───そして、私も。
すると、彼はクスっと笑って言った。
「…………やはり、貴女は聡明な方ですね」
そう小さく呟いてから、レドは私から離れようとする。
「…………っ」
それを咄嗟に、彼の胸元をキュッと掴んで引き止めた。
「…………」
「…………レド」
「───はい」
「……ルデンや、みんなのこと、好き?」
「……ふふ、突然どうし───」
「答えて、レド」
はぐらかせはしない、と、いつになく真剣な顔で彼を見上げた。
すると彼の表情からも、笑顔が消えた。
「──ええ、好きですよ、とても。───もちろん、貴女のこともね」
嗚呼……この表情だ。私があの夜に見た彼と、同じ───。
レドの表情からは、感情が読み取れなかった。
しかし、だからこそ───そんな彼に、私は安堵したのだった。
今の言葉は、嘘ではない……そうはっきりと確信したから───。
彼がここで嘘をつくとしたら───笑顔を浮かべるはずだから。
「…………そう。なら、いいわ」
私は服を掴んでいた手をパッと離し、レドを解放した。
「……私も好きよ、レドのこと。だから私も………貴方と過ごした日々を、信じることにする」
(疑うことは……誰にでもできることだもの)
「本当の貴方が分からなくなってしまった時……ずっと、どうしたらいいのか悩んでいたのだけれど……」
私は俯いていた顔を上げ、レドの瞳をしっかりと見ながら告げる。
「もう、面倒になっちゃった! 悩んだり、迷ったり、疑ったり───そういうの、全部。……私を救ってくれた貴方は、全部、本物だったもの。その事実は、本物だった」
私が微笑むと、彼はフイッと目を逸らした。
「……貴女は、どちらの私が本当の私だと?」
どちら、というのは────私の知っている今までのレドと、あの夜の彼のことを指しているのだろう。
私は少し考えてから、ヘラっと笑った。
「んー……わかんない」
「……え?」
彼は豆鉄砲を食らった鳩のような顔をした。
「私がついこの間まで自分の力を隠していたのと同じように、貴方も何かを偽ってきたのだとしたら───どちらが本当か、なんて……最初から分かるはずがなかったのよ。だから、もう……どちらが本当の貴方なのかは、貴方自身が決めていいんじゃない?」
「え……」
「私たちの知っている貴方のことは、変わらず信じ続けるし……もしそうでないのなら───本当の貴方をこれから愛せばいいだけのこと、でしょう?」
レドは目を見開き、そのあと苦しそうに目を伏せた。
「……何故、そのような考え方ができるのですか。……その考えは、聡明な貴方らしくない。簡単に他人を信じるなどと……実に暗愚で滑稽だ」
「誰でも信じるわけではないわよ? レドだから、信じたいの。もし……私が関わってきた貴方が全て偽りだったとしても、貴方が私を救ってくれた事実は、何があっても変わらない。それだけで、私にとっては信用に値するの!」
めいっぱい笑顔を見せると、レドは再び私から目を逸らし、表情を曇らせ黙り込んでしまった。
(今は……これでいいわ)
彼が本当は何者で、あのローブの男とどんな関係があるのか────その答えは、彼が打ち明けたいと思った時に聞ければいい。
(あぁでも、今後もレドにルデンは傷付けさせないけれどね)
そこも譲れない重要なポイントだ。
「そういえば……ルデン、遅いわね。もう結構経つのに。理事長室まで迎えに────」
迎えに行こう、と提案しようとした時。
廊下を次々に学生たちが走り抜けて行く。
それも、酷く慌てたように。
「ねぇ、何かあったの?」
学生の一人に声をかけ呼び止める。
「い、今……っ、ル、ルデン様が中庭で倒れておられたというお話が……っ!!」
「なっ───なんですって……!?」
「……っ!?」
走り去る学生の後に続き、私たちも中庭へ急いで向かった。




