第8章:二人での夕食
「いただきまーす!」
食卓に並んだ料理から食欲をそそる香りが漂う中、明るい声がダイニングルームに響いた。見た目も香り通り、どれも美味しそうだ。
「ん~! 食べるぞ~!」リョウが満面の笑みで餃子に手を伸ばすと、向かいに座っていたケイコが素早くその手を叩いた。
「痛っ!」彼は顔をしかめ、手を引っ込めた。
「行儀が悪いわよ、リョウ。まずはゲストから選んでもらわないと」ケイコは彼をたしなめると、右隣に座るアオイの方を向き、温かい笑みを浮かべた。
「さあ、遠慮しないで」
「は、はい、ケイコさん」アオイは少し緊張した様子で笑いながら、お椀と箸を手に取った。
「エビは好き? いくつにする?」ケイコはすぐにエビをいくつか取り分けようと箸を伸ばした。「たくさん食べてくれたら嬉しいわ。あ、卵焼きもたくさんあるのよ。好きだって聞いてるから」
「3つ、お願いします」アオイが微笑んでお椀を差し出すと、ケイコは嬉しそうにその中にエビを入れた。
ライトは、母がアオイの世話を焼く様子を静かに眺めながら食事を続けた。二人は笑顔で楽しげに会話を交わしている。
母さん、張り切りすぎだろ……。ライトの右隣に座るリョウは、叩かれた手をさすりながら苦笑いした。
「ああ」ライトは料理を飲み込みながら頷いた。「お前がレイナ先輩を初めて連れてきた時も、あんな感じだったよな」
リョウはもう一度ため息をついたが、すぐに笑顔を取り戻した。「ま、アオイも食べ始めたことだし、俺たちも食うか」
彼は箸を手に取り、目を閉じて満足げにハミングしながら、美味しそうに食事を始めた。
ライトは苦笑いしつつ、自分も食事を続けた。
一方、ソウシロウはアオイから目が離せずにいた。
彼は無言のまま、妻と談笑し、温かい笑みを浮かべて目を細める彼女の姿を見つめていた。
どうして……? 懐かしさと信じられないという思いが入り混じり、彼の瞳は優しく和らいだ。どうして……そして、なぜ彼女はあの人にこれほど似ているのだろうか。
彼の脳裏に、十九年前に知っていたあの女性の姿が蘇った。
濃紺のジャケットと暗い色のパンツを身にまとい、背筋を伸ばして力強く立つ彼女。彼に背を向けたその姿の背後で、濃紺の髪が緩やかに揺れていた。
アイコ……。彼は唇をきつく結んだ。まさか……あり得るのか? 彼女は……あまりにもあの人に似ている。
「あなた?」恵子の声に、彼は我に返った。
宗四郎が顔を向けると、そこには心配そうな彼女の視線があった。
「大丈夫?」と彼女は優しく尋ねた。「何も食べていないみたいだけど」
「え?」宗四郎は瞬きをして彼女を見つめ、それから視線をテーブルの向こう側へと移した。そこには、彼に注目している年下の三人組の姿があった。
彼の視線は葵で止まった。彼女が食事の手を止めていることに気づいたからだ。
「ああ、ありがとう」彼は箸を手に取り、両手を合わせた。「いただきます」
彼は料理を自分の茶碗に取り分け、視線をテーブルに落としたまま食べ始めた。
彼が再び食べ始めたのを見て、葵と涼も食事を再開した。一方、ライトはもうしばらく父親を見つめていたが、やがて同じように食べ始めた。
恵子は静かに夫の様子を見守り、やがて口元に小さな笑みを浮かべた。
(葵ちゃんを見た時のショックが、まだ抜けていないのね。無理もないわ)
彼女は視線を葵へと移し、その食事風景を優しい表情で見つめた。
(私も最初は『あの子』かと思ったもの……あの濃い青色の髪と、淡いラベンダー色の瞳……間違いないわ)
「ん~っ!」葵は鶏肉を口に運び、目を輝かせた。「このチキン、すごく美味しいです、恵子さん」
「でしょう?」恵子は誇らしげに笑った。「旨味を引き出すために、スパイスを絶妙な加減で効かせているのよ。やっぱり、お肉をジューシーに仕上げるのが一番大事だものね」
葵は熱心に頷いた。「なるほど」
「母さん、そこまで言わなくてもいいだろ?」涼は苦笑しながら、こめかみに汗を浮かべた。
「言っただろ、料理のことになると張り切りすぎるって……」ライトも兄と同じように汗を浮かべ、ため息をついた。
「何が悪いのよ?」恵子は片方の頬を膨らませ、不満げな顔をした。「料理の腕を磨くのは、女性にとって喜びの一つなんだから」
「その通りですね」葵は同意するように頷いた。「料理ができるっていうのも、大切なスキルだと思います」
「だよね~!」恵子は目を輝かせながら、熱心に頷いた。
打ち解けるのが早いな……。ライトとリョウは、心の中で同時にそう思った。
ライトは呆気にとられたような顔で、こめかみに汗を浮かべていた。一方のリョウも、やはり汗を浮かべながら、困ったような笑みを浮かべて目を細めていた。
ソウシロウは葵をじっと見つめながら、口を動かし続けた。「料理について、ずいぶん詳しいんだな」
葵は彼に視線を向け、その言葉に一瞬驚いた様子を見せたが、やがて小さく微笑んだ。
「はい。子供の頃から、料理を覚えるのが大好きだったんです」
彼女の瞳が優しくなった。「でも……当時は、あまり学ぶ機会がなかったんですけどね」
「そうなのか?」ソウシロウは言葉を切り、興味深げな表情を浮かべた。「家族は? お父さんやお母さんはどうしていたんだ?」
食卓が静まり返った。葵はゆっくりと視線を自分の器に落とし、表情を曇らせた。
「父さん……」ライトが静かに声をかけた。
ソウシロウはまばたきをした。デリケートな話題に触れてしまったことに気づいたのだ。
「母はもう亡くなっています……」葵は静かに答えた。視線を落としたまま、その唇には悲しげな笑みが浮かんでいた。「父については……えっと……今はもう、一緒にいないんです」
リョウは話を聞きながら、口の中のものを飲み込んだ。
「実は……私は東京の出身なんです」葵は小さく息を吸い込んでから、言葉を続けた。「姉のキョウカがいるんですが、彼女は今、更生施設に入っていて」
彼女の唇がわずかに震えたが、それでも話を続けた。「父は再婚して……えっと……父の新しい家族との間には、いろいろとあって」
彼女は少し言葉を区切った。「でも、一年ほど前にここへ引っ越してきたんです……彼らから離れて」
「葵……」ライトが呟き、表情を曇らせた。
「あら……」恵子の表情が同情の色を帯びて優しくなった。「ごめんなさいね。そんな大変な思いをしていたなんて、知らなかったわ」
葵は優しく首を横に振った。その表情には温かな笑みが浮かんでいる。「大丈夫です。もう、気にはしていませんから」
彼女は再び、お椀と箸を手に取った。「こうして、出会ったみんなと一緒にいられることが嬉しいんです……特に、小夜鳴高校のみんなと」
「そうだよな」リョウは励ますような笑顔で頷いた。「俺たちと一緒にいられるなんて、葵は本当にラッキーだよ、母さん、父さん。彼女、すごく強いんだ。戦いも剣術もかなりの腕前だしね――俺が言うのもなんだけどさ!」
「へえ、そうなのか?」総四郎は、少し照れくさそうな表情を浮かべた葵に視線を向けながら呟いた。
「おい、彼女の腕前だの癖だのをベラベラ喋るんじゃねえよ、バカ」ライトが歯ぎしりするように声を潜めた。
「え~? でも本当のことだろ~?」リョウがふざけて不満を漏らすと、葵はくすりと笑った。
「葵ちゃん」恵子が温かく、かつ興味深げな表情で彼女の方を向いた。「小夜鳴高校に通うことについて、どう思っているの? 入学してから、どんな感じ?」
葵は不意を突かれたように瞬きをした。お椀を持ったまま、箸を口元へ運ぶ途中で止め、思案するように視線を落とす。
「正直に言うと……」彼女は静かに話し始めた。「最初は、この学校に入ることに対して懐疑的だったんです」
彼女の意識は、レイナと初めて出会った夜へと遡った。エメラルドグリーンの瞳に宿る揺るぎない決意、そして小夜鳴高校のジャケットを差し出した時の、力強い声の響き。
「レイナ先輩にこの学校を勧められたとき、私はためらっていました。過去にいろいろなことがあって……新しい人たちと出会ったり、自分をさらけ出したりする心の準備ができていなかったんです」
彼女の指が、箸を少し強く握りしめた。「孤独で……混乱していて……どうすればいいのか分からなかったんです」
一瞬、彼女の表情が遠くを見つめるようなものになった。だが、やがてゆっくりと、穏やかな笑みが唇に戻ってきた。
「でも……みんなと出会い、新しい友達と絆を深め、彼らの本当の姿を知るうちに、あることに気づいたんです」
彼女は顔を上げ、その瞳を優しく和らげた。 「適切な人たちと一緒にいることは、過去の痛みや傷を癒やす助けになります。単に身体的なことだけでなく……」
葵は言葉を区切った。「……心も、ですね」
彼女の笑みが、より温かみを帯びた。「彼らのおかげで私は強くなれましたし、過去の生活をいつまでも振り返るのではなく、前へ進む方法を教えてもらいました」
笑うと、彼女の目尻には愛らしいしわが寄った。「だから、彼らと出会えて本当によかった。小夜鳴木高校に入ったことも、すごくよかったと思っています。だって、もし入っていなかったら……」
彼女は、自分と一緒にテーブルを囲むみんなに視線を巡らせた。「……今の人生で、こんなに素晴らしい人たちと出会うことはなかったでしょうから」
彼女の言葉に、宗四郎の瞳が輝いた。
ほんの一瞬、彼女の声が、彼が遠い昔に耳にした何かの響きと重なった気がした。
「みんなのおかげで強くなれた……過去の自分から前に進めたの。それに、人生で最高の人たちに出会えてよかった」
彼は息を呑んだ。目を細め、温かな笑みを浮かべる葵の顔を見つめる。
ああ……彼の眼差しが優しく和らいだ。彼女は、あの人に本当によく似ている……。
恵子の瞳に涙が滲み、彼女は突然テーブル越しに身を乗り出すと、葵をぎゅっと抱きしめた。
「あなたって本当に素敵ね~! ライトがあんなに優しくする理由がわかったわ!」
「ちょっと、母さん!」ライトは頬を真っ赤にして抗議した。
「でも、母さんの言う通りだろ」リョウはニヤリと笑い、グラスを口元へ運んだ。「葵は、お前が特別扱いした最初で最後の女の子なんだからな」
「うるせえ、バカ!」ライトはリョウが酒を一口飲むか飲まないかのうちに、ふざけて彼の脇腹にパンチを食らわせた。
リョウは身をよじり、危うく酒を喉に詰まらせそうになりながら身を引いた。
「おいおい、ライト~!」と彼は不満げに声を上げた。「俺の言ってること、素直に認めればいいじゃん」
「お断りだね!」
テーブル越しに言い合う兄弟の姿に、葵と恵子は目をパチクリさせた。
やがて、笑いをこらえようと頬を膨らませていた二人の女性は、ついに堪えきれずに笑い出した。
リョウは二人を見て瞬きをした後、つられて笑い出した。一方のライトは、恥ずかしさを隠すように片手で顔を覆い、小さく笑った。
宗四郎は、その光景を慈しむような小さな笑みを浮かべて眺めていた。
そして、彼の視線は再び葵へと向けられた。
彼女はまだ笑っていた。目を細め、先ほどよりもさらに明るい表情で。
本当に君にそっくりだ……愛子。
.............................
「わあ~っ!これ、すっごく可愛い~!」葵は目を輝かせながら、ライトの幼少期の写真が詰まったアルバムをめくった。
「でしょ~?」隣にいた恵子も、葵と同じように興奮気味に相槌を打つ。
「こっちも見てよ、葵!」もう片方の隣に座っていた涼が、悪戯っぽい笑みを浮かべて言った。「ライトが俺に初めてパンチした瞬間!母さんがバッチリ撮ってたんだよ!」
「本当だ~!可愛い~!」葵は笑い声を上げた。そこには、赤ちゃんのライトが小さな拳を涼の頬にしっかりと叩きつけている写真があった。
三人はダイニングテーブルを囲んだまま、アルバムにすっかり夢中になっていた。
一方、部屋の反対側では、ライトがリビングのソファにあぐらをかいて座り、うなだれていた。まるで青黒いどんよりとしたオーラが彼にまとわりついているかのようだ。顔はまだ真っ赤で、あまりの恥ずかしさに両手で顔を覆っていた。
彼の隣では、総四郎が落ち着いた様子で新聞を読み、床では淳が丸くなって穏やかに眠っていた。
実は夕食後、涼が悪戯っぽく葵に「もう少し待ってて」と言って二階へ消え、約束通りすぐにライトの幼少期のアルバムを抱えて戻ってきたのだ。
「涼のやつ、よくも……」ライトは真っ赤になった顔を隠したまま、歯ぎしりをするように呟いた。
総四郎は新聞を少し下げ、息子をちらりと見た。
「……大丈夫か?」
ライトはゆっくりと手を下ろした。その目は虚ろで、白目をむいているようだった。
「あいつ、絶対に殺してやる……」彼は陰鬱な声で呟いた。
総四郎はダイニングの方に目をやった。そこでは葵が、恵子や涼と一緒に笑いながら、まだ写真をめくり続けていた。
「お前も混ざらなくていいのか?」
「あそこに座って、この屈辱に耐えながら笑いものにされるなんて御免だね」ライトはソファにさらに深く沈み込んだ。「遠慮しとくよ」
ジュンは眠りの中で少し身じろぎし、さらに小さく体を丸めた。
ソウシロウは、息子のその反応に穏やかな笑みを浮かべた。
ライトは気恥ずかしそうにしていたが、こうして彼が笑い合える人々に囲まれている姿を見るのは、どこか心が温まるものだった。たとえその相手が、彼の生活をかき乱すような存在であったとしても。
彼の視線は、再びダイニングテーブルの方へと戻った。
アオイはケイコやリョウと笑い合っていた。目を細め、その表情は完全にくつろいでいる。
一瞬、ソウシロウの笑みがさらに柔らかくなった。そして、彼女の姿に引き寄せられるように、別の光景が脳裏に浮かび上がった。
同じ顔立ちをした女性。同じ濃い青色の髪。そして、同じように優しさを湛えた瞳。
その記憶が心に残る中、彼の笑みは静かなものへと変わっていった。
アイコ……
……………….
「お招きいただき、本当にありがとうございました。夕食、とても美味しかったです」
アオイは丁寧に一礼してから顔を上げ、玄関先でライトの隣に立つと、再び明るい笑顔を見せた。
外はすっかり暗くなっていた。家族と過ごした夜も終わり、彼女が帰る時間になったのだ。
「こちらこそ、来てくれて嬉しかったわ、アオイちゃん」ケイコが温かい笑みを向けた。
「ああ! 今夜は最高だったな!」リョウも拳を突き上げながら声を弾ませた。
兄の尽きることのない熱量に、ライトはただ溜息をつくしかなかった。
「私も楽しかったよ、アオイちゃん」ソウシロウも穏やかな笑みを浮かべて言った。「またいつでも遊びに来ておくれ」
その言葉にアオイの瞳が輝き、胸の奥に温かいものが広がった。
「はい、ありがとうございます!」
ケイコは柔らかな表情のまま一歩前に出て、白い袋を二つ差し出した。
「これ、持って帰ってね」
「えっ?」アオイはまばたきをしてから手を伸ばし、袋を受け取った。
「お菓子や料理の残り、それにちょっとしたものよ」ケイコは微笑んだ。「チョコレートケーキも入れておいたし、子犬のシオちゃん用のおやつもね」
手元の袋に目を落としたアオイの顔が、ぱっと明るくなった。
「本当にありがとうございます」
ケイコの表情が優しく和らいだ。彼女は何も言わずに一歩踏み出すと、葵を温かく抱きしめた。
「えっ?」突然の抱擁に、葵は不意を突かれて目をぱちくりさせた。
「覚えておいてね、葵……」ケイコは少し力を込めて抱きしめながら、囁くように言った。「この世界で、あなたは一人じゃないのよ」
彼女の声はさらに優しくなった。「愛に満ちた場所が必要だと感じたら、いつでも私たちのところへ来ていいのよ。いつでも戻ってきてね、愛しい子」
葵の瞳が潤んだ。小さく鼻をすすると、彼女はゆっくりとケイコに腕を回し、その肩に顔を埋めた。
「はい……」彼女はそう呟いた。
ケイコはもうしばらく葵を抱きしめたままだったが、やがてそっと身を離した。
「もう……」彼女は愛おしげにため息をつくと、葵の額を軽くデコピンした。「『ケイコ』って呼んでって、何度言ったらわかるの?」
葵はくすりと笑い、温かい笑みを浮かべながら額をさすった。「はい、ケイコさん」
ケイコの眉がぴくりと動いた。ライト、リョウ、そしてソウシロウは、そんな二人のやり取りを眺めながら、表情を和らげて微笑むしかなかった。
葵はもう一度お辞儀をした。「それじゃあ、失礼します」
「ええ、気をつけてね」ケイコは微笑み、優しく手を振った。
「帰り道、気をつけてな」とソウシロウが付け加えた。
「俺が送っていくよ」とライトが申し出た。
父親は賛成するように頷き、母親の顔はたちまち満面の笑みで輝いた。
その反応に、ライトはただ苦笑いするしかなかった。
「じゃあ、明日学校でね、葵!」と、リョウが元気に手を振りながら声をかけた。
「さようなら。おやすみなさい」と葵が微笑み返すと、ライトが前に出て彼女のためにドアを開けた。
外へ出たところで、彼女はふと足を止めた。
そして肩越しに振り返り、目を細めてパッと明るい笑顔を見せた。
「このご恩は一生忘れません。必ずまた戻ってきます」
ソウシロウは目を見開いた。その笑顔……。
ほんの一瞬、葵の顔に別の女性の面影が重なって見えた気がした。
同じ優しい表情。同じ濃い青色の髪。見覚えのある顔立ち。
アイコ……。懐かしさがこみ上げ、彼の唇がわずかに開いた。
葵は最後に一度手を振ると背を向け、ライトと共に夜の闇へと消えていった。
ソウシロウは思わず一歩前に踏み出した。彼女の姿が見えなくなった後も、彼の視線は入り口に釘付けのままだった。
「ソウシロウ?」と、ケイコの穏やかな声が彼を現実に引き戻した。
彼はゆっくりと彼女の方を向いた。「ん?」
ケイコは夫をじっと見つめた。その表情は穏やかだが、心配の色が浮かんでいた。「あなた?」
ソウシロウの唇がかすかに震えた。彼は一瞬視線を落としてから、首を横に振った。
「大丈夫だよ」と無理に小さく微笑み、彼は階段の方へ向き直った。「えっと……何かあったら上にいるから」
ケイコとリョウは、心配そうな、しかし柔らかな表情で、立ち去る彼の背中を静かに見つめていた。
..........................
「最高のディナーだったね!」葵は満面の笑みを浮かべ、荷物をしっかりと抱えたまま、両腕を軽く振って歩いた。
「言っただろ、うちの両親、絶対お前のこと気に入るって」ライトは彼女を見つめながら、無造作にポケットに手を突っ込んでニヤリと笑った。
「本当だったね」葵は満足げに息をつき、夜空に散らばる星々を見上げようと顔を後ろに傾けた。
「最初はすごく緊張したよ。私を見た瞬間、二人が一瞬動きを止めて、すごく驚いた顔をしたから。あれって……どういう反応だったのかな?」
ライトはふーんと鼻を鳴らし、視線を足元の舗装された道に落とした。
「さあな」彼は呟いた。「俺もあれ、不思議に思ってたんだ」
「まあ、どっちにしても……」葵は彼の方を向き、柔らかな笑みを浮かべたまま後ろ向きに歩き出した。「いい印象を持ってもらえてよかった」
「言ったろ、そんなに無理しなくていいって」ライトは彼女をちらりと見た。「お前はそのままで十分完璧なんだから」
葵は歩く足を止めた。頬が瞬時に赤く染まる。
「い、言いたかったのは――!」ライトは慌てて手を振りながら顔を赤くした。「何も心配する必要なんてなかったってこと! つまり……その……お前はもう……えっと……」
彼は言葉を濁し、明らかに適切な言葉が見つからずにいた。
葵はくすりと笑った。「ライト、そんなに身構えなくていいよ。わかってるから」
ライトは動揺したまま視線を逸らした。「まあ、お前のせいだろ、『青髪』」
「ちょっと」葵は真顔で彼を見た。「雰囲気壊さないでよ、『影の少年』」
「何も壊してないだろ!」
「本当に?」
葵の顔にいたずらっぽい笑みが戻り、その瞳が楽しげに輝いた。
「だって、あんたの子供時代の写真を見た時とは、随分態度が違うじゃない」
ライトの顔が再び真っ赤に染まった。「よくあんなの最後まで見てたな! 普通なら……なんだろ、急いで帰っちゃうかと思ってたのに!」
「それじゃ、あなたの可愛い赤ちゃんの頃の写真を見るチャンスを逃しちゃうじゃない」葵はにやりと笑った。「絶対にありえないわよ、シャドウ・ボーイ」
ライトは大げさに息を吐き出し、腕を組んだ。「まあ、ずいぶん楽しんだみたいだな、青髪さん」
アオイはまたくすりと笑うと、前を向いて歩き出した。
ライトも彼女の隣を歩きながら、小さく笑い声を漏らし、首を振った。
だが、苛立つどころか、自然と笑みがこぼれていた。星空の下を歩く二人の間には、彼女の笑い声の余韻が残っていた。
そして、そのおかげで、彼の心は少し温かくなったような気がした。
「どうしたんだ、俺は?」と彼は思った。妙な感じだが……。
彼の視線は、前を歩くアオイの背中に注がれた。歩くたびに、彼女の長い青い髪が優しく揺れている。
ただ彼女の笑い声を聞くだけで……胸が高鳴る。
ライトはゆっくりと胸に手を当てた。心臓の鼓動が速い――本来あるべき速さよりも、ずっと。
「すごく速い……」頬が熱を帯びる。「抑えられない」
しばらくして、二人はその日の夕方、ライトが彼女を待っていた分かれ道にたどり着いた。
アオイは立ち止まり、柔らかな笑みを浮かべて彼の方を向いた。「それじゃ、私はこっちだから」
いつもの別れ場所に到着したことに気づき、ライトは目を見開いた。
「あ、ああ……そうだな」
アオイは微笑みを浮かべたまま、自分の帰る道の方へと向き直り、歩き出した。
ライトはその場に立ち尽くし、遠ざかっていく彼女の背中を見つめていた。
彼は唇をきゅっと結んだ。そして――
「ア、アオイ!」
彼女は立ち止まり、彼を振り返った。「どうしたの?」
ライトは眉を寄せた。「何か忘れてないか?」
「えっと……」アオイは自分自身を見回し、手に持っている袋を確認した。「特にないと思うけど」
「本当に?」ライトは尋ねた。少しじれったくなっていた。
「そうかな?」葵は心底不思議そうに首を傾げた。
ライトは頬を膨らませ、目を細める。「もう、もっとよく考えてよ!」
「ライト……」葵はため息をついた。「本当に何のことか分からないの。もし知ってるなら、言ってよ」
ライトの頬が急に赤く染まった。この子はもう……!
「バカ! 『おやすみ』って言うのは君の番だよ!」彼はついに口走った。唇を少し尖らせながら。
葵はまばたきをした。「え?」
やがて彼女の表情が変わり、ようやく理解した様子を見せた。「あ、そっか……。交代で言うなんて知らなかったな」
「決まってるんだよ!」ライトは頬を赤らめ、心臓を早鐘のように打たせながら息を吐き出した。「昨日は僕が言ったんだから。次は君の番!」
葵はしばらく彼を見つめた。そして、小さく息を呑んだ。
彼女の唇に穏やかな笑みが浮かび、その瞳には静かな愛情が満ちていた。
「おやすみ、ライト」彼女の声は優しかった。
ライトは息を止めた。彼が何か言うより早く、葵が急に小走りで彼の方へ戻ってきた。
「え……」彼女が目の前で立ち止まると、彼はまばたきをした。
葵は目を細めて満面の笑みを浮かべ、彼に向かって拳を突き出した。
ライトの茶色い瞳が輝いた。彼もまたゆっくりと笑みを広げ、彼女に応えるように拳を上げた。
コツン。
二人の拳が軽く合わさった。
「うん……」彼は呟いた。「おやすみ」
二人は手を下ろした。
葵はくすりと笑って手を振ると、振り返りざまにまた手を振りながら、軽やかな足取りで駆けていった。
ライトは彼女の姿が見えなくなるまで、明るい笑みを浮かべたまま手を振り返し続けた。彼女の姿が完全に消えてから、ようやくゆっくりと手を下ろした。
彼の表情から力が抜け、穏やかな笑みになった。両手をポケットに突っ込み、彼はようやく自分の家へと続く道へ向き直った。
……………
恵子と共に人生を築いてきた寝室で、壮志郎は静かにクローゼットの奥を探っていた。
やがて彼の指先が、長年手つかずのままにしていた隠し場所に触れた。
彼は小さな木箱を取り出した。それを置くと、数秒間、その蓋を見つめた。
蓋にかざした手が止まる。彼はためらった。
やがて、静かに息を吐き出し、ついに蓋を持ち上げた。
中にはいくつかの古い思い出の品が入っていた。それは、彼が意図的にしまい込み、長年振り返ることを拒んできた過去の断片だった。
その中に一枚の写真があった。壮志郎はそれを慎重に手に取った。
写真には、遠い昔の数人の姿が写っていた。若かりし頃の自分と、同じく若かった浩太、そしてその傍らに立つ二人の若い女性。
一人は茶色の髪に、印象的なエメラルドグリーンの瞳をしていた。レイナによく似た容貌だ。
もう一人は……
壮志郎は息を呑んだ。
彼女は濃い青色の髪に、淡いラベンダー色の瞳をしていた。つい先ほど自分の家に立っていた少女と、瓜二つの容貌だった。
葵だ。
彼の視線は、写真の中の青い髪の女性に釘付けになった。
彼はゆっくりと立ち上がった。空いた方の手で、彼女の微かに微笑む顔をそっと指先でなぞる。その手は震えていた。
「アイコ……」彼の唇が震える。「やはり、俺の勘違いじゃなかったんだな」
彼の脳裏に、アオイの姿が蘇る。かつて食卓を囲み、ケイコやリョウと共に笑い合い、必ず戻ってくると約束してくれたあの少女の姿が。
「さっきのあの子は……」彼は写真を握る指に少し力を込めた。「お前の娘なんだな?」
「サクラバ・アオイ……」目尻に涙が溜まり、瞳が潤む。
声にならないほどの呟きが漏れた。「そうか……本当だったんだな」
また一筋の涙が頬を伝い落ちる。「もう二度と、戻ってこないのか?」
「あなた……」
ソウシロウは瞬きをした。入り口の方を向くと、そこにはケイコが立っていた。彼女は優しく、すべてを理解しているような眼差しで彼を見つめていた。
「ケイコ……」彼は囁いた。ついに涙が頬を伝ってこぼれ落ちる。
ケイコはすぐに歩み寄り、彼を抱きしめた。
ソウシロウの感情が決壊した。彼は彼女を強く抱き返し、彼女の首筋に顔を埋めて、声を殺して嗚咽を漏らした。
ケイコは優しく彼の背中をさすった。「わかってるわ、あなた……」彼女は囁く。「あなたの気持ち、痛いほどわかるわ」
やがて彼女は身を離し、彼の頬を伝う涙を丁寧に拭った。
「ケイコ……」ソウシロウは震える声で呟いた。「アイコは……あの子は……」
「しっ……」恵子は優しく彼の唇に手を当て、安心させるような温かい微笑みを向けた。「大丈夫よ」
宗四郎の目に、再び涙が浮かんだ。
「じゃあ……つまり……」彼の声が震える。「葵は、彼女の……?」
恵子は優しく微笑み、頷いた。「ええ」
宗四郎は震える息を吸い込み、頬を伝う涙を拭った。
「全く知らなかった……」彼は呟いた。「まだショックで……信じられないよ」
「信じなきゃいけないのよ、お父さん」
宗四郎と恵子は、同時に出入り口の方を向いた。
そこには、腕を組んで何気ない様子でドア枠に寄りかかる、いつもとは違う真剣な表情の涼が立っていた。
「涼……」宗四郎が呟く。「お前……知ってたのか?」
「最初から」涼は頷いた。「葵は本当に、新井愛子の娘なんだ。葵が初めて『さよなき』に足を踏み入れたとき、レイナからそのことを聞かされていた」
恵子は思案するような表情を浮かべた。「それじゃあ、葵は全部知ってるってこと?」
涼は首を横に振った。「全部じゃない。レイナは葵に、母親である愛子のことを知っていたということと、愛子が『さよなき』の創設者だったということしか話していない」
彼は目を細めた。「でも、愛子が『さよなき』を築くのを助けた『他の勢力』については、一切触れなかったんだ」
「なるほど、そういうことか」宗四郎はゆっくりと頷いた。
「葵にはまだ、真実のすべてを話さないほうがいいと判断したんだ」涼は続けた。「俺自身、すべてを完全に理解しているわけじゃないけど……レイナは、葵に『さよなき』の本当の成り立ちを知られないままにしておくべきだと強く主張していた」
彼の表情が和らいだ。「そして、俺たちは彼女の判断を信じるべきだと思う」
その言葉に、部屋は一瞬静まり返った。
やがて宗四郎と恵子は互いに顔を見合わせ、同意するように頷いた。
「わかったわ」恵子は優しく微笑んだ。「涼、あなたが正しいと信じることなら、私たちはあなたを支持するわ」
「ああ」宗四郎も同意して頷いた。
リョウも頷いた。その時、階下からライトの声が家中に響き渡った。
「ただいま!」
リョウの顔がパッと明るくなる。「弟よ~!」
彼は両親の部屋から飛び出すと、嬉しそうな笑みを浮かべ、両手を広げながら急いで階段を駆け下りた。
「散歩はどうだった~?」
階段の下に立つライト。その目は真っ白に据わっていた。
威圧的で燃え上がるようなオーラを放ちながら、彼は不穏な笑みを浮かべ、ゆっくりと指の関節を鳴らす。
「リョウ、てめぇ……!」彼は歯ぎしりしながら怒りを露わにした。
「え?」リョウはきょとんとして足を止めた。
「覚悟しろ!」ライトが彼に飛びかかった。
「うわっ――!」
二人の兄弟はたちまち取っ組み合いの騒ぎを始め、怒号と足音が家中に響く中、ソウシロウとケイコが階段を降りてきた。
「ライト、アオイに赤ん坊の頃の写真を見せられたリョウに、どうしても仕返ししたかったのよね……」ケイコは苦笑いを浮かべつつ、口元には小さな笑みがこぼれていた。
「あ、ああ……」ソウシロウも同じように苦笑いを浮かべながら、リョウの背中に勝ち誇った様子でまたがり、ふざけたパンチを繰り出そうと片腕を後ろに引くライトの姿を眺めていた。
「わかった、わかった! タイム、弟よ! ごめんよ~!」リョウは漫画のように大粒の涙を流しながら懇願した。
「それだけじゃ、葵の記憶からあの光景を消すことなんてできないよ!」瞳を真っ白に輝かせたまま、ライトが語気を強めて言った。
ソウシロウが少年たちの方へ歩み寄ると、ケイコはくすりと笑った。
「ライト」
茶髪の少年がすぐに顔を向ける。
「学校では葵のこと、しっかり見ててやってくれよ」ソウシロウの表情が和らぐ。「いいな?」
ライトはまばたきをしてから、こくりと頷いた。「うん」
それから、彼は少し言いよどんだ。「ねえ、父さん?」
「ん?」
「最初に葵を見たとき、何にそんなに驚いてたの?」ライトは視線をケイコに向けた。「母さんも驚いてたよね。何かあったの?」
ケイコはまばたきをした。不意を突かれたような表情を一瞬見せたが、すぐに楽しげに小さく笑った。
ソウシロウはただ微笑んだ。「ただ……昔のことを思い出してただけさ」
静かにそう答えると、彼はリビングの方へと向き直った。
ライトはしばらく彼を見つめていた。「あ、そっか……」と呟く。
ケイコは夫の後を追いながら、くすりと笑った。
「それから、お兄ちゃんからどきなさい」彼女は振り返りながら声をかけた。「気絶しそうになってるわよ」
「もう気絶してるよ……」床の上でリョウが息も絶え絶えに言った。魂が体から抜け出しかけているようだ。
「口答えするなんて、気絶が足りない証拠ね!」
……………
「シオ!ただいま!」家に入りながら、アオイが声をかけた。
「ワン!ワン!」
すぐにリビングから小さな足音が聞こえ、シオが急いで彼女のもとへ駆け寄ってきた。
葵はすぐに膝をつき、彼女を抱き上げた。
「私がいない間、いい子にしてた?」と葵が笑うと、シオは嬉しそうに彼女の顔を盛んに舐め回した。
「ワン!」シオは尻尾を激しく振りながら、楽しげに鳴いた。
葵はくすりと笑い、熱烈なキスからそっと顔を離した。
「ねえ、話したいことがたくさんあるの」そう言って、葵は片腕でシオを抱え、もう片方の手でライトの家から持ち帰った袋を持った。
「ライトのご両親に会ったのよ。すごく優しくしてくれて。あ、それから、これをもらったの」
葵は袋を少し持ち上げて見せた。「あなた用のおやつまでくれたんだよ」
「ワン! ワン!」




