71:終わった。
思わず声が出そうになり、なんとか堪える。
今まさに、この腕から抜け出そうとしたのに、こんなにぎゅっと抱きしめられては……。
身動きがとれない。
これは本当にヤバイと思います。
……。
そうだ、アズレーク!
助け出してくれる約束だ。
廃太子計画で、私に課せられた任務は、遂行した。
……このまま待っていれば、誰かが助け出しに来てくれるのだろうか?
待つ。
完全に目が覚めたこの状態で、背後にアルベルトがいると分かっているのに?
無理だ。
いろいろな意味で無理だ。
やはりこの腕の中からは、今すぐ脱出した方がいい。
腕を解くのは……無理だろう。
ならば少しずつ上半身の位置をずらし、腕の中から抜け出すしかない。
慎重に、体を動かそうとしたその時。
「パトリシア、起きているのか?」
甘みのあるその声に、全身が凍り付く。
バレた! 起きていることに気づかれた。
さらに、パトリシアであると、バレている!
終わった。
断頭台に立つ、自分の後ろ姿が、脳裏に見えている。
「パトリシア」
再度、名前を呼ばれ、そのまま私の体は、アルベルトの方へ、いとも簡単に向けられてしまう。
その瞬間、目を閉じる。
すると。
クスクスと笑う声が聞こえる。
アルベルトがそんな風にパトリシアに対して笑うなんて……。
衝撃を受けていると。
「寝ているフリのつもり? 瞼がとてもピクピクしているけれど」
そ、それは……。
力を込めて、目を閉じているから。
「まさかもう一度会えるとは思わなかった。ずっと君のことを心配していた」
思いがけない一言に、目を開けそうになり、慌てて瞼に力を込める。
「君とカロリーナが婚約者の座をかけ、競い合っていたことは、もちろん知っている。わたしとしては、君と婚約したいと思っていたが……。君とカロリーナの家は、共に公爵家で、宮廷内でも力を持っていた。どちらかに肩入れすることもできず、勝負の行方を、ただ黙って見守ることしかできなかった。ベラスケス家が、勝ってくれることを願っていたが……。軍配は、ドルレアン家に上がってしまった。あの時は本当に……残念で驚いて、悲しかった」
なんですって!?
思わず目を開けてしまった。
その瞬間、アルベルトの大海を思わせる碧い瞳と目があい、息を飲む。
「ようやく目を開けてくれたね。パトリシア」
こんなに優しい眼差しを向けられるなんて……。
アルベルトが腕を伸ばし、その美しい手で私の頬に触れた。
「ドルレアン公爵は、政治ゲームに負けたベラスケス公爵家を、完全に潰したいと考えていた。カロリーナはカロリーナで、君に沢山嫌がらせを受けた、王太子妃になる自分に盾ついたと、それは大騒ぎをしていた。ベラスケス公爵が、横領なんてしていないことは、父上も……国王も分かっている。
だが爵位剥奪をしなければ、ドルレアン公爵はさらなる濡れ衣を、ベラスケス公爵にかけ、一族もろとも断頭台送りにしていたはずだ。だから仕方なく、爵位剥奪となったが……。そのことで一家離散となり、パトリシアの行方が知れなくなったと知った時は……本当に悲しい気持ちでいっぱいだった。しかもそのままわたしは、カロリーナと婚約することになり……」
大きなため息をつくと、アルベルトは頬から手を離し、仰向けになった。
「婚約した直後のカロリーナは、わたしに好かれようと、努力していることが伝わってきた。君と婚約者の座を競っていた時は、なんというか、競うことに夢中で、わたしのことは蚊帳の外だった。でも競う必要がなくなり、愛情をわたしに向けられるようになった、そんな感じだ。でも……わたしはパトリシア、君のことがずっと気になって、カロリーナに気持ちを向けるなどできなかった。表面上は、形式的には婚約者として振舞ったが、気持ち的に歩み寄ることは、無理だった」
アルベルトはその様子を思い出したのか、辛そうにその整った顔をゆがめ、髪をかきあげた。
「当然カロリーナは、わたしの気持ちが自分に向いていないと気付き、なんとかわたしの気持ちを自分に向けようとしていたが……。それがうまくいかないと分かった瞬間から、カロリーナは豹変した……。もう完全に、お互いお飾りの婚約者同士になった。それどころか父親のドルレアン公爵と何やら暗躍もはじめて……。そんな折に不調を感じ始めた」
ゆっくりと自身の手で、左肩に触れるアルベルトを見て、私はハッとする。
彼が語る内容に、あまりにも驚いてしまい、ただただ聞き入ってしまった。
でも、今、不調のことを口にされた瞬間。
自分がしたことを思い出していた。
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