第2章:スタートラインの先へ
その一団は、担任の教師が女性と談笑している様子をじっと見つめ続けていた。
「……珍しいね」と、静が呟いた。
「何が?」と陸也が尋ねる。「女性と話してること……それとも、廊下で満面の笑みを浮かべてること?」
「あんな顔、今まで一度もしたことなかったよな……」信じられないといった様子で瞬きをしながら、光も言葉を継いだ。
その頃にはもう、葵たちは光を置き去りにして、新と女性の方へ歩き出していた。
「えっ……?」金髪の彼は目をぱちくりさせた。「おい、待ってよ!」
彼は慌ててみんなの後を追った。
「それで、できれば……」新はそこまで言うと、照れくさそうに首の後ろをさすった。
「あ、新先生!」
近づいてくる一団の方へ、新と女性は顔を向けた。
「よう、みんな」彼らの前で立ち止まった生徒たちに、新は声をかけた。「どうした?」
「こっちが聞きたいよ」和樹がニヤリと笑って答えた。
光が、大げさに涙を流しながらのんびりと歩み寄ってきた。
「そうだよ! 向こうから見えてたんだから。先生、この世の春って顔してニヤニヤしてたじゃん!」
彼は駄々をこねる子供のように両腕を大きく振り回した。「俺にはあんな顔、一度だってしてくれたことないのにさー!」
サヤカは苦笑いしながら言った。「あんた、もうティーンエイジャーでしょ? なんで一歳児みたいに大泣きしてるのよ」
アラタは思わず吹き出し、隣にいた茶髪の女性もクスクスと笑った。
「そうだったかな?」アラタは苦笑しつつ、隣の女性を指し示した。「みんな、こっちは僕の親しい友人のキミコさんだよ」
女性は一歩前に出て、軽く会釈をした。
「こんにちは、皆さん。岸本キミコです」彼女は温かい笑みを浮かべながら顔を上げた。「キキって呼んでくださいね」
アオイたちは、彼女の穏やかな物腰に目を丸くした。
(すごく大人しい人だ!)と、全員が心の中で思った。
「は、はじめまして、キキさん!」リクヤが頭を下げると、他の生徒たちも慌ててそれに続いた。「ぼ、僕たちはアラタ先生のクラス、1年3組の生徒です!」
キミコはクスクスと優しく笑った。「ええ、知っていますよ。アラタから皆さんの話をいつも聞いていますから」
アラタは頬を赤らめた。「こ、こら……」
キミコの笑みがさらに優しくなった。「こうして皆さんとお会いできて嬉しいです」
1年生たちはすぐに、栗色の髪をした先生の方を向いた。
「俺たちのこと、話してくれてたんですか、アラタ先生~!?」ヒカルが目を輝かせながら、甘えるような声を上げた。「嬉しすぎて泣いちゃいそう~!」
アラタは彼の子供っぽい振る舞いに苦笑した。「お前、いつも泣いてるだろ?」
彼はため息をついてから、キミコの方を指した。「キキは僕と同じ大学に通ってるんだ。同じ学部で、そこで一緒にアルバイトもしてるんだよ」
「なるほど」と、ライトが頷いた。
メイはキミコの方を向いた。「ということは、あなたがここにいるってことは……」
「ああ、そうなんです」キミコは軽く胸に手を当てた。「私もこの小夜鳴学園の教師でして。2年2組の担任をしています」
「2年生の担任なんですね」アオイは微笑んだ。「なんだか素敵ですね」
キミコは視線を彼女に向けた。「あら」
彼女は青い髪の少女に歩み寄った。「あなたが桜庭アオイさんね」
キミコは再び軽く会釈をした。「アラタから、特にあなたのことはよく聞いていましたよ。ようやくお会いできて嬉しいです」
アオイは少し目を揺らしながら、緊張した様子で手を振った。
「あ、いえいえ!」彼女は慌ててお辞儀を返した。「こちらこそ、お会いできて光栄です」
(キキ、ちょっと堅苦しいよ!)とアラタは心の中で思った。
二人の少女は姿勢を正した。
キミコは小さく笑った。「あなた、実はかなり有名なんですよ。『六つの爪』の一人だとも聞いていますし」
「そ、そうなんです」アオイは頷いた。
キミコは温かい笑みを浮かべ、グループ全員に視線を巡らせた。
「あなたたちのグループは特別ですね。きっと素晴らしい活躍をしてくれると信じています。仲間との時間を楽しんで、たくさんの新しい思い出を作ってくださいね」
グループのみんなも笑顔を返した。
「はい!」アヤネがにっこりと笑って言った。
「了解です」とリクヤも続いた。
アラタはキミコの方を向いた。「それにしても、あんなこと言わなくてもよかっただろ。後でみんなにからかわれるよ」
キミコはくすりと笑った。「でも、まんざらでもないんでしょ?」
アラタは首の後ろをさすりながら頬を赤らめ、明らかに動揺していた。
他の面々は、教師である彼の照れくさそうな表情をじっと見つめた。
「そもそも、私たちがここにいていいの?」シズカが面白がるような表情を浮かべてつぶやいた。
サヤカは片方の眉を上げた。「マジで……今は恋の季節か何かなの? みんな急にあちこちでカップルになってるし」
ヒカルは彼女に視線を向け、その表情の微妙な変化を捉えた。
アオイが微笑んだ。「それじゃ、そろそろ行きましょうか――」
その言葉を遮るように、廊下にいくつかの叫び声が響き渡った。
「おい!」
「またかよ!」
廊下の向こうからスケートボードが猛スピードで近づいてきた。乗り手は、声を上げる生徒たちの間を軽やかにすり抜けていく。
少年はただ、不敵な笑みを浮かべるだけだった。
彼は次々とトリックを繰り出した。慣れた手つきでボードを空中に弾き上げ、キックフリップを完璧に決めると、そのまま廊下を滑り続けていく。
アオイたちは近づいてくる彼に気づき、目を見開いた。
「な、なんだあれは!?」ミツルが呆気にとられて声を上げた。
「こっちに突っ込んでくるぞ!」ヒカルが叫んだ。
「ふん」と、スケートボーダーはにやりと笑った。
見事な身のこなしでボードをロッカーの方へ向け、横向きに滑走しながら宙へと飛び上がった。
「うわっ!」とアヤネが息をのむ。
少年は完璧なオーリーを決め、彼らの頭上を飛び越えていった。
一瞬、すべての動きがスローモーションになったかのように感じられた。
アオイたちは、頭上を舞うスケートボーダーを見上げ、呆気にとられて口を開けたまま立ち尽くした。
彼は体を逆さまに近い状態にし、右手でボードを掴みながら、バランスを取るために左腕を外側へと伸ばしていた。
琥珀色の瞳が、眼下の彼らに向けられる。
だが、その視線はアオイの上で止まった。そして、彼の笑みがさらに深くなる。
その瞬間――
ドスン!
彼は彼らの背後に軽やかに着地した。車輪が床を滑る音を立てた後、ボードをくるりと回し、鮮やかに停止してみせた。
「自己最速記録だな」と、彼は誇らしげな笑みを浮かべて言った。
アオイたちはゆっくりと振り返り、彼をよく見ようとした。
彼は仲間たちの多くよりも少し背が高く、色白だが少し日焼けした肌に、無造作に逆立った赤い髪、そして印象的な琥珀色の瞳をしていた。額には白い「X」のマークが入った青いヘアバンドを巻いている。
赤いパーカーの上に「サヨナキ」の制服ジャケットを羽織り、黒いヘッドホン、すっきりとした黒いズボン、そして青から白へと変わるグラデーションのスニーカーを身につけていた。
アラタが深いため息をつく。「マジかよ、ミナト?」
ミツルは即座にその赤髪の少年を指さした。「今の、すごく危なかったんだぞ!? 誰かが大怪我をしたり、最悪の事態になったりしてたかもしれないんだからな!」
ミナトはあっけらかんとした様子で肩をすくめた。「落ち着けよ。いつものことだろ。大したことじゃないって――」
彼が言い終わるか終わらないかのうちに、どす黒く不穏なオーラが彼の隣に立ち上った。
「ミナト……」キミコが微笑んだ。
それは甘い微笑みだった。あまりにも甘すぎる。
彼女は目を閉じたまま手を伸ばし、彼の左耳をしっかりと掴んだ。
「痛っ! 痛っ! 痛っ!」耳を引っ張られ、ミナトはなす術もなく両手をバタつかせた。
「廊下でスケボーをするのはやめなさいって、何度言ったらわかるの?」彼女は穏やかな笑みを浮かべたまま、その表情をわずかに引き締めた。
「痛い、痛い! キキ先生! ごめんなさい、ごめんなさい!」キミコに耳を掴まれたまま集団の方へと引きずられていく中、ミナトは悲鳴を上げた。
「みんな、彼がごめんなさいね」彼女は照れくさそうに微笑みながら詫びた。「いつもこうなのよ」
キミコがようやく耳を放すと、ミナトはすぐに痛む場所をさすりながら顔をしかめた。
「キキ先生、彼のこと知ってるんですか?」メイが尋ねた。
「ええ」キミコはため息をついた。「私の生徒の一人なの」
赤髪の少年はスケボーを拾い上げると、集団に向かって屈託のない笑みを見せた。
「そうなんだ。俺、2年生でさ」
スケボーを何気なく肩に担ぎながら、彼の笑みはさらに深まった。
「名前は西谷ミナト。2年2組」
「はじめまして、ミナト先輩」アヤネが丁寧に挨拶した。
他のメンバーも頷いて挨拶を返した。
だが、アオイだけはミナトから目を離さなかった。正確には、彼の制服につけられた艶消しシルバーのピンに視線を奪われていたのだ。
それは抽象的な「V」の字の形をしており、5本の線に分かれていた。
あのピン……。アオイは何かを思い出し、わずかに目を細めた。見たことがある。
「アラタ先生から君たちのことは聞いてるよ……」ミナトはそう言いながら、何気ない様子で集団の方へ歩み寄った。
だが、アオイの目の前まで来ると、彼は不意に足を止めた。
彼は身を乗り出すように顔を近づけた。「……でも、君が一番面白そうだね、桜庭アオイ」
急に距離を詰められ、葵の顔はたちまち赤く染まった。「えっ?!」
湊は顎に指を当て、思案深げに彼女を観察してから頷いた。
「ああ、そうそう。その濃い青色の髪に、ラベンダー色の瞳……」彼は指をパチンと鳴らした。「うん! 間違いなく君だ」
琥珀色の瞳が興奮で輝く。「『黒豹』と『小夜鳴』の抗争を終わらせて、『六爪』の一員になったあの有名な生徒だよね!」
「あ、あの……」葵はおずおずと後ずさった。「パ、パーソナルスペースを……」
言い終わるか終わらないかのうちに、湊は突然彼女の手を掴み、勢いよく握手をした。
「ついに会えて光栄だよ~!」湊は笑った。「近くで見るともっと可愛いね! 『黒豹』の一件を聞いて以来、ずっと憧れてたんだ!」
彼は葵が返事をする隙も与えず、熱っぽく言葉を続けた。
「ずっと話してみたいと思ってたんだけど、なかなか機会がなくて! 『六爪』の就任式の時も声をかけようとしたんだけど、他の連中に捕まっちゃってさ!」
言葉の端々で激しく手を上下に振られるたび、葵はなす術もなくふらつかされた。
「葵!」彩音が慌てて声を上げる。
ライトが素早く割って入り、青髪の少女を湊から引き離した。
「気をつけろよ!」
彼は赤髪の少年に鋭い視線を向けた。その隣で、葵は目を回してふらついていた。
「彼女が明らかに困ってるのが分からないのか?!」
「湊……」キミコは首を振った。「人には優しく接しなきゃって言ったでしょ?」
「おっと!」湊の表情が即座に変わった。「それは本当にごめん!」
彼は葵の手を完全に離した。「つい興奮しすぎちゃうんだよね」
「なんだか聞き覚えのあるやり取りね」彩音が含みのある笑みを浮かべて言った。
彼女の視線がライトに向けられる。
ライトは呆れたように目を回しつつ、葵の体を支えて立たせた。
「大丈夫」葵は体勢を立て直しながら言った。
ミナトは再び彼女の前に立ったが、今度は適度な距離を保っていた。
「でも、正直なところ、ようやく会えて本当に嬉しいよ」彼はにやりと笑った。「君、マジでかっこいいね」
アオイはまばたきをした。「そ、そうかな……」
アオイの視線がミナトの制服へと移る中、ライトは彼女のそばに留まっていた。
「そのバッジ……」彼女は口を開いた。「もしかして――」
「ミナト!」
突然、廊下に声が響き渡った。
一同がその音のする方へ振り返ると、紫色の髪の少女が、見覚えのある他の3人の人物を伴ってこちらへ駆け寄ってくるのが見えた。
「チエコ先輩だ!」リクヤが驚きの声を上げた。
ようやく一行の元へたどり着いたチエコは、膝に手をつき、荒い息を整えながら立ち止まった。
「さっきは……本当に速かったわね……」彼女は息を切らしながら言った。
「彼を追いかけろなんて誰も言ってないわよ、チエコ」
赤い髪の少女が、ポケットに手を突っ込んだまま、軽やかに笑いながら近づいてきた。
「アスカ先輩」アヤネが挨拶をした。
アスカは茶目っ気たっぷりの笑みを浮かべ、アヤネにウィンクしてみせた。
アヤネの視線は、彼女の隣にいる男性へと移った。「シノ先輩」
黒髪の男性は、ただ眼鏡の位置を直すように指で押し上げただけだった。
続いてアヤネは、彼の隣にいるもう一人の黒髪の人物に目を向けた。「ユラ先輩」
ユラは無表情のまま、小さく頷いた。
「『五尾』のメンバーだ……」カズキが驚きに目を見開きながら呟いた。
「君たち、ここで何してるの?」サヤカが尋ねた。
アスカはにやりと笑った。「授業が終わったから、ここの興奮しすぎた友達を回収しに来たのよ」
「それに、チームに関する打ち合わせを終わらせる必要もあるからな」シノが眼鏡を直しながら付け加えた。
「え……はあ?」ライトの視線が、ゆっくりとミナトに向けられた。
他のメンバーもそれに続く。
「待って、それってつまり……」
「そう」ミナトは再びニカっと笑った。「俺が『ファイブ・テイルズ』の5人目のメンバーだよ」
「嘘だろ!!」ヒカルが目を丸くして驚く。
アオイも事態を理解し、目を見開いた。「だから『ファイブ・テイルズ』のバッジをつけてたんだね……」
「正解」ミナトはニヤリと笑う。「なかなか鋭いね」
アオイの頬がほんのりと赤らむ一方で、隣にいたライトは不満げに何かを呟いた。
「でも、納得いかないな」カズキが口を開くと、全員の視線が彼に集まった。「お前みたいな性格の奴が、『サヨナキ』のエリート戦士だなんてありえないだろ!」
「そうだよ!」ヒカルが頷く。「無茶苦茶すぎるって! さっきのスケボーの動きだってそうだし!」
チエコが姿勢を正す中、アスカがニヤリと笑った。
「ミナトはお調子者で能天気に見えるけど、実はかなり強いのよ」
「すごく頼りになる人だよ」ユラも言葉を添える。
「おいおい、見た目で判断しちゃダメだぜ」ミナトはニヤリと笑った。「こう見えても、戦いに関してはかなり頼りになるんだから」
「えー、俺には一目瞭然だったけどな」リクヤがクスクスと笑う。
ミナトの笑みがさらに深まった。「でも何より、俺はスケボーが大好きなんだ!」
彼は力強く拳を握りしめた。「ただの遊びだって言う人もいるけど、俺は全身全霊でスケートをやってるんだ!」
「だからって、学校でやっていい理由にはならないでしょ……」キミコは腕を組みながら呟いた。
その隣で、アラタがクスクスと笑った。
ミナトは誇らしげな笑みを浮かべてみんなを見渡した。「スケートは俺の情熱なんだ。いつか日本一のスケーターになってやる!」
彼は得意げにスケートボードを持ち上げた。「見てよ! このボード、自分で組み立てたんだぜ!」
アオイたちが身を乗り出して覗き込むと、そこには洗練されたマットブラックのボードがあった。鮮やかなエレクトリックブルーと深紅のアクセントが施され、磨き上げられたシルバーのトラックと半透明の青いウィールが輝いている。
「うわっ、すげー!」ミツルが声を上げた。
「めっちゃカッコいい~!」サヤカも目を輝かせて言った。
「だろ~!?」ミナトは誇らしげに満面の笑みを浮かべた。
アオイはカズキやライトと少し離れた場所に立っていた。
「ふん。あんなことで感心するなんてな」カズキが鼻で笑った。
「同感だね」ライトも頷いた。
二人のあからさまな嫉妬ぶりに、アオイは苦笑いするしかなかった。
ミナトは得意げにニカっと笑った。「あ、あと音楽も作ってるんだ!」
ミツルは目を丸くした。「音楽を作ってるの?」
「そうなんだ!」ミナトは勢いよく頷いた。「自分でビートを作って、ラップの歌詞も書いて、チャンスがあればデモの録音もしてるんだよ」
サヤカは首を傾げた。「マジで? 全部自分でやってるの?」
「もちろん!」ミナトは笑った。「スケートは俺の情熱だけど、音楽も自分を表現する手段の一つなんだ。ヒップホップ、トラップ、チル系……いろんなビートを作ってるよ。スケート動画用の曲だってあるし」
彼は誇らしげな笑みを浮かべながらスマホを取り出した。「実はここにデモがいくつか入ってるんだ。一つ聴いてみる?」
ミナトのスマホから聞き覚えのあるビートが突然流れ出し、カズキは即座にそれに反応した。
「待てよ」彼は鋭い眼差しで一歩前に出た。「それをただの遊びで使うなんて、許されないぞ」
「カズキ?」ヒカルは驚いて目を丸くした。
「ちょっと待って」ミナトは瞬きをした。「このビートを知ってるのか?」
「その通りだ!」カズキは拳を握りしめ、決意を込めた鋭い目つきで答えた。「それは、有名な音楽プロデューサー兼ラッパーである『MAN X』が作ったラップ・ビートだ」
言葉を続けるにつれ、彼の表情は熱を帯びていった。
「彼は宇宙で一番凄くて、最高の人なんだ! しかも、その正体は誰も知らない。アンダーグラウンドでの姿と本当の正体は、今もって謎に包まれているんだ!」
彼はミナトを指さし、糾弾するように言った。
「彼の音楽は神聖なんだ! そのビートとラップは魂に響く。聴く者にインスピレーションを与えてくれるんだ! だから、そんな神聖な音楽を、お前のくだらない遊びなんかに使って汚すような真似は絶対に許さない!」
ミナトは瞬きをしてから、ふっと柔らかく笑った。「へえ、MAN Xの音楽を知ってて聴いてるんだな?」
「その通りだ!」
「やれやれ……」シノは呆れたように首を振った。アスカはクスクスと笑っている。
ミナトはニヤリと笑った。「まあ、あのビートは俺がどう使おうと勝手だろ」
カズキは彼を睨みつけた。「なんでお前がそんなことできるんだよ!?」
「だって、あのビートの持ち主は彼だもの」ユラが淡々と言った。
「えっ?」一同は彼女の方を向いた。
アスカは何かを知っているような笑みを浮かべ、頷いた。「そうだよ。彼が『MAN X』なんだ」
一同はゆっくりとミナトの方を振り返った。ミナトはただニカっと笑い返した。
「そ、そんなの嘘だろ!」カズキは赤髪の少年を指さして叫んだ。「お前が『MAN X』なわけない!」
「本当だよ」シノが答えた。
「そ、そうよ」チエコも頷きながら付け加えた。
「え……はあ!?」カズキの視線は彼らとミナトの間を行き来した。ミナトは片方の眉を上げただけだった。
「信じないのか?」ミナトは自分の頭に巻いたバンダナを指さした。「このロゴ、見覚えがないか?」
カズキの視線が、ミナトのバンダナにある見慣れたエンブレムに落ちた。
彼の口がゆっくりと開いた。「ま、ま、待てよ……ってことは、お前が本当に……」
「ああ、『MAN X』だよ」ミナトは親指で自分を指し、ニカっと笑った。「『M』は俺のファーストネームのミナト。『A』はミドルネームのアサヒ……そして『N』はラストネームのニシヤ」
「じゃあ、『X』は?」アオイが眉を上げた。
「あれはおまけみたいなもんさ。『未知(unknown)』って意味でね」ミナトはニヤリと笑った。「ほら、俺は正体不明で、秘密裏に活動してるからさ」
「もう違うよ」と、さやかは小さく口元を歪めて言った。
カズキは身を震わせたかと思うと、突然、荒い息遣いで声を上げた。
「やっぱり、あなただったんだ!!」と彼は甲高い声を出す。「光栄です~! 僕にとって、あなたはまさにヒーローなんです! あなたのラップ、大好きで……!」
ミナトはくすりと笑った。「ああ、知ってるよ」
「でも、なんで私たちにそんなこと話すの?」と、シズカは腕を組みながら尋ねた。「そういうのって……なんていうか……秘密にしておくべきことじゃないの?」
ミナトはニヤリと笑って彼女の方を向いた。「一番のファンには正体を明かしてもいいかなって思ってね」彼は笑い声を立てた。「それに、アスカたちはもう俺の正体を知ってるし」
「そうね」とアスカも頷いた。
カズキは紙とペンを握りしめ、照れくさそうにミナトに近づいた。
「あの……サインを、もらえたりしませんか?」
「それ、どこから出したんだよ!?」とリクヤは目を丸くした。
ミナトは笑った。「いいよ」
彼は紙とペンを受け取ると、手早くサインを書き、それを返した。
カズキは目を輝かせながらそれを受け取った。そして、何かを思い出したかのようにヘッドホンを外した。
「これも、お願いします」
ミナトはニヤリと笑った。「いいよ」
彼はヘッドホンを受け取ると、丁寧にサインを書き入れ、カズキに返した。
「いいね。俺のスタイルを真似てくれてるんだな」とミナトは言った。「俺の正体を知らなかったのに」
カズキはサイン入りのヘッドホンを見つめ、宝物のように胸に抱きしめながら、歓喜の声を上げた。
「お前まで……」とライトはうめいた。
「憧れのヒーローを前にした時のミツルと一緒ね」とアヤネはからかうように言い、その少年に視線を向けた。
「もう~」とミツルは不満げに声を上げた。
「さて、もう十分楽しんだでしょ、ミナト」とシノが促した。
「行かなきゃ」とアスカも付け加えた。
「わかった、わかった」ミナトは笑った。彼はカズキに最後にもう一度、面白がるような笑みを向けてから、アオイの方へと視線を移した。
彼は笑みを深めながら、彼女の方へ歩み寄った。「よっ。連絡先、教えてもらえない?」
「えっ?」ミナトが目の前で立ち止まると、アオイはきょとんとして瞬きをした。
「君も元気なタイプみたいだしさ」ミナトはニヤリと笑って答えた。「……もっと仲良くなれるかなって思って。スケートを教えることだってできるし」
その場の全員が、あっけにとられたように瞬きをした。
「展開、早っ」とシズカが言った。
「アオイが先輩に誘われてる~!?」アヤネは両手を頬に当てて、甲高い声を上げた。「最高じゃん~!」
ライトは即座にアオイの前に立ち、ミナトを彼女から遮るようにした。
「違う」
「えっ?」アオイとミナトはきょとんとした。
「アオイは、あんたが思ってるような人間じゃない」ライトは続けた。「彼女には、危険なことに関わってる暇なんてないんだ」
「街のために戦うこと自体、かなり危険なんじゃないの?」サヤカが苦笑いしながら呟いた。
「それに、アオイが『危険だ』なんて思うこと、あるか?」ヒカルも小声で付け加えた。
「ライト……」アオイは彼の袖をそっと引っ張りながら呟いた。
「おいおい、落ち着けよ」ミナトは軽く両手を上げた。「ただ、もっと仲良くなりたいって言ってるだけだろ」
「どれくらい『仲良く』だ?」ライトは鋭い視線を向け、言葉を遮った。「音楽制作やラップ、スケートができるからって? いくつか実績があってファンが多いからって、何でも好き勝手できるとでも思ってんのか?」
彼は目を細めた。「人をそんなふうに扱うもんじゃない」
ミナトの表情が少し険しくなった。「言葉には気をつけろよ」
ライトはひるむことなく、相手の視線を真っ直ぐに受け止めた。「あんたが引いたら、見てやるよ」
二人の間に流れる空気が張り詰める。
「え……何が起きてるの?」アラタは状況が全く飲み込めず、二人の少年を交互に見ながら呟いた。
「お、おい!」カズキがライトを指さした。「ミナト先輩に対して、そんな口の利き方しちゃダメだろ!」
「お前は彼女のボディーガードか何かか?」ミナトはライトを睨みつけ、鼻で笑った。「彼女だって自分で判断できるんだぜ」
「だからこそ、あんたみたいな奴とつるむのが彼女にとって最善の選択じゃないって分かってるんだよ」ライトは言い返した。
ミナトのこめかみに青筋が浮かぶ。「へえ、そうかよ」
互いに睨み合う二人の間で、微かな火花が散るような気配が走った。
「あ、あちゃー……」チエコが呟く。
「どうなるか見え透いてるね……」ユラが首を振る一方で、アスカはただ笑っていた。
キミコとシノは、ただ溜息をつくしかなかった。
ミナトは少し体を後ろに反らし、ゆっくりと不敵な笑みを浮かべた。
「勝負でもするか?」彼は挑発するように言った。「俺が勝ったら、アオイの連絡先をゲットする」
「俺が勝ったら、彼女に近づくな」ライトは低く唸るように言った。
「おい……ライト、相手がどういう奴か分かってないだろ」とアラタが忠告した。
「大丈夫だよ」茶髪の少年は不敵な笑みを浮かべた。「どんな勝負でも受けて立つさ」
その言葉に、ミナトもまたニヤリと笑い返した。
…………..
いつの間にか彼らは校舎の裏手にいた。そこにはまだ帰宅していない生徒たちが集まり、興奮気味に声を上げていた。
どうやら、二人の対決の噂は予想以上の速さで広まっていたらしい。
「こんな話、聞いてないぞ!」自分たちを取り囲む人だかりを見て、ライトが叫んだ。
「それに、この空っぽのプールは一体どこから出てきたんだよ!?」
アオイたち一行は、大きく湾曲した空のプールの反対側に立ち、対決する二人はスタート地点となる縁に陣取っていた。
「スケボー対決?」アヤネは驚いて目を丸くした。
「そうよ」アスカはにやりと笑った。「ミナトは誰かと揉めると、いつもスケボー対決を挑むの。自分に勝てる奴なんていないって自信があるから、これを選ぶのよ」
リクヤは苦笑いしながら言った。「君、ずいぶん楽しそうだね」
アスカの笑みがさらに深まった。「もちろんよ!」
「面白くなりそうね」とユラが付け加えた。
「そ、そうだね……」チエコが小さく呟き、シノはただ溜息をついた。
「ミナトったら……」キミコは再び首を振った。
アラタは小さく笑うと、彼女の肩に安心させるように手を置いた。
「頑張れ、湊先輩!」和樹が声を上げた。「いけるよ!」
「裏切り者!」満が不満げに唇を尖らせる。
「え?」和樹はきょとんとした。
「友達を応援するもんじゃないの?」光がたしなめる。
「そうよ」さやかも腰に手を当てて言った。「ライトを裏切ってることになるわよ?」
和樹は肩をすくめた。「ただ、先輩を応援しなきゃって思っただけだよ。頑張れ、湊先輩!」
仲間たちが呆れたように眉を上げて彼を見つめる中、和樹は苦笑いしながら冷や汗をかいた。
「あと、ライトもね!」と慌てて付け加える。
葵はうんざりしたように息を吐いた。「それにしても、なんでいつも私が『賞品』扱いになるの?」
陸也が彼女の背中を軽く叩く。「ライトがふざけてるだけだよ。とりあえず見てよう」
その間、湊はニヤリと笑うと、足先でスケートボードを引っ掛けてライトの方へと放り投げた。
「ほら」
ライトはそれを受け止め、スケートボードを見つめた。洗練されたデザインに青と赤のアクセントが施され、それは湊自身のボードによく似ていた。
「対戦相手に中途半端な道具は使わせない」湊は不敵な笑みを浮かべて言った。「スケボーの勝負なら、対等な条件がいいからな」
ライトはまばたきをし、こめかみに冷や汗を浮かべた。
本気かよ? 彼はもう一度スケートボードに目をやった。それに、一体どこからこれを持ってきたんだ?
「部活用の予備をロッカーに入れてあるんだ」湊は、まるでライトの心の声が聞こえたかのように、さらりと答えた。
「なるほどね」ライトは呟きながら、スケートボードをプールの縁に置いた。「でも、それって不気味だって自覚ある?」
湊はニカっと笑った。「不気味だの何だの、好きに言えばいいさ……」
彼は指先で自分のスケートボードを軽々と回してから、コンクリートの地面に落とした。慣れた手つきで片足をボードにしっかりと乗せ、スタイリッシュなポーズを決める。
「……でも、俺はそれを『スタイル』と呼ぶ」彼の笑みがさらに深まる。「……そして、それこそが俺の生きがいなんだ」
二人の出場者が準備を整えると、歓声はさらに大きくなった。
「それじゃあ、いくよー!」空になったプールの反対側に立つ女子生徒が、マイクを手に集まった観衆に向かって声を張り上げた。
「今年度初のスケートボード大会、出場者は二人! 二年・西谷湊と一年・風早雷人の対決です!」
再び、観衆から大きな歓声が上がった。
「今年度初?」葵が呟く。
「前にもあったの?」光が明日香の方を向いて尋ねた。
「うん!」彼女はくすりと笑った。「私たちが一年生だった去年も、湊に挑んできた子がいたの。まあ、当然湊が勝ったけどね」
「コースを滑りながら、最高にスタイリッシュで息をのむような技を披露してもらうよ!」実況役の女子生徒が続ける。「二人は同時にスタートするけど、勝者はただ一人!」
彼女は大げさな身振りで指を一本立てた。「それから、一番大事なルールを忘れないで! 両者とも、手で地面に触れるのは禁止! 触れたら即失格だよ!」
「こりゃ難しそうだな……」満が唸る。
「雷人って、スケボーやったことあるの?」静が尋ねた。
陸也は小さく微笑んだ。「ああ……中学の頃はやってたよ。でも、本格的に極める前にやめちゃったんだ」
葵は、その茶髪の少年に視線を向けながら、柔らかな表情を浮かべた。
雷人……と、彼女は心の中で呟く。
「それじゃ、二人の準備ができたら……」実況役の女子生徒がマイクを掲げて声をかけた。
湊と雷人は腰を落とし、スケートボードの上にしっかりと足を据えた。
「準備はいいか!」
期待に満ちた空気が、観衆を静まり返らせた。
「位置について!」
ライトの茶色い瞳が、鋭く集中力を帯びて細められる。
「セット!」
ミナトの琥珀色の瞳がきらりと輝き、その口元には自信に満ちた笑みが浮かんだ。
「GO!!」
観衆の中の誰かが突然ラジカセのスイッチを入れると、リズミカルなラップのビートが、がらんとしたプールの中に響き渡った。
「ラップ?」シズカは音楽に耳を傾けながら、きょとんとした表情を浮かべた。
カズキの瞳が興奮で輝く。「これ、ミナト先輩の曲だよ~!」
「そうなんだ」ヒカルは頷いた。「ミナト先輩、スケボーする時はいつも自分の曲を流してるって言ってたし……」
言い終わるか終わらないかのうちに、彼はアオイたちがリズムに合わせて首を縦に振っていることに気づいた。彼女たちは目を閉じ、ビートに身を委ねていた。
観衆までもが、そのリズムに合わせて体を揺らし始めていた。
「え……?」ヒカルは瞬きをした。
やがて、彼自身の頭もまた、リズムに合わせて動き出していた。
「でしょ?」サヤカがにやりと笑う。「カズキの言う通り、ミナト先輩の曲ってノリがいいよね」
「言ったでしょ~!」カズキは満面の笑みを浮かべ、音楽に身を任せながらムーンウォークまで披露してみせた。
ライトでさえもビートに合わせて体が動き出し、スケボーの上で足がリズミカルに刻まれていた。
「え……あれっ!?」彼は突然自分の足に目をやり、無理やり動きを止めた。
「最高だろ?」
ライトは弾かれたように顔を上げた。
ミナトが彼に向かってにやりと笑う。「流れに身を任せて動くってのは……特に、自分の好きなことならなおさらな」
ライトの瞳が、わずかに大きく見開かれた。
ミナトはヘッドホンを耳に心地よくフィットするように調整すると、腰を低く落とした。
そして、勢いよく地面を蹴り、彼は前へと飛び出した。
空のプールへと滑り込み、コースを軽やかに縫うように進みながら、次々と完璧なトリックを繰り出す。プールの壁面から飛び出し、空中で回転してスムーズに着地すると、そのまま即座に縁を滑るグラインドへと移行した。
その動きの一つひとつが、ビートと完璧にシンクロしているように見えた。
やがてプールの反対側に到達し、彼は滑らかに停止した。
観衆から歓声が沸き起こる。
「すげえ!」とカズキが叫び、アオイたちも驚きの表情で見つめていた。
「あんな滑り、見たことない……」とサヤカが呟く。
「しかも、動きが全部ビートに完璧に合ってたね……」とヒカルが付け加えた。
「西谷ミナト、素晴らしいスタートです!」と女性アナウンサーが声を弾ませる。「さあ、次は風早ライトの番です!」
ライトは深く息を吸い込んだ。よし……。
一瞬、目を閉じる。ただ呼吸を整え……集中するんだ。
走馬灯のように、いくつもの記憶が脳裏をよぎった。
決意を込めて、ゆっくりと目を細める。スケートボードを縁にセットし、勢いよく蹴り出した。
コースへと飛び出したライトは、空のプールを滑らかに上下しながら、見事なトリックを次々と披露していく。壁面から飛び出し、空中で回転してクリーンに着地すると、即座に体重移動を行って勢いを維持した。
観衆も同じように大きな歓声を上げ、彼のパフォーマンスに感銘を受けている様子だった。
やがて反対側に到達したライトは、ミナトから数メートルの位置にあるレッジ(縁)の上で、見事に停止してみせた。
彼は自信ありげな笑みを浮かべ、ミナトの方を振り返る。
ミナトもまた、感心した様子でニヤリと笑い返した。
「あれがライト!?」アヤネ、ヒカル、サヤカ、そしてシズカの全員が、信じられないといった様子で目を丸くした。
「うわっ!」カズキの目が輝く。「ライトがこんなに上手いなんて知らなかった!」
「やるね」とアスカが腕を組みながら言った。「本当に勝っちゃうかも……」
アオイは微笑みながら、その茶髪の少年を見つめていた。「ライト……」
ミナトが彼に向かってニヤリと笑う。「やるじゃん。それは認めるよ」
そして、さらに笑みを深めた。「でも、これを超えられるかな?」ミナトは再び地面を蹴り出し、キックフリップやバックフリップを次々と繰り出した後、力強いオーリーを放ち、軽やかな身のこなしで空中で回転してみせた。
ライトは不敵な笑みを浮かべ、その後を追った。
コースを駆け抜けながら、二人は互いの動きに呼応するようにグラブやグラインドを次々と決め、完璧なコンビネーションを見せる。
音楽と見事にシンクロした滑りに、観衆からは大きな歓声が上がった。
「なんだ、これは……?」ライトは目を見開き、やがてゆっくりと笑みを浮かべた。
「この感覚……子供の頃に味わったものとは、まるで違う……」
脳裏に過去の記憶が蘇る。
スケートボードを抱えて立ち尽くす幼い自分から、三人の人影が遠ざかっていく。少年の表情は陰り、悲しみに沈んでいた。
別の記憶もフラッシュバックする。
涙を浮かべながら、握りしめたスケートボードを見つめる自分。
悔しさに声を上げ、それを近くのゴミ箱へと投げ捨てたあの日。
「あの頃は……スケートをする理由を、完全に失っていたんだ」
意識は現在へと引き戻される。
歓声。音楽。頬を撫でる風。自由に動くことの爽快感。
「でも今は……」
ライトはオーリーを決め、瞳を輝かせながら満面の笑みで宙を舞った。
その視線は、プールの縁から自分を見つめるアオイへと向けられる。
(楽しい!)笑みがさらに深まる。(すごく楽しい!)
アオイもまた、淡いラベンダー色の瞳を輝かせながら微笑み返した。
隣ではミナトも空へと飛び上がり、ライトに視線を向けながら口元を大きく歪めて笑った。
(見えてるか、ライト?)空中で一瞬静止したような時間のなかで、彼はそう思った。
(これが、好きなことをするってことだ)
彼の瞳が輝く。(これこそが、スケートボードなんだ!)
だが、ふと彼の思考が止まる。ミナトはライトの視線に気づいたのだ。
その視線を追うと、ライトがアオイを見つめているのがわかった。
ミナトはまばたきをしてから静かに息を吸い込み、すべてを察したような笑みを浮かべた。
なるほどな……。
彼とライトは、滑らかにレッジ(縁)へと着地した。
本当に、滑りがいのある相手だ……。
ミナトは再び地面を蹴り出した。
でも……正直なところ……こんなに楽しいのは初めてだ。
彼の笑みが深まる。自分と互角に渡り合える相手との滑り……。
ミナトは先ほどよりも高く飛び上がり、片手でスケートボードを掴んだまま空中で回転した。
……最高にワクワクする……。彼の瞳が高揚感に輝く。……それに、スタイリッシュだ!
周囲の時間がゆっくりと流れるかのように感じられ、誰もがその光景に息を呑んだ。
アオイたちは、その驚くべき離れ業に呆気にとられ、ただ見つめることしかできなかった。
ライトは奥歯を噛み締め、拳を強く握りしめた。くそっ!
ミナトは軽やかにレッジへ着地すると、温かい笑みを浮かべて彼の方を振り返った。
ライトはわずかに目を見開いたが、すぐに首を振ると、再び鋭い眼差しを向けた。
俺だってできる!
ライトは地面を蹴った。
彼は空のプールの中をコースに沿って疾走し、勢いよく空中へと飛び出した。
俺にだってできるはずだ!
コースの上空高く舞い上がるライトの姿に、観衆は圧倒された。
一瞬、彼の瞳が高揚感で見開かれた。
だが、彼は眼下を見た。予想していたよりも遥かに高い位置にいたのだ。
瞳孔が開き、呼吸が乱れる。
高すぎる……。
スケートボードを握る力が緩んだ。
ボードが手から滑り落ち、彼の体は制御を失って落下し始めた。
「うわっ!!!」ライトは叫び声を上げ、プールの底のコンクリートに向かって顔から落ちていった。
「うっ!!」その痛ましい衝撃に、誰もがうめき声を上げ、思わず身をすくめた。
落下したライトの手足が激しく痙攣する様子を、彼らは恐怖に駆られながら見つめた。
目の前で起きた出来事に呆然とし、彼を見下ろす観衆の間に重苦しい沈黙が流れた。




