88:冷たい雨の中
その時、旅籠がある一帯は、冷たい雨が降っていた。
車軸を流すような雨ではない。
長時間外にいると、しっとり濡れてしまうような霧雨だ。
その霧雨の中、傘もささず、フードを目深に被った男が数名、暗躍している。
周囲の様子を伺い、旅籠の一つに忍び込む。
目的の部屋に辿り着くまでの間に、六人の騎士が男達の手にかけられている。
三人はドルレアン家と通じていた騎士。
この三人は命を奪われていた。
残りは、裏口を見張っていた騎士が一人、ドルレアン家とつながっていた騎士を見張っていた騎士が二人、気絶させられている。
六人の騎士を制圧した男達は、目当ての部屋に入ると、眠りを促す香りを嗅がせ、相手の意識を完全に失わせる。そしてその体を担ぎ上げ、部屋を出る。旅籠から少し離れた場所には、荷馬車が止まっている。そこに大きなワインの樽がある。その中に、さらった人物の体が入れられた。
荷馬車は夜の闇に紛れ、慌ただしく出発した。
◇
ガタガタと体が揺れ、目が覚める。
あれ? 私、なんて姿勢で寝ているの?
体育座りして壁に寄りかかって寝るなんて。
そう思い、目を凝らすと、ここが狭い閉ざされた空間であることに気づく。
え!?
声が出ないと思ったら、布を口にかまされていると分かった。
それどころか手と足は、ロープで結わかれている。
な、どうして!?
慌てて周囲の様子を確認する。
暗くてよく見えないが。
何か箱の中にでも入れられている!?
再度、後ろ手に縛られている手を使い、周囲を探り、その形状からこれが樽であると理解する。
樽にいれられ、さらわれた……?
いや、現在進行形で振動を感じる。
さらわれている最中……?
え、誰に?
なぜ、私をさらうの?
まったく事態が理解できない。
理解できないながらも分かることは、逃げた方がいいということだ。
後ろ手にロープで結わかれているから、手を使うことはできない。それならばと蓋にあたる部分を頭で押してみるが、びくともしない。
無理だ。開かない。
となれば。
これは樽だ。そして荷馬車に乗せられ、移動している。
ならば樽ごと転がり道に落ちれば……。
うまくいけば、樽が壊れるかもしれない。
懸命に樽の片側に体重をかけ、倒れるように仕向けるが、これまたびくともしない。
もしかすると私が入れられた樽の周囲に、他の樽が置かれている……?
その可能性はある。
となると万事休すだ。
いや、あきらめてはいけない。
私は魔法を使える。
この口に挟まる布をはずすことができれば……。
何か布をひっかけられるようなものがないか。
暗闇の中で目を凝らしていると。
荷馬車が止まった。
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次回は明日8時に「ここでパニックを起こしてはいけない」を公開します♪



























































