第3章:祝賀の裏側
「あははははは!!!」リョウは片手で腹を抱え、もう片方の手で食卓の端を掴みながら、涙を浮かべて笑い続けた。
兄の右隣に座るライトは、茶碗を手に持ち、静かに食事を口に運んでいた。恥ずかしさで頬を赤らめ、屈辱のあまり目は虚ろになっていた。
その夜の彼はラフな格好をしており、鼻には絆創膏が貼られ、袖口からは包帯が少し覗いていた。
反対側には母親の風早恵子が座っていた。彼女は、怪我をした息子と、まだ笑い続けている兄との間を交互に見やりながら、頬に一筋の汗を伝わせていた。
テーブルの向かい側の端には、父親の風早壮四郎が座っていた。彼は片手に新聞を持ち、落ち着いた様子でコーヒーを啜っていた。
先ほどライトがした説明について、彼は一言も口にしていなかった。
一方、リョウの笑い声が神経を逆撫でし続け、ライトの眉は何度もピクリと引きつった。
「もういいだろ!!」リョウがテーブルをバンと叩く中、ライトは頬を真っ赤にして声を荒らげた。「わかったよ! 俺が馬鹿だったんだ!」
家族のそばの床に寝そべっていた飼い犬の「ジュン」が、少年たちの声に反応して耳をピクリと動かした。一瞬彼らを見上げたものの、すぐにまた頭を床にぺたりと戻してしまう。
リョウは目尻の涙を拭いながら、次第に笑い声を鎮めていった。
「そうだな、悪い……でも、その……」クスクスと笑い、やがてまた堪えきれずに吹き出した。
ライトの顔がさらに赤く染まる。「……ふざけんなよ」と彼は苛立ちを露わにした。
リョウはニヤリと笑いかける。「お前、本気で西谷湊に勝てると思ってたのかよ!? あの西谷湊に!?」
ライトは眉をひそめた。「……知ってんのか?」
リョウは鼻で笑いながら言った。「当たり前だろ。西谷湊を知らない奴なんていないって。あの2年のスケーターだ。彼は『ファイブ・テイルズ』の一人だし、俺が知る限り最高のティーンエイジャー・スケーターだよ」
その表情がふっと和らぐ。「それに、あいつは俺の後輩だからな。知ってて当然だろ。中学の頃からの付き合いだし」
ライトは舌打ちをした。「……まあ、いいけど」
「物心ついた頃からずっとあんな感じだったよ」リョウは微笑みながら続けた。「スケボーが人生そのもの、みたいな奴でさ」
「有名ラッパーの『MAN X』でもあるなんてことは、一言も言ってなかったけどな」ライトは小声で呟いた。
「ん? 何か言ったか?」
「……別に」ライトはふんと鼻を鳴らし、再び手元の器に視線を戻した。
リョウはテーブルに肘をつき、手のひらで頬杖をつきながら、柔らかな笑みを浮かべた。
「それにしても……まさかお前が本当にあいつに立ち向かうなんてな」
「ムカついたから」ライトは頬を紅潮させたまま呟いた。「それに、葵をイラつかせてたし」
リョウの笑みが一段と深まる。「優しいねぇ、俺の弟は!」
「はい、リョウ。そこまで」ケイコがたしなめる。「弟をからかうのはやめなさい」
「はーい!」リョウは軽快に返事をし、再び食事に意識を戻した。
ライトはため息をつき、茶碗をテーブルに置いた。
その直後、携帯電話の着信音が鳴った。
手に取って画面を見た瞬間、彼は目を見開き、やがて送信者とメッセージを確認すると不機嫌そうな表情を浮かべた。
「どうした?」リョウが口に食べ物を入れたまま尋ねる。
「なんでもない」ライトはぶっきらぼうに言った。携帯を置こうとしたその時、ケイコが彼の手を軽く叩いた。
「うっ!」ライトが小さく声を上げる。
「食事中の携帯は禁止。夕食のルールでしょ」
ライトはため息をつき、携帯を置き直してから食事を再開した。
コンテストの後、ミナト先輩は葵の連絡先だけでなく……
その記憶が蘇り、彼の瞳に暗い色が宿る。
葵たちが怪我の治療のためにライトを保健室へ連れて行く中、ミナトは連絡先を手に入れた満足げな様子で、白い歯を見せて笑いながら携帯を振ってみせたのだ。
……俺の連絡先まで手に入れたんだ。
あの野郎……! ライトは箸を握りしめた。折れんばかりの力で。
「あら……」恵子は不安げに彼を見つめた。「どうしたの、急に?」
彼女は一度ため息をつくと、やがて表情を和らげ、微笑みを浮かべた。「でも、正直なところ……本当に変わったわね、ライト」
「ん?」ライトは彼女の方を向いた。
恵子の笑みが優しくなる。「前から気づいてたのよ。最近、すごく明るくなったみたい。いつもより幸せそうっていうか」
ライトは少し目を見開いたが、すぐに何でもないように肩をすくめた。
「別に、大したことじゃないよ」
それでも、無意識のうちに彼の口元には小さな笑みが浮かんでいた。
恵子はすぐにそれに気づき、笑みを深めた。
「やっぱりそうね。うちの子、最近よく笑うようになったもの」
宗四郎がようやく新聞から顔を上げた。「あの女の子のおかげかもしれないな。葵、だったか?」
「えっ?!」ライトは頬を真っ赤に染め、むせそうになった。
「そうよ!」恵子は両手を合わせた。「自分で言ってたじゃない。彼女のために怒って、あの二年生の男子に立ち向かったりして」
宗四郎は静かに頷いた。「大したもんだ」
「ずっと聞いてたの?!」ライトは信じられないといった様子で目を見開いた。
宗四郎は肩をすくめた。「お前が誰かのために立ち上がるなんて珍しいからな。特に女の子のためとなると」
「だよな~!」リョウも目を細めてニッコリ笑い、箸を掲げて同意した。
恵子は何かを察したような笑みを浮かべ、ライトの方を向いた。「その子、あなたにとってすごく特別な存在なんでしょう?」
ライトは信じられないものを見るような目で彼女を見つめた。「い、いや、そういうのとは違うんだ……」
そうなんだ……彼の視線がテーブルに落ちる――葵は……ただの友達だ。あの子をそんなふうに思ったことなんて、一度もない。
彼はテーブルの上で拳を強く握りしめた。だって、友達になる前は……俺、彼女にひどいことをしたんだ。最低な奴だった。
彼の表情が険しくなる。今日、俺が怒ったのだって……。
恵子は息子のこわばった表情に気づいた。静かにため息をつき、オレンジジュースのグラスを持ち上げる彼の姿をじっと見つめる。
彼女の青い瞳が優しく和らいだ。テーブルに肘をつき、指を組んで、その上にそっと顎を乗せる。
「ねえ、ライト……今度、葵ちゃんを夕食に呼んでみたらどう?」
「ぶっ――!」ライトは即座にジュースをテーブルに吹き出し、激しく咳き込んだ。
「おい!」壮四郎が声を上げ、慌てて新聞を避難させた。
ライトは胸を叩きながら、もう一度咳をした。「な、何だって?!」
リョウの目が輝いた。「それ、いい考えだね、母さん」
「なんでお前がそんなに嬉しそうなんだよ?!」
恵子はライトに温かい笑みを向けた。「本気よ。その子にすごく会ってみたいの」
彼女はさらに笑みを深めた。「あなたをこれほど変えてしまうなんて、きっと素敵な子なんでしょうね、ライト」
ライトの頬が赤く染まる。「別に変わってなんかいないよ!」
「言いたいことはわかるでしょ?」恵子は苦笑い気味に言った。
そして彼女は夫の方を向いた。「あなたはどう思う?」
壮四郎はテーブルにこぼれたジュースをきれいに拭き取ってから、妻の方を見た。
それから視線をライトに移す。ライトは顔を赤らめたまま、父を見つめ返していた。
「悪くない話だな」彼は落ち着いた口調で答えた。
「父さん!」ライトは呆気にとられた声を上げた。
恵子は両手を合わせた。「じゃあ、決まりね!」
彼女は明るい笑顔でライトの方を振り返った。「いつでもいいけど、なるべく早めに連れてきてね!家族の食事会だから、全員揃わないとダメよ」
彼女の視線が壮四郎に向けられる。「いいわね、あなた?」
壮四郎は苦笑いしながら、こめかみに汗を浮かべた。「あ、ああ」
ライトは小さく唇を尖らせて、ため息をついた。
「わ、わかったよ。呼んでみる」
恵子は顔を輝かせた。「やったー!会うのが楽しみだわ!」
母の興奮ぶりにライトは首を振ったが、その口元にはかすかな笑みが浮かんでいた。
その時、再び彼の携帯電話が鳴った。
手に取ったライトは目を見開いた。差出人とメッセージを確認すると、彼の頬がほんのりと赤らんだ。
「葵!?」そう思い、彼は勢いよく立ち上がった。
「も、もう寝るわ!夕飯、ごちそうさま!」そう言い捨てると、彼はすでに階段の方へ駆け出していた。
「葵によろしくねー!」と、亮は目を細めて笑いながら声をかけた。
「うるさいな!」
亮はただ微笑んで、食事に戻った。
「どうして葵だってわかったの?」恵子が眉を上げて尋ねた。
「母さんも見てるだろ」亮はニヤリと笑い、箸で鶏肉をつまみ上げた。「弟は葵のことになると、いつもあんな感じだからな」
彼は鶏肉を口に放り込み、目を細めて嬉しそうに咀嚼した。
恵子は微笑みながら、階段の方へと視線を向けた。「そうね」
壮四郎は新聞を少し下げ、彼女と同じ方向へ目をやった。
............................
二階に上がり、ライトは寝室のドアを乱暴に閉めると、すぐにスマホに目をやった。
「アオイからメッセージ……?」思考が急激に回転し始める。「これ、現実か? 今まで一度も連絡なんて来たことなかったのに!」
「待て、落ち着け」彼は深呼吸をして、部屋の中を行き来し始めた。
「何か理由があるはずだ。だって……初めてなんだから! グループチャットだって、滅多に返信しないのに」
また、着信音が部屋に響いた。
ライトは動きを止めた。ゆっくりと視線をスマホに向ける。
アオイ:
ねえ。
ライトは息を呑み、心臓を早鐘のように打たせながら、急いで返信を打ち込んだ。
ライト:
ねえ。
送信した。
それから……何もない。
何もない……。彼はドアに背中を預け、画面を見つめたまま、少しうなだれた。
「忙しいのかな……」
数秒が過ぎた。そして――
アオイ:
まだ起きてる?
ライトは目を見開いた。返信が来た!
息を吸い込み、目を輝かせながら彼は打ち込んだ。
ライト:
うん。夕飯、食べ終わったところ。
送信した。その直後、彼女からの返信が表示された。
アオイ:
私も。
ライトが返信するより先に、画面に別の通知がポップアップした。
それをタップしてメッセージを開くと、彼は再び目を見開いた。
そこには、カメラに向かって微笑むアオイと、彼女の腕の中で心地よさそうに収まっているシオの姿が写っていた。
ライトは思わず、小さく笑い声を漏らした。
彼は急いで返信を打ち込んだ。
ライト:
見せびらかしだな。
すぐに彼女からの返信が届いた。
アオイ:
え? 何が見せびらかしなの?
ライトはにやりと笑いながらベッドの方へ歩き、その端に腰を下ろして文字を打った。
ライト:
ほら……シオと楽しそうにしてるところだよ。ジュンはもうほとんど寝ちゃってるし。
送信する。数秒後――
アオイ:
もしかして、嫉妬してる?
ライトはまた小さく笑い、首を振りながら返信した。
ライト:
おい、その子犬、俺が買ってプレゼントしたんだぞ。
即座に返信が来た。
アオイ:
うん、そうだね。
ライトは微笑み、画面の上で指を止めた。
待てよ……。彼はやり取りを見つめた。今、何て言えばいいんだ?
何か言葉を思いつく前に、また新しいメッセージが表示された。
アオイ:
電話してもいい? 話せる?
「……」
ライトは数秒間、画面を見つめたまま固まっていた。今読んだ内容を、頭がうまく処理できずにいたのだ。
「待て、えっ?!」彼はベッドから飛び上がりそうになった。
電話したいって?! つまり……本当の通話ってことか?! 驚きに目を見開き、彼の頬はみるみる赤く染まっていく。
落ち着け。落ち着くんだ――!
心の動揺が収まりきらないうちに、突然アオイからの着信が入った。
ライトはビクッと身を震わせた。「うわっ!」
驚いて慌てふためき、危うくスマホを取り落としそうになる。
「うわっ――!」慌ててキャッチし、最後にもう一度画面を見つめてから、ゴクリと息を呑んだ。
よし……とにかく出るんだ。
緊張で息を整え、ライトは応答ボタンをタップして電話に出た。
耳にスマホを当てる。「もしもし?」
「やっほ、シャドウ・ボーイ」受話器の向こうからアオイの声が聞こえてきた。
ライトはニヤリと笑う。「マジで言ってるのか、ブルーヘッド?」
電話越しに、彼女の柔らかな笑い声が響いた。
「急に電話してごめんね。迷惑じゃなかったらいいんだけど……今、大丈夫?」
ライトは即座に立ち上がった。「いや、全然! 今はすごくいいタイミングだよ!」
受話器の向こうでアオイが瞬きをし、それから微笑んだ。「よかった」
ライトは小さく息を吐き、ベッドの端に腰を下ろした。「うん」
「調子はどう?」とアオイが尋ねた。「怪我のことなんだけど……具合はどう?」
ライトの瞳が揺らぎ、心臓が高鳴る。頬にはうっすらと赤みが差していた。
「うん。すごくいいよ。怪我も、そんなにひどくないし」
「コンクリートの床に、かなり激しく打ち付けちゃったね、ライト」
ライトは小さく笑った。「ああ……でも、大丈夫だよ。気遣ってくれてありがとう」
「うーん」葵は、膝の上で心地よさそうに丸まっているシオを撫でながら、優しく微笑んだ。「それと……さっきは私をかばってくれてありがとう」
「え?」ライトは瞬きをした。
「ミナト先輩の件で」と葵は付け加えた。「私のために、彼とスケートで勝負してくれたでしょ」
彼女の視線が少し落ちた。「そもそも、あなたが怪我をしたのは私のせいだし」
「違うよ!」ライトは即座に言い返した。「葵のせいじゃない。彼と勝負すると決めたのは俺なんだから」
彼の茶色い瞳が優しく和らいだ。「ただ……君のことを何も分かってない素人扱いして、そのまま言いなりにさせるなんて、我慢できなかったんだ」
葵は口元を少し緩めた。「でも結局、彼は私の連絡先を手に入れたし……おまけにライトの連絡先まで」
ライトの表情が途端に曇った。「もう電話はあったの?」
「まだかな……」葵は小さく笑って答えた。「ラップのビートやデモ音源をいくつか送ってきて、『おやすみ』って言われただけ」
ライトは不満げに呟いた。「俺には『いいね』のスタンプが送られてきたし、学校のチャットに俺たちの勝負の写真を投稿してたよ」
葵の柔らかな笑い声が電話越しに響き、ライトの胸に不思議な鼓動を伝えた。
「彼らしいね」と彼女はくすりと笑った。
ライトも微笑んだ。「ああ」
その後、沈黙が流れた。二人はしばらく何も言わずにいた。
やがて、葵が口を開いた。「それじゃあ……そろそろ寝るね」
ライトは唾を飲み込み、彼女には見えないと分かっていながらも頷いた。
「ああ、そうだね……」
電話の向こうで葵が微笑んだ。「おやすみ、ライト」
「おやすみ、葵」
通話が終わった。
ライトはゆっくりとスマホを下ろし、床を見つめながらうつむいた。
頬はまだ赤く、心臓の鼓動も激しいままだった。
うわっ……! 彼は目を見開いた。今の、初めての電話での会話だったんだ!
顔にゆっくりと満面の笑みが広がっていく。彼はスマホを胸に強く抱きしめると、口元をほころばせたまま、後ろ向きにベッドへと倒れ込んだ。
初めての電話!
彼はうつ伏せになり、シーツに心地よく身を沈めると、枕の端を両手で掴み、そこに顎を乗せた。
彼女、俺の様子を気にかけて電話してくれたんだ……。頬を赤らめて目を細めると、心臓の鼓動がさらに激しくなった。
彼は慌てて枕に顔を埋め、動揺のあまり漏れた声を押し殺した。
あの「青髪」め……。耳の奥で心臓の音が大きく響く。バカだな……。
その時、彼は急に顔を上げた。
「待てよ!」 目を見開く。「そうだ! 夕食に誘うのを忘れてた!」
ハッとして、彼は前方を見つめた。
母さんが、彼女を家に連れてくるように言ってたのに……。
視線は、数メートル先に置かれたスマホへと移った。やがて、彼の顔に再び小さな笑みが浮かんだ。
「また今度、誘えばいいか」 彼はそう呟き、再び枕に頭を預けた。
.........................
翌朝――。
「よし、シオ」葵は柴犬の子犬を見下ろして微笑んだ。「お散歩、行く?」
「ワンッ!」シオは嬉しそうに鳴き、尻尾を左右に振った。
片手にリード、もう片手に紺色の傘を持ち、葵はくすりと笑って外へと歩き出した。
休日の午前遅く、頭上のまばらな雲の隙間から陽光が差し込み、静かな住宅街にまだらな光の模様を描き出していた。
今日は雨が降るかもしれない……。葵は空を見上げた。でも、シオを散歩に連れて行ってあげなきゃ。あの子には必要なことだから。
白いインナーに紫のジャケットを羽織り、薄紫をアクセントにしたパンツとスニーカーを合わせた葵の体に、穏やかな風が吹き抜けた。
彼女の視線は、首輪にしっかりとリードをつながれ、楽しげに数歩先を歩くシオへと向けられた。
子犬は興奮した様子で尻尾を振り、舌をのぞかせながら軽快な足取りで進んでいく。
葵は微笑んだ。「楽しい?」
「ワンッ!」シオは再び元気に鳴き、そのまま先へと進んでいった。
葵は小さく笑った。その時――
チーン!
彼女は歩みを止めた。ポケットに手を伸ばしてスマートフォンを取り出し、届いたメッセージを確認する。
彼女は目を見開いた。
「緊急事態!」
メッセージはコウタからだった。
一刻の猶予もないとばかりに、葵はスマホをポケットに押し込んだ。
「行くよ、シオ!」彼女は素早く子犬を抱き上げると、「フクゾラ・マート&ダイナー」に向かって走り出した。
その時、突然スマホが鳴った。葵は走りながらそれを取り出し、耳に当てて応答した。
「もしもし!?」
「葵!」電話越しにライトの声が聞こえた。「メッセージ見た!?」
「うん!」彼女は頷きながら急いだ。「今、向かってるところ!」
「俺も! 向こうで会おう!」
通話が切れた。
葵はスマホをポケットにしまい、シオを抱きしめる腕に力を込めた。
「もう少しだよ、いい子だね」彼女はさらにペースを上げ、視線を前方の道に戻した。
彼女は街中を駆け抜け、見つけた近道を次々と通りながら、時折すれ違う通行人をすんでのところでかわしていった。
しばらくして、彼女はようやく足を止めた。荒い息をつきながら、数メートル先にある店を見つめる。
「葵!」聞き覚えのある声がした。
振り返ると、ライト、ミツル、リクヤがこちらへ走ってくるのが見えた。ミツル以外の二人は傘を持っていた。
「みんな……」彼らが葵の目の前で急ブレーキをかけるように止まると、彼女はそう言った。
「葵も来てたんだな……」ミツルは息を切らしながら言った。
彼らの視線は店へと向けられた。そして、何も言わずに四人は店の中へと駆け込んだ。
「白川さん! 大丈夫ですか!?」葵は勢いよくドアを開けながら声を上げた。
ライト、ミツル、リクヤの三人も、彼女に続いて急いで中に入った。
だが、足を踏み入れた途端、彼らは動きを止めた。
コウタがカウンターの向こうに落ち着いた様子で立ち、ヒカルとカズキにいくつかの箱を手渡していたからだ。
「おっ、よかった! みんな、ちゃんと来られたんだね」コウタは明るい笑顔で彼らに声をかけた。
四人は揃って、呆気にとられたような表情を浮かべた。
「……一体、どういうこと?」ライトが虚ろな目で呟いた。
アオイが前に出た。その腕の中には、まだ心地よさそうに収まっているシオの姿がある。「白川さん……」
「急にこんなことを頼んでごめんね」コウタは申し訳なさそうな笑みを浮かべた。「……でも、ちょっと手伝ってほしいことがあるんだ」
不意にシオが「ワンッ!」と鳴いた。
コウタの視線がすぐにその子犬へと向けられる。「やあ、シオ」
彼が手を伸ばして優しく頭を撫でると、シオは嬉しそうに尻尾を振った。
その様子を見つめるアオイの表情が和らいだ。
そうだった。私がジン先輩たちと月森へ行っている間、シオは白川さんに預かってもらっていたんだった。
コウタは再び彼らの方を向いた。「みんなに一緒に来てもらって、この生活必需品を俺の家まで運ぶのを手伝ってほしいんだ」
「それが緊急事態ってこと?」ライトはまだ呆然とした表情のまま尋ねた。
「おい、俺たちを見ないでくれよ」ヒカルが腕の中の箱の位置を慎重に直しながら言った。「俺たちがここに着いたのだって、ほんの数分前なんだから……」
「ああ」と、和樹は照れくさそうに笑いながら付け加えた。「何が起きているのか、さっぱり分からなかったからな」
コウタは首を傾げた。「それって、悪いことだった?」
「だって、命に関わる一大事かと思ったんだから!」二人の少年が声を揃えて言った。
「実際、俺たち全員に緊急メッセージを送ってきたじゃないか……」陸也は呆れたように息を吐き出した。
「俺なんて、狂ったみたいにここまで走ってきたんだぞ!」満は膝に手をつき、息を整えながら不満げに言った。
「あいつら、ただ俺の家にいただけだったんだよ」ライトは腕を組み、うんざりした様子で付け加えた。
葵は視線をコウタに戻した。「それで、その『緊急事態』って一体何のこと?」
コウタは微笑んだ。「言った通りだよ。この箱を俺の家まで運ぶのを手伝ってほしかったんだ」
彼の視線がカウンターに残された箱に向けられた。他のメンバーもつられてそちらを見た。
「美空の誕生日に必要なものや機材が入ってるんだ」と彼は明かした。
全員が瞬きをした。そして、ほぼ同時に彼の方を振り返った。
「待てよ……えっ?!」満が目を丸くした。
「今日って、美空先輩の誕生日なの?」葵が眉を上げて尋ねた。
コウタは頷いた。「うん」彼の笑みが温かみを帯びた。「今日で18歳になるんだ」
「すげえ!」ヒカルが笑った。
「アヤネは今、母さんと一緒に家にいるよ」とコウタは続けた。「料理やケーキの準備をしてくれているんだ」
「それで、俺たちに手伝いを頼んだってわけか?」和樹が箱を指差しながら尋ねた。
「そう」コウタはにっこりと笑った。「それに、みんなはアヤネの親友なんだから、パーティーにも参加してほしいと思ったんだ。美空は今出かけているから、彼女が戻ってくるまでに全部準備しなきゃいけないんだよ」
「えっ……俺たちだけ?」とリクヤが尋ねた。
「いや――」コウタが言いかけるより早く、店の入り口から突然、二人の人影が飛び込んできた。
「着いたよ!」
全員がそちらを振り返る。
入り口にはサヤカとシズカが立っていた。二人とも膝に手を当てて荒い息をつきながら、もう片方の手にはそれぞれ傘を握りしめている。
その数秒後、彼女たちの後ろからメイが何食わぬ顔で、同じく傘を差して入ってきた。
「サヤカ! シズカ!」ミツルが声をかける。
双子は息を整えながら、それぞれ片手を挙げて挨拶した。
「メイ」アオイが近づいてきた銀髪の少女に声をかける。
「皆さん、こんにちは」メイがふわりと微笑むと、ミツルは少し顔を赤らめた。
そして彼女はコウタの方を向いた。「言われた通りに来たわよ、シラカワさん。緊急事態って何?」
一同は一斉に「ええっ」という顔で引きつった。彼女たちまで呼び出されていたのか。
コウタはにっこりと笑った。「これらを俺の家まで運ぶのを手伝ってほしいんだ。さっき届いたばかりでね」
彼は段ボール箱の方を指し示した。
クロガネ家の双子はゆっくりと体を起こし、その表情は完全に無表情になった。
「つまり……」サヤカが口を開く。こめかみに汗を浮かべ、引きつった笑みを浮かべながら。「私たちをここまで走らせた理由が……」
「ただの荷物運び?」シズカが言葉を継ぎ、ピクリと眉を動かした。
「うん」コウタは楽しげに微笑み、目を細めて頷いた。
サヤカが気まずそうに苦笑する一方で、シズカはくるりと入り口の方を向いた。
「じゃ、帰るわ」
「えっ、ちょっ……お姉ちゃん!」さやかが慌てて後を追い、静香のジャケットの裾を掴んで、コミカルな様子で引き留めた。
静香はまだ立ち去るつもりなのか片足を上げたが、さやかの力強い引き留めに遭い、一歩も動けずにいた。
「お願い、助けてくれ」コウタは両手を合わせて懇願した。「本当なら自分で全部やるつもりだったんだけど、荷物を積み込む前に車が故障しちゃって」
彼の表情が和らぎ、指に力がこもる。
「ミソラの誕生日のためのものなんだ……だから、頼むよ」
静香は動きを止めた。上げていた足が、ゆっくりと床に戻る。
彼女はコウタの方を向き直った。「……わかった」
あまりに即答だったため、皆が驚いて彼女を見つめた。
あんなにすぐ承諾するなんて!?と、誰もが思った。
…………
「レイナとリョウも来るんだ」とコウタが明かした。「いくつか頼み事をしておいたから」
「なるほど」とミツルは頷いた。
コウタが母親の家へと案内するのに従い、彼らはその後について歩いた。通りは静かで穏やかで、週末の温かな空気が家々の間を緩やかに流れていた。
アオイは視線をあちこちの建物へと彷徨わせた。彼女は片方の脇に箱を抱え、もう片方の腕でシオリをしっかりと支えていた。
アヤネちゃんの家を訪ねるのは、これが初めてだわ……。
彼女の目は近隣の様子を追っていた。聞いた話だと、アヤネちゃんとお姉さんはおばあちゃんと一緒に暮らしているのよね。
彼女の表情は和らいだが、戸惑いの色が少し残っていた。
でも、わからないな……。白川さんがお父さんなら、どうして一緒に暮らしていないんだろう?
その考えを深める前に、シオが小さく鳴き声を上げた。
「ワンッ!」
アオイは瞬きをして、シオを見下ろした。彼女の顔に、ふたたび小さな笑みが浮かぶ。
「いい子ね」
シオは嬉しそうに鳴き声を上げ、アオイのジャケットに鼻先をすり寄せた。
二人の数歩後ろを歩いていたライトが、ちらりと視線を向ける。アオイとシオの仲睦まじい様子を眺めながら、彼の口元には穏やかな笑みが浮かんだ。
すぐそばで、サヤカがふざけてリクヤを肘で小突く。「ねえリクヤ、アヤネに会えるの楽しみ~?」
リクヤの頬がたちまち赤く染まる。「や、やめろよ」
メイの紫色の瞳が空に向けられた。「雲行きが怪しくなってきたわね」
彼女は穏やかな笑みを浮かべたまま、そっと目を閉じた。「傘を持ってきてよかったわ」
彼女は軽々と、何事もないかのように8本もの傘を手に持っていた。
ライトは目を剥いた。「誰かさんの荷物を持ってやるくらい、したっていいだろ!」
メイは穏やかな笑みを絶やさぬまま、彼を振り返る。「持ってるわよ」
彼女は手に持ったものを少し持ち上げてみせた。「この傘をね」
ライトのこめかみに青筋が浮かぶ。「この……っ!」
ミツルが少し睨むような視線をライトに向けた。「おい、メイに重い箱を持たせようとするなよ」
彼はメイの方へ歩み寄り、優しく微笑みかける。「大丈夫だよ、メイ。重い荷物は俺に任せて」
メイはくすりと笑った。「あら、優しいのね、ミツル」
その二人を見つめるライトの表情は、不機嫌に歪んだ。
「あいつ……」彼はミツルの背中を鋭く睨みつけながら、悪態をついた。
アオイがくすりと笑い、シオも楽しげに鳴き声を上げた。
コウタが微笑む。「着いたよ」
アオイたちは、屋敷の外門を少し過ぎたところで足を止めた。
石柱と木製の建具が入り口を縁取り、その屋敷は古風で高級感のある日本家屋の佇まいを見せていた。開放的な通路、濃い色調の木材のあしらい、そして手入れの行き届いた中庭が、伝統的な建築様式と見事に調和している。
一言で言えば、それは広大で優雅な日本式の屋敷だった。
メイとクロガネの双子を除く少年少女たちは、あんぐりと口を開け、目を丸くしてその屋敷を見つめた。
あの三人の少女たちでさえ、感銘を受けた様子だった。
「すごい!」ヒカルとカズキが声を揃えた。
「アヤネが……ここに住んでるの?」ミツルが目を大きく見開いて呟いた。
「うわっ……」アオイとライトが同時に声を漏らした。
コウタは彼らを振り返った。「ああ。ここは俺の両親の家なんだ。父さんはもう亡くなったけど、アヤネとミソラが母さんと一緒にここに住んでる」
「ジン先輩の故郷の村にある家とそっくりですね」リクヤが眼鏡の位置を直しながら、皆に続いて言った。
「両親は昔から、伝統的な日本家屋が好きだったんだ」とコウタは説明した。
彼は玄関の引き戸の前で立ち止まった。「それじゃあ、みんな、俺の家へようこそ」
コウタは引き戸を開けて中に入り、靴を脱いで上履きに履き替えた。
少年少女たちもそれに続き、玄関ホールに集まった。障子のような壁や、低い位置に吊るされた四角い木製の照明器具を目にし、彼らは目を丸くした。
「すごく和風だね……」アオイが感嘆の声を漏らしながら、あたりを見回した。
シオが腕の中で小さく鳴き声を上げた。
「コウタ、もう帰っていたのね」
少年少女たちはそちらを振り返った。
小柄な老婦人が、彼らの方へゆっくりと歩み寄ってきていた。
彼女は、落ち着いた色合いとシンプルな柄をあしらった、古風で控えめな着物をまとっていた。鼻筋には丸い小ぶりの眼鏡がきちんとかけられ、その奥で淡い緑色の瞳が輝いていた。
コウタは微笑んだ。「うん、母さん。残りの荷物も持ってきたよ。この子たちが運ぶのを手伝ってくれたんだ」
彼はその場にいる十代の若者たちの方へ視線を向けた。「こっちは小夜鳴高校の一年生。アヤネの親友であり、クラスメートでもあるんだ」
そして、彼はグループの方を向いた。「みんな、こっちが僕の母、白川トシコです」
「は、はじめまして、白川さん!」リクヤはどもりながら頭を下げた。
他の面々もすぐにそれに続いた。
年配の女性であるトシコは、温かな笑みを浮かべた。「あら、そう。こちらこそ、みんなに会えて嬉しいわ」
彼女の表情がさらに和らぐ。「アヤネから、みんなのこと、いろいろ聞いているのよ」
彼女はアッシュブラウンの髪をした少年に視線を向けた。「特にリクヤくんのことね。そうでしょ?」
彼女の淡い緑色の瞳が、温かげに細められた。「アヤネから、あなたのことをたくさん聞いているわ。うちの可愛い孫娘を好きになってくれて、本当にありがとう。正直なところ、ついに彼氏ができたって聞いたときは驚いたものよ」
リクヤの頬はたちまち赤く染まった。「い、いえ、そんな……! アヤネが僕を好きでいてくれることが、ただただ嬉しいんです。本当に幸せで」
彼は真剣な決意を込めて拳を握りしめた。
他の面々は、呆れたような表情を浮かべ、額に汗を浮かべながら彼を見つめるしかなかった。
「すごいな。もう彼女のおばあちゃんのお墨付きまでもらっちゃってるよ」カズキは片方の眉を上げ、面白がるような笑みを浮かべて言った。
シズカは彼の脇腹を軽く肘でつついた。荷物を抱えていながらも、彼女の顔には小さな笑みが浮かんでいた。
トシコは温かな眼差しで若者たちを見渡し、その笑顔を一人ひとり眺めていった。
やがて、彼女の視線はアオイに留まった。その淡い緑色の瞳が見開かれる。
彼女は意図したよりも少し長い間その少女を見つめ、唇をわずかに開いた。
「あら……」アオイを見つめる彼女の声は、優しく穏やかな響きを帯びていた。「あなた、お名前は何ていうの?」
突然の注目に不意を突かれ、アオイはまばたきをした後、小さく丁寧に会釈をした。 「あ、あの……桜庭葵と申します。」
「桜庭……」トシコはその名を静かにつぶやいた。
彼女はコウタの方へ視線を向け、その淡い緑色の瞳に、ほのかに温かな光を宿した。
コウタはただ、すべてを理解しているような、控えめな笑みを返した。
トシコは再び若者たちの方を向き、表情を明るくした。「さあ、入って。みんな、中へどうぞ」
彼女は手招きをして、彼らを招き入れた。
「わ、わざわざ家に入れてくださって、ありがとうございます」リクヤはもう一度、丁寧に頭を下げた。
トシコはくすりと笑い、手を振って「いいのよ、気にしないで」と応じた。
「アヤネはどこですか?」コウタはそう尋ねながら、皆と共に家の中へ足を踏み入れ、板張りの廊下を歩き始めた。
「あの子、ケーキの仕上げをしているのよ」トシコはそう答え、彼らを家の奥へと案内した。「レイナとリョウからさっき連絡があって、残りの買い物がもうすぐ終わるそうだから」
「なるほど」コウタは温かい笑みを浮かべた。
トシコは振り返り、若者たちを見つめた。「息子を助けてくれて、本当にありがとう。それに、こうしてパーティーに参加してくれることも、とても嬉しいわ」
「いえ、とんでもないです!」リクヤはまたしても、勢いよくそう口走った。
「ミソラ先輩の誕生日の準備をお手伝いできるなんて、僕らにとっても嬉しいことです」ヒカルも、抱えていた箱の位置を直しながら言葉を添えた。
「彼女もようやく、素敵な女性になりましたね」サヤカもにっこりと笑って言った。
トシコはくすりと笑った。「ええ、本当にそうね」
アオイとライトは並んで歩きながら、周囲の様子を確かめるようにその伝統的な家の中を見回した。
老婦人は別の引き戸を開け、中へと足を踏み入れた。
「アヤネちゃん!お父さんとお友達が来たわよ!」と彼女は声を上げた。
若者たちも後に続いて中に入ると、ちょうどアヤネが彼らの方へ駆け寄ってくる姿を目にした。
「お父さん!それに……みんなも来てくれたの?」
彼らはその茶髪の友人――特に顔を真っ赤にしているリクヤ――を見つめながら、アヤネの服装に目を留めた。
彼女は淡い緑色の長袖ブラウスに紺色のジーンズ、そして上履きを身につけていた。腰には白いエプロンを締め、手には小さなボウルと泡立て器を持っていた。
右の頬には、白い粉が少しだけ付着していた。
すると、彼女の目が輝いた。「リクヤ!」
彼女はすぐにそばのテーブルにボウルを置くと、アッシュブラウンの髪の少年のもとへ駆け寄り、その体に腕を回した。
リクヤは驚いて目を見開いたが、すぐに彼女を抱きしめ返した。
アヤネが少し身を引いたかと思うと、彼の頬に素早くキスをした。
リクヤの顔はさらに赤く染まった。
「俺たちに会えても、そんなに嬉しくないわけ?」とライトがからかった。
アヤネは他のメンバーの方に視線を向けたが、リクヤのそばからは離れなかった。リクヤは恥ずかしさのあまり、目が回ってしまいそうな様子だった。
彼女はくすりと笑った。「ねえ、ライト。」
彼女はリクヤから手を離したが、すぐに彼の手を握り、家の奥へと連れて行った。
「みんなに会えてすごく嬉しい。実は、後で電話して来てもらおうと思ってたの。」
「俺たち、君の家に来たことなかったからね」とミツルが笑った。
アヤネはまばたきをした。「あ、そっか。住所をメッセージで送ろうと思ってたんだっけ。」
「よし」とライトは言い、箱を床に置いてから大きく伸びをした。他の面々もそれに倣い、彼の箱の隣に自分たちの箱を置いた。
「ワン!」シオの元気な鳴き声が、すぐにアヤネの注意を引いた。
「シオ~!」アヤネは目を輝かせ、アオイに抱かれた子犬のもとへ駆け寄った。「元気にしてた?」
「ワン! ワン!」シオは嬉しそうに尻尾を振りながら、アヤネの優しい撫でる手に身を寄せた。
アオイは微笑んだ。「お父さんから電話をもらったとき、ちょうど散歩中だったの。連れてきても大丈夫だったかな?」
「もちろん!」アヤネはにっこりと笑った。「大歓迎だよ。ねえ、シオ?」
「ワン!」
アヤネはくすりと笑い、視線を箱のほうへ向けた。「これ、パーティー用?」
「うん」コウタは箱の中を探りながら答えた。「本当はもっと早く全部持ってくるつもりだったんだけど、車に荷物を積み込んでいる途中で調子が悪くなっちゃってさ」
彼は横断幕や飾り付け、その他のパーティー用品といった必需品を取り出し始め、他のメンバーも床にそれらを並べるのを手伝った。
「飾り付けは俺がやるよ」コウタは立ち上がりながら言った。「アヤネ、おばあちゃん、二人はケーキと料理の準備を続けて。後で合流するから」
「ケーキはもうすぐできるよ」アヤネはそう宣言し、再びボウルと泡立て器を手に取った。
「私たちに任せておいて、コウタ」トシコは割烹着を身につけながら、にやりと笑って答えた。
「了解」コウタは笑顔で頷いた。
「僕たちも手伝うよ」ミツルが意気揚々と拳を握りしめて言った。
「うん!」ヒカルもにっこりと笑う。
「何でも言ってね、やるから」メイも笑顔で付け加えた。
コウタは若者たちに感謝の笑みを向けた。「ありがとう」
突然、家の中にノックの音が響き渡った。全員が玄関の方を振り返る。
「もしかして、美空先輩……!?」と、和樹が慌てた様子で尋ねた。
彩音はくすりと笑って、「ううん、違うよ」と答えた。
直後、引き戸が開くと、見覚えのある二人の姿が中に入ってきた。
「お邪魔しまーす!」と、レイナが明るい声で言った。
「よっ、来たよー!」と、リョウが満面の笑みで挨拶し、さらにいくつかの箱を抱えて入ってきた。
「レイナ先輩とリョウ先輩だ!」と、さやかが顔を輝かせた。
「ん?」レイナは彼らを見つけて、きょとんとした表情を浮かべた。「みんなもいたの?」
彼女の表情がぱっと明るくなった。「やったー!」
「ライトもいるじゃん!」リョウはさらに笑みを深めて声を上げた。
彼は抱えていた箱を置くと、すぐに両手を広げて飛びかかろうとした。
「よっ、弟よー!」
ライトは無表情のままひょいと横に避け、リョウをそのまま通り過ぎさせた。
リョウはよろめきながら前進し、やがて完全に立ち止まった。
「触るな」と、ライトは冷たく言い放った。
「なんでそんなに冷たいのさ、弟よー?」と、リョウは不満げに言った。
ライトの頭の横に、たらりと汗の粒が浮かんだ。
レイナは葵のほうへ歩み寄り、そのエメラルド色の瞳を、彼女が抱いている子犬に向けた。
「これが、話してた子犬?」
葵は頷いた。「うん。この子はシオっていうの」
レイナの目が輝いた。「すごく可愛い~!」
レイナに構われて、シオは嬉しそうに尻尾を振りながら鳴き声を上げた。
「よし、みんな。集中しよう」コウタは腰に手を当てた。「言った通り、あまり時間がないからな」
アヤネが頷く。「そうだね。ジン先輩が今のところお姉ちゃんを引き留めてくれているから、その間に準備を整えないと」
「了解!」
その時、リョウのポケットから着信音が鳴った。彼はスマホを取り出し、通知をタップした。
「ジンから連絡だ。俺が勧めた場所を全部、ミソラを連れて回ってくれたみたい。もうすぐ帰ってくるはずだよ」
コウタは頷いた。「それが合図だ。行くぞ、みんな」
コウタに続いて、残りの箱を運ぶグループが家の奥へと進み、アヤネとトシコはキッチンへと向かった。
アオイはふと足を止め、改めてその日本家屋の様子を視線で追った。
そういえば……白川さんの奥さんには会っていないな。彼女は少し目を細めながら、そう思った。
「アオイ、こっちだよ!」前の方から誰かが呼ぶ声がした。
「今行く!」彼女は前を向き、みんなの後を追って小走りで駆け出した。家の中では準備や飾り付けが始まり、笑い声と笑顔が広がっていった。
...................
石畳の床に雨の粒が落ち始め、その表面に小さな染みを作っていった。
二つの人影が白河邸へと近づくにつれ、浅い水たまりを踏むブーツの音が響く。二人の吐息には、共に過ごした一日の余韻である笑い声の名残がまだ混じっていた。
「間に合ってよかったな!」引き戸の前で足を止め、ジンは顔についた雨粒を拭いながら笑った。
「ええ」と、ミソラは小さく微笑んで答えた。「でも、あなたがゲームセンターに残るって言い張ってたら、こうはいかなかったわよ。ようやく私の言うことを聞いてくれてよかった」
「当然だろ」ジンは屈託なく笑った。「だって、お前は俺の彼女なんだから」
その言葉にミソラの頬が赤く染まり、彼女は照れ隠しに少し顔を背けた。
ジンは表情を和らげて彼女に歩み寄ると、その体を抱き寄せ、軽く口づけを交わした。
「俺の美しい彼女」彼の深紅の瞳が温かな光を帯びる。「18歳の誕生日おめでとう、ミソラ」
美空の頬がさらに赤く染まった。彼女は腕を組み、少し身を引くようにして言った。
「あれが誕生日プレゼントだったの? 私には、あまりプレゼントらしく思えなかったけど」
「えっ!?」ジンは目を丸くした。「ちょっと待ってよ~! 丸一日デートしたんだぜ? しかも最後は完璧なキスで締めくくったし。ロマンチックだろ~!?」
美空はふっと口元を緩めた。「ええ。素敵だったわ」
彼女は優しくジンの頬に手を添えた。「すごく嬉しかった。ありがとう」
ジンは再びニカっと笑うと、身を乗り出して彼女の頬に軽くキスをした。
「でも……」彼は悪戯っぽく笑みを深めた。「誕生日はまだ終わってないよ」
美空は片方の眉を上げた。「どういうこと?」
「お楽しみはこれから」ジンはドアに手をかけ、それをスライドさせて開けた。
その瞬間――
「サプライズ~!!」
美空は目を見開いた。そこには、色とりどりのバナーや風船、紙吹雪で美しく飾り付けられたダイニングルームが広がっていた。
「お誕生日おめでとう、お姉ちゃん!」アヤネが満面の笑みで声をかけた。
「18歳のお誕生日おめでとう、あなた」トシコも明るい声で続いた。
「おめでとうございます、美空先輩~!」
「おめでとう、美空~!」
レイナやリョウたちも加わり、みんなが一斉に祝福の言葉を贈った。
満天の星空の下、美空の顔に満面の笑みが広がり、その瞳がきらめいた。「彩音……おばあちゃん……みんな……」
彼女の視線はゆっくりと集団の上をなぞり、やがてある一点で止まった。
皆から数メートル離れた背後に、最後の一人の姿があった。
コウタだ。
美空の青灰色の瞳が見開かれる。表情から喜びがゆっくりと消え、代わりに衝撃が広がっていった。
彼女は目を細めた。その顔に暗い影が差したように見え、瞳の奥には怒りの色が浮かび上がっていた。
彼女の視線を追ってコウタの方を見た仲間たちの顔から、笑みが消えていく。コウタは小さな笑みを浮かべたまま、静かにそこに立っていた。
「誕生日おめでとう、美空――」
「あんた」美空は鋭く言葉を遮った。その声には怒りが滲み、低く響く。
彼女は体の脇で拳を固く握りしめ、爪が手のひらに食い込んだ。
「ここで何してるの?」




