第4章:彼女が微笑むのをやめた夜
やがて外は激しい雨となり、稲光と雷鳴が暗雲に響き渡り始めた。
白川家の広い和室には、皆が集まっていた。低い座卓には様々な料理が盛られた器や飲み物が並び、それぞれが座布団にゆったりと腰を下ろしている。
「それじゃあ」と、亮はにやりと笑ってグラスを掲げた。「今日の主役、誕生日の彼女に乾杯しよう! 美空、おめでとう!」
皆も一斉にグラスを掲げた。「おめでとう!」
「うん……そうだね……」美空はそう呟くと、皆が食事を始める中、灰青色の瞳を食卓に落としたまま動かなかった。
「「「いただきまーす!」」」
皆の声が重なる中、美空の皿には手つかずの料理が残ったままで、箸もその横にきれいに置かれていた。彼女の胸の内には、様々な感情が静かに渦巻いていた。
「ん~!」光は唐揚げと天ぷらを口に運び、その味を堪能した。「これ、すごく美味しいね!」
「うんうん!」隣にいた和樹も、嬉しそうに目を細めて相槌を打つ。
陸也は微笑みながら彩音の方を向いた。「料理、すごく美味しいよ、彩音」
彩音は頬を少し赤らめ、嬉しそうに笑った。「ありがとう。おばあちゃんにも手伝ってもらったから、私は大したことしてないけど」
「そんなこと言わないで、彩音ちゃん」トシ子さんは微笑んでから陸也の方を向いた。「私が言うのもなんだけど、ほとんどあの子一人で作ったのよ」
「本当に美味しいよ」陸也は温かい笑みを浮かべた。
彩音の顔は、さらに赤く染まった。
その間、コウタは迷いを滲ませた瞳でミソラをちらりと見た。そして一瞬ののち、餃子の皿に手を伸ばした。
「ほら、ミソラ。これ、お前の好物だろ……」
言い終わるか終わらないかのうちに、ミソラは彼を鋭く睨みつけた。
「自分でできるから」彼女は目を細め、言い放つ。「手出しは無用よ」
食卓が静まり返った。
誰もが目を見開き、父と娘の間で不安げに視線を交わす。部屋には突如として重苦しい空気が漂い始めた。
「ミソラ……」ジンが呟く。
隣にいた彼女は、即座に彼を睨みつけた。
ミソラは彼から父親へと視線を戻した。しばしの沈黙の後、彼女は鼻で小さく笑い、再び空の皿へと目を向けた。
「え?」アオイが独りごち、コウタとミソラの間で視線を往復させた。
アヤネは瞳をわずかに揺らしたが、無理やり笑顔を作った。「そ、それじゃあ皆さん、続けてください! 料理が冷めちゃいますから!」
「そ、そうだね……」サヤカが呟き、シズカと共に気まずそうに食事を再開した。
ミツルとライトは心配そうに顔を見合わせ、静かに箸を動かし始めた。レイナとリョウもまた、不安げな視線を交わしている。
「ミソラ……」ジンは茶髪の少女の方を見た。「せめて……何か食べないか?」
「ふん」ミソラはゆっくりと、彼の方へ鋭い視線を向けた。
(ひっ!)その威圧的な眼差しに、ジンは心の中で悲鳴を上げた。それでも、ミソラはやがて箸を手に取り、餃子をいくつか皿に移すと、不機嫌そうな表情のままそれを食べ始めた。
ジンはしばらく彼女の様子をうかがっていたが、やがて静かに安堵の息を漏らした。(よかった……)
すると突然、ミソラは咀嚼しながら彼を睨みつけた。
(まだ怒ってるんだから)その表情がすべてを物語っていた。
ジンはただ、気まずげに苦笑いするしかなかった。
「レイナ、ちゃんと写真撮っておけよ」と、リョウが笑顔で声をかけた。
「あ、そうだね!」レイナは嬉しそうに声を弾ませた。「ありがとう、リョウ!」
彼女はすぐに、テーブルいっぱいに並べられた料理の写真を撮り始めた。
「アヤネちゃんが料理上手なのは知ってたけど、これは本当にすごいね」サヤカはそう言いながら、チキンを一口ほおばった。
「白川家の血筋ってことかしら」シズカはご飯を口に運びながら言った。
その言葉に、ミソラの目が大きく見開かれた。瞳孔が開き、茶碗と箸を持ったまま、彼女の手がピタリと止まった。
アヤネはにっこりと笑った。「うん。でも、お姉ちゃんにもっと楽しんでもらえるように、料理の腕を磨いたんだよ」
彼女は父親の方を向いた。「だよね、お父さん?」
コウタは微笑んだ。「ああ。母さんのこともあるから、特に気を使っているんだ」
彼はトシコの方へ視線を向け、再び正面を向いた。「母さんも年をとったから、交代で料理の腕を上げなきゃいけなくてね」
彼は目を細め、優しく微笑んだ。「それに、何と言っても……」
バンッ!
ミソラが皿をテーブルに叩きつけ、全員を驚かせた。
皆の視線が一斉に彼女に向けられ、その顔には懸念や心配の色が浮かんだ。
彼女はうつむき加減で、前髪がその目に影を落としていた。
シオは小さく鳴き声を上げ、アオイのジャケットの奥へと身を寄せた。
「もうやめてくれない?」ミソラは聞き取れるかどうかの小さな声で呟いた。
「え?」アヤネはきょとんとした。
ミソラはゆっくりと顔を上げ、コウタを真っ直ぐに見つめた。「完璧なお父さんを演じるのはやめてよ」
彼女の眼光が鋭さを増した。「……ムカつくんだよ。分かってるくせに」
「ミソラ……」ジンは彼女をなだめようと、少しだけ両手を上げた。
だがミソラは彼を無視し、父親から視線を外そうとはしなかった。
「さっきの質問に、答えてなかったよね」彼女は目を細めた。「なんでここにいるの?」
コウタは、茶碗と箸を手に持ったまま、彼女を見つめ返した。
「だって……」彼は言葉を途切れさせた。「今日は、お前の誕生日だから……」
「私が18歳になったからって、急に私が忘れてると思ったの?」ミソラの声が震えた。「今まで私の誕生日には一度も来なかったくせに。私のも、アヤネのも」
「お、お姉ちゃん……」アヤネが震える声で割って入ろうとした。
「この誕生日だけ顔を出せば、すべてが元通りになるって思ってるの?」ミソラは小さく鼻で笑った。「何の問題もないふりなんて、できないよ。実際にはあるんだから」
彼女は拳を握りしめ、テーブルに押し付けた。「誕生日の飾り付けや準備を手伝ってくれたからって、何なのよ! そんなの、何の意味もない!」
彼女は歯を食いしばり、拳でテーブルを叩いた。
「ミ、ミソラ……」トシコが驚きに目を見開き、息を呑んだ。
ミソラは顎に力を込め、コウタを真っ直ぐに見据えたまま言葉を続けた。
コウタは視線をテーブルに落としたままだった。
「もう耐えられない……本当に無理!」彼女の声が裏返った。「丸9年間、お父さんらしいことなんて一度もしてくれなかった。一度だって。それなのに、急に現れて、何事もなかったみたいに振る舞うなんて!」
彼女は目を細め、涙をこらえた。「ねえ、言っておくけど……」
彼女の声は、苦々しい囁きに変わった。
「何事もなかったことになんて、なってないのよ」
部屋は死んだような静寂に包まれた。
「あの日の後からずっと……」ミソラの拳が震えた。「だって、もし本当に何事もなかったなら……」
彼女の声が完全に途切れた。
「お母さんは、まだ私たちと一緒にいたはずだもん!」
彼女の言葉に、部屋は静まり返った。
誰もが驚きに目を見開き、口を半開きにして美空を見つめた。
「美空……」と、遼が呟く。
不意に、美空は立ち上がった。うつむいた彼女の顔には、前髪が暗い影を落としていた。
「ごちそうさま」彼女は戸の方を向いた。「行ってくる」
「待って、美空ちゃん」と、トシコが呼び止める。「どこへ行くの?」
「行ってくる」美空は振り返ることなく、ただそう答えた。
引き戸に手をかけたところで、彼女は一瞬動きを止めた。「少し、頭を冷やしたいだけだから」
「でも、お姉ちゃん!」アヤネが必死に声を上げた。
美空は引き戸に手を伸ばしたが、そこで立ち止まった。肩を落とし、うなだれる。
「ごめんね、アヤネ……おばあちゃん」彼女の声は静かだった。「今は……どうしても、無理なんだ」
アヤネとトシコは、ただ彼女の背中を見つめることしかできなかった。
「でも……」アヤネは震える声で、もう一度言った。「せめて、誕生日のケーキのろうそくを消すまでは……」
「今はもう、何もする気になれないの」美空は穏やかに答えた。「気にかけてくれて、ありがとう」
彼女は一呼吸置いた。「それから、みんなも……来てくれてありがとう」
そう言うと、彼女は背後の戸を閉めた。
部屋に静寂が満ちた。
やがて廊下に彼女の急ぐ足音が響き、その音は刻一刻と遠ざかっていった。
ジンが目を見開いた。「美空!」
彼はすぐに立ち上がり、戸の方へと駆け出した。
「追いかけてくる!」
他の者たちが反応する間もなく、ジンは玄関にたどり着き、戸を開けた。
外へ出ると、彼は最後に一度だけ、みんなの方を振り返った。
「連れ戻してくる」
誰かが答えるよりも早く、彼は背後の戸を閉め、美空を追って急いだ。廊下を遠ざかる彼の足音も、またたく間に消えていった。
「美空……」レイナは力なく呟き、視線を床に落とした。
リョウは彼女の隣に歩み寄り、そっと肩に腕を回して、せめてもの慰めを示した。
リクヤは視線をアヤネに向けた。彼女の姿を目にし、胸が沈む思いがした。
彼女のターコイズブルーの瞳は感情に潤み、唇は固く結ばれて微かに震えていた。
やがて、コウタは視線を落としたまま、ゆっくりと立ち上がった。
「白川さん?」リクヤは慎重に声をかけた。
「俺も……その……行くよ」コウタは静かに言い、ドアの方へと歩き出した。
「コウタ……」トシコが優しく呼びかけた。
彼は足を止めた。「助けてくれてありがとう、母さん……アヤネ」
彼は二人を振り返った。「それから、みんなも……来てくれて、手伝ってくれてありがとう」
彼の顔に、かすかな、そして疲れの滲む笑みが浮かんだ。「本当に感謝してる」
アオイは息を呑んだ。
今のコウタの佇まい――瞳に宿る静かな諦念、そしてその奥にある痛みを隠しきれない微かな笑み――それらすべてが、彼女の胸を締め付けた。
そして、テーブルに静かに座り続けるアヤネに目をやると、彼女の表情に浮かぶ悲しみが、より一層深く感じられた。
これは……本当に辛い。
コウタはゆっくりとドアをスライドさせて開け、外へと出た。一瞬立ち止まり、背後のドアを閉めた。
廊下を遠ざかっていく彼の足音は、ゆっくりと、しかし確かな響きを伴っていた。
........................
激しい雨の中を走り続けるミソラの息は荒く、乱れていた。
顔を伝う雨水は、頬を流れる涙と混じり合っていた。
彼女は奥歯を噛み締め、目を細めながら走り続けた。
「くそっ……!」心の中でそう毒づく。
…………….
「まさか、ここまで事態がこじれるとは思わなかったな……」洗い終えた食器を所定の場所に戻しながら、リョウが呟いた。
「うん……」隣でレイナが静かに頷く。
「じゃあ、あなたたちはこうなるかもしれないって分かってたの?」
突然の声に、二人は体を強張らせた。
振り返ると、そこには腕を組み、片方の眉を上げたライトが立っていた。
「まあ……なんとなくは……」リョウが言葉を濁しながら答える。
「彼女の誕生日だし、ミソラも嫌がらないんじゃないかって思っただけなの」レイナが表情を和らげながら付け加えた。
「自分たちを責める必要なんてないよ」
全員がアヤネの方を向いた。
彼女はまだ席に座ったままで、視線を落としていた。
「私のせいなの」彼女はゆっくりと目を閉じた。「お父さんに彼女の誕生日会に出席するよう強く言ったのは、私だから」
「お父さんは乗り気じゃなかったのよ」隣の席に腰を下ろしながらトシコが言った。「でも、私たちが無理強いしたの」
「でも、どうして?」アオイがテーブルに視線を落としたまま尋ねた。「白川さんは彼女のお父さんでしょ。だったら当然、誕生日の日はここにいるべきじゃない」
彼女は少し眉をひそめながら、アヤネとトシコを見上げた。
「それなのに、どうしてわざわざ説得しなきゃいけなかったの?」
「それにミソラ先輩は言ってたよね、『もし何事もなければ』って……」シズカが慎重に言葉を継いだ。「……お母さんは今も一緒にいたはずだって?」
彼女はアヤネの方へ視線を向け、柔らかな表情を浮かべた。「本当は何があったの?」
全員の注目がアヤネに集まった。
彼女は視線を落とし、静かに息を吐いた。
「あれは九年前のこと……」彼女の声は沈んでいた。「お姉ちゃんとパパが、仲違いしちゃったの」
部屋が静まり返った。
外では雨が窓を叩き続け、その絶え間ない音が静寂を満たす中、誰もがアヤネの言葉の続きを待っていた。
........................
白川家の朝は、穏やかで温かい空気に包まれていた。
白川浩太がワイシャツの袖口のボタンを留めていると、妻の愛花がキッチンカウンターのそばでお茶を注いでいた。彼女の口元にはかすかな笑みが浮かんでいたが、その瞳には別の感情――不安が宿っていた。
「浩太……今日は家にいてくれない? 今回だけでいいから」
浩太は彼女の方を向いた。その声の柔らかさに驚いたのだ。「そうしたいのは山々だけど、クライアントとの打ち合わせがあるんだ。大事な用件でね」
愛花は視線を落とし、ため息をついた。「最近、あの子たちがパパに会いたがってるのよ。寂しがってるの」
リビングでは、9歳の美空が靴紐を結び、7歳の彩音は鼻歌を歌いながらクマのぬいぐるみを抱きしめていた。家の中は穏やかで、温かく、ありふれた日常の風景だった。
浩太は歩み寄り、二人の娘の髪をくしゃくしゃと撫でた。「夕食までには戻るよ。一緒に映画でも観ようか。いい?」
「約束?」と美空が尋ねた。
浩太は微笑んで言った。「約束するよ」
彼が玄関から出ていくのを、愛花は不安げに首元のペンダントを握りしめながら見送った。
それが、彼を目にする最後の瞬間になるとも知らずに。
……………
深夜のことだった……。
異変が始まったとき、娘たちはすでに眠りについていた。
激しい衝突音が響き渡った。続いて、怒号が聞こえてきた。
美空は弾かれたように目を覚まし、とっさに彩音を抱きしめた。彩音は混乱して泣き出していた。
裸足のまま、恐怖で顔を青ざめさせた愛花が部屋に飛び込んできた。
「美空! 彩音を連れて隠れて。ママが言うまで絶対に出てきちゃダメよ!」
「ママ……!」美空が声を上げようとした。
「今すぐ! 何があっても妹を守るのよ!」
美空は彩音の震える手を掴んで物置のクローゼットへ駆け込み、背後でドアを閉めた。壁越しに伝わってくる鈍い物音や怒号は、まるで地震のような衝撃となって彼らを襲った。
家中に悲鳴が響き渡った。
やがて静寂が訪れ、その後、サイレンの音が聞こえてきた。
........................
家の外には数人の近隣住民が立ち尽くしていた。パトカーの赤と青のライトが回転し、その音が響いていた。
担架に乗せられた遺体に白い布が掛けられると、周囲には人だかりができた。
ミソラは目を見開いたまま立ち尽くし、音もなく涙を流していた。
アヤネは縁石に座り込み、テディベアに顔を埋めてすすり泣いていた。
コウタの車が急ブレーキの音を立てて止まった。彼は顔を恐怖に歪ませながら、現場へと駆け寄った。
「娘たちはどこだ――ミソラ! アヤネ!」
アヤネは手の甲を目元に押し当てながら、声を上げて泣き叫んだ。「パパ……ママが……ママがね、私を守れって……」
コウタはミソラの方を向いたが、言葉を発する前に、彼女が拳を握りしめて彼に歩み寄ってきた。
「帰ってくるって約束したじゃない……約束したのに! 嘘つき!」ミソラは涙ながらに叫んだ。
彼女は小さな拳で彼の脚を叩いた。
「もしいてくれたら……ただそこにいてくれたら……ママはまだ生きてたのに!」
コウタの瞳が揺れた。「ミソラ……頼むから……」
ミソラは涙に濡れた目で彼を睨みつけた。「ママを死なせたんだ! ママが心配してるって知ってたのに、出て行ったくせに! 私たちを置いていったんだ!」
彼女は彼の腕の中に崩れ落ち、これまでになく激しく泣きじゃくった。彼もまた涙で震えながら彼女を抱きしめたが、彼女が彼を抱き返すことはなかった。
「大嫌い! 大嫌い!!」
その夜を境に、ミソラが父親を見る目は二度と同じものになることはなかった。
........................
アヤネの言葉に、部屋は静まり返った。
驚きに目を見開く者もいれば、険しい表情で視線をテーブルに落とす者もいた。
「あの夜から……」アヤネはゆっくりと息を吸い込んだ。「お姉ちゃんは、お父さんと以前のように話さなくなったの」
彼女の瞳が悲しげに伏せられる。「それ以来、二人の仲はうまくいっていなかったから……私はお父さんとの関係を保とうとしたの」
「九年間も……」ライトは腕を組み直し、力を込めながら呟いた。「信じられない」
アオイも視線をテーブルに落とした。だから、私が出会ってからの二人は、あんなに言葉を交わしていなかったのか。
彼女たちが初めて出会った夜――ミソラ、アスカ、ユラが現れ、「シッカリ・バツゾク」の集団を打ち負かしたあの夜の記憶が蘇る。あの夜、ミソラがコウタとほとんど言葉を交わさなかったことを思い出した。当時は二人が父娘だとは思いもしなかったけれど。
彼女はテーブルの上で拳を強く握りしめた。それに……私の誕生日の時も……。
コウタの店で誕生日を祝った日のことが、脳裏をよぎる。
お祝いの間ずっと、ミソラは父親の存在を避けるように振る舞っていた。パーティーを去るその時まで、彼女の表情は強張ったままで、ジンがそのすぐ後ろについて歩いていた。
記憶が薄れるにつれ、アオイの眼差しは穏やかになった。なんとなく、そんな事情があるんじゃないかとは感じていたけれど……。
シオがアヤネの元へ這い寄り、小さく鳴きながら彼女の膝にすり寄って、自分なりに慰めようとした。
アヤネは小さく微笑み、優しくシオの毛並みを撫でた。「ありがとう、いい子ね」
彼女は顔を上げ、皆を見渡した。「私がお父さんとの関係を保っていたのは……あの出来事があったからなの」
再び視線を落とす。「お母さんが亡くなった時、私はまだ幼くて……よくわかっていなかった。でも、お姉ちゃんがお父さんとまた話せるようになればいいと思って、お父さんのそばにいたの」
トシコが頷いた。「ええ、そうね」彼女の瞳が悲しげに和らぐ。「ミソラはコウタと一度も話さなかった……今日この時まで」 「そして、起きたことがその結果だったんだ」と、リョウは沈痛な面持ちで付け加えた。
レイナもその隣で、静かに頷いた。
「なんて酷い……」メイは小さな声で呟いた。
ヒカルはテーブルをそっと手のひらで叩き、皆の注目を集めながら、瞳を揺らした。
「でも、納得いかないよ!」と彼は声を張り上げた。「お母さんに起きたことは、白川さんのせいじゃない! あの夜、あんなことになるなんて誰も予想できなかったんだから!」
「それでも、ミソラ先輩はお父さんを責めているのよ。一番必要な時にそばにいなかったから。彼女の立場からすれば、怒るのも無理はないわ」
アオイの声に皆の視線が集まったが、彼女の目はテーブルに落ちたままだった。
「アオイ……」とアヤネが呟いた。
「何言ってるんだ、アオイ!?」ヒカルは勢いよく立ち上がった。「だからって、あんなに長い間お父さんを拒絶し続けるなんておかしいだろ!」
サヤカがアオイの方を向いた。「どうして彼女に怒る権利があるって言うの?」
アオイはゆっくりと顔を上げた。その表情は毅然としつつも、どこか優しさを帯びていた。
「小夜鳴高校に入ってから、ミソラ先輩と白川さんの関係がギクシャクしていることに気づき始めたの。アヤネはお父さんの店によく顔を出して一緒に過ごしていたけれど、ミソラ先輩は一度も足を踏み入れたことがなかったから」
彼女は少し目を細めた。「その時、なんとなく予感めいたものを感じたの……特に、アヤネからお父さんじゃなくておばあちゃんと暮らしているって聞いた後はね」
彼女は再び視線を落とした。「最初は確信が持てなかったけれど……一緒に過ごした数ヶ月間で目にしてきたこと、そして今夜のミソラ先輩のあの言葉を聞いて……」
彼女は言葉を切った。「すべてがつながったの。残念ながら……私の予感は当たっていたみたい」
アオイは再び顔を上げた。「それに、アヤネの話を聞いて、ミソラ先輩がああ思うのももっともだって分かったの」
ヒカルは目を細めた。「でも、間違ってるよ! 家族なんだろ! こんなの良くないよ! このまま一生、こうしているつもりなのか!?」
「その通りよ!」和樹も頷きながら立ち上がり、言葉を継いだ。「美空先輩と白川さんを、このままにしておくわけにはいかない! 二人は俺たちの友達だ! 助けなきゃいけないんだ!」
「ちょっと待って」葵はわずかに目を細めた。「仮に、何らかの理由で私たちが彼らの争いに介入したとして……美空先輩の家の問題に首を突っ込んだら、先輩はどう思うと思う?」
その言葉に、二人の少年は言葉を詰まらせた。葵は視線を横に逸らす。
「つまり……」彼女は指先で軽くテーブルを叩きながら続けた。「たぶん、何の解決にもならないってこと」
彼女は一瞬言葉を切った。「美空先輩には、距離を置くそれなりの理由があるみたいだし。私たちに介入してほしくないっていうのも、確かな気がする。白川さんだって同じよ」
ヒカルは視線を落とした。「でも……二人は……」
「美空先輩はアヤネとは違うの。それでいいのよ」葵は横を向いたまま言った。「癒えるのに時間がかかる古傷だってある……誰にでもそうとは限らないけど」
彼女の声が和らいだ。「正直なところ……ここにいる誰よりも、私は先輩の気持ちがわかる気がする」
彼女は視線を落とした。「わかるのよ……先輩の立場にいるってことが、どんなことなのか」
全員が彼女を見つめた。その言葉は彼らを戸惑わせ、同時に厳粛な気持ちにさせた。
ライトが一番長く彼女を見つめていた。その表情はわずかに揺らいでいた。
「うん、でもやっぱり……」ミツルがためらいがちに口を開いた。
「葵の言う通りだ」リョウが割って入り、全員の注目を集めた。「美空と父親の問題は、二人自身で解決しなきゃいけないことなんだ。今夜だって仲直りさせようとしたけど……うまくいかなかった」
彼の青い瞳が優しくなった。「話し合って……自分たちで関係を修復するのを、見守るしかないんだよ」
他のメンバーもためらいがちに頷き、次第に彼の考えを理解し始めた。
アヤネは視線を落とした。そのターコイズブルーの瞳には、感情が滲んで光っていた。
リクヤは優しく彼女の肩を抱き寄せ、温かく寄り添った。




