エムリアール嬢に笑われた
「遅れましたがご生還おめでとうございます」
「ありがとうございます、エムリアール嬢。複写機の方はいかがでしょう」
「今日も動いているわ。それより陛下に喧嘩売ったって本当?」
「喧嘩売ったのは妻です」
「ええ、父から聞いてる。でもそれで領地をよこせなんて。ふふ、頭の足りない者にはちょうどいいかもしれないわね」
そう言ってクスクス笑うエムリアール嬢。
どうやらあの一件で俺の評判はさらに落ちたらしい。
落ちたというよりは危険すぎると他の貴族達は判断したという方が正しいか。
領地を守る代わりに全てをよこせと言った言葉に共感した者もいれば否定する者もいる。
権力に興味がないくせに全てを手に入れようとする狂った者など、色々言われているようだ。
「随分俺の話を楽しんで聞いていただいているようですね」
「ええ、あの場で手を上げなかった者達はあなたの手腕に少し感心したそうよ。要望を叶えてやる、その代わり全てを寄こせ。そのやり方はまるで悪魔の様だと後で笑っていたそうよ」
「悪魔だなんてとんでもない。本物だったらあの場で全てを寄こせなんて言いませんよ。あとから対価として支払わなければならない状況に追い込みます」
「あら怖い。多くの侯爵家や大公家がいる前でそれだけ強気に出られるのだから対策は考えているのでしょ?」
「いえ全然」
「え?」
「対策の必要なんてありませんよ。だって結局誰も俺と契約しませんでしたから」
「……なるほど。そう言われてしまえばどうしようもないわね」
肩をすくめながらエムリアール嬢は言う。
紅茶を一口飲み、真剣な眼差しで聞く。
「でも本当にキメラ達に対応できなければ力のない貴族達はあなたに縋りつくかもしれない。それはどうする気」
「特に何も。自分達で頑張れとしか言いようがありません。他の家の方々に過度に干渉するのは良くない事でしょう。助けを求めてきた時は、ある程度考えますが」
「そう……それからこの国でも戦争をするのではないかと予想している者達は多いし、実際そうなる可能性は高い。何か戦争の役に立つ魔道具はないのかしら」
なるほど、目的はそれか。
俺が戦争の役に立つ魔道具を作るのかどうか、その意思を確認しに来たという感じか。
「そうですね……戦争を少しでも経験した身として、やはり食事がキツイですね」
「食事?」
「ええ、毎日干し肉と硬いパン、チーズとワインの繰り返しではさすがに飽きるし美味しくもない。本当に生きるための食事であり、体を動かすためだけの物でしかない。あれが1番きつかった」
「なるほど。そういう問題もあったのね」
「ですので今度はそう言った保存食について研究してみたいと思ったのですが、いかんせん知識がない。美味しい料理の作り方なら料理人に聞けば済むかもしれませんが、既存ではない保存食の作り方となれば……どのように研究すればいいのかも検討が付きません。なので早々に諦めました」
少しオーバーに言うと納得はしてくれたようだ。
それと同時に武器関連を作る気はない事を遠回しに伝える。
確かにキメラの様な生物兵器とでも言うべき存在が居るのだから銃とかミサイルとか、そういう物を開発すべきなのかもしれない。
だが半端とはいえそんな兵器の知識をこの世界の人達に渡してしまったらどうなるのか想像できない。
最悪魔法で再現しようとしたら出来ましたってな感じで化学兵器もどきが魔法として生まれるかもしれない。
全て想像だがそうなっては責任が取れないので絶対に俺からアクションを起こす事はない。
「なるほど、それは確かに戦場を体験しなければ出てこない発想でしょうね」
「ええ、まさかあそこまで酷いとは思っていませんでした。最初は材料、トマトをつぶした物とか料理に利用できる物を開発してみたいと思ったのですが、そう言った知識は皆無でして諦めざる負えませんでした」
「確かにそれが出来れば様々な食材の保存が可能になりるわね。諦めるのは早かったのでは?」
「それでもやはり保存食を作る知識が無ければ難しいです。入れ物だけを作る事は可能でしょうが、その中身となると……やはりどこか別の所に頼まないと」
「そう。それは残念ね」
そう言いながら紅茶を飲むが何考えている様子。
一体なんだろうと思うがエムリアール嬢はあっさりと諦めたようだ。
「それから新しい複写機の開発はどう?」
「残念ながら現地で確認する事は出来ていませんが、今は魔改造しています」
「魔改造?」
「印刷のスピードを高めたり、複数の資料を一気に印刷できないか実験を繰り返しています。あとは細かい文字でも印刷できるかの実験ですね。あとは……色々暴走していたりもしているようです」
「色々改良しようとしているのね。それじゃそろそろお暇させてもらうわ」
「お見送りします」
そう言って門まで一緒に行き、エムリアール嬢が馬車に乗ろうとして時に思い出したように言う。
「そう言えばあなたの弟子の事なんだけど」
「あいつらがどうかしましたか?」
「彼ら今年は里帰りせずあなたに言われた宿題を黙々とやっているから顔を見せてあげた方が良いんじゃないかしら」
「彼らはどこに?」
「学園の男子寮よ。ひたすら魔力量を底上げする訓練をしているから少し探せば見つかるかもね」
そう言ってから馬車で帰っていった。
あいつら寮にいるなら顔を出しておかないとな。
――
「お父様、ただいま戻りました」
「お帰り。それで彼の様子は?」
「いつも通り飄々《ひょうひょう》としておりました。そして少し鎌をかけてみましたが、アレックス・ヘキサグラムは魔道具を武器として製造するつもりがなさそうです」
「そうか。彼の発想力ならより強力な魔道具を開発する事が出来るのではないかと予想していたのだがな」
「ええ、そういう意味では非常に残念と言うしかないでしょう。帝国のキメラに対してどれだけの対応できるか、時間との勝負でしょうから」
「あるいは意図的に他の領地と競争する気がないのかもしれない。すでに魔道武器を開発、販売している領地はあるからな」
「そうかもしれません。彼らもヘキサグラム家が魔道具開発に力を注いでいると聞いた際に動いたと噂程度には聞いていますから」
「その結果武器ではなくただの道具を作っていたのだから彼らも安心した事だろう。そしれそれは今後も継続されるとなれば、注意はすれど妨害はすまい」
「ええ。それに調べたところによりますと、ヘキサグラム家はしっかりと特許を申請している技術に関しては権利使用料をしっかりと払っているようです。これがさらに摩擦を少なくしているかと」
「ふむ。やはり彼の本質的には穏やか、と言ってもいいのかもしれない。時のあの暴力的な発言からは想像し辛いが」
「余計な敵を増やす気はないという事なのかもしれません。彼の自称弟子たちも成長しているようですし」
「どのような調子だ」
「今はひたすら魔力量を上げているようです。多くの魔力があればそれだけ強力な精霊が召喚に応じてくれるかもしれない、との事です」
「……道理にかなっているか。精霊達は魔力の多いものに引き寄せられるようだからな」
「いずれ彼らも強力な精霊を召喚できるようになるかもしれません」
「もしかしたらアレックス・ヘキサグラムのようになるかもしれん。これからもアレックス・ヘキサグラムとその周囲について監視を頼む」
「はいお父様」




